19話 予備があるって重要だよね
ザザンと波の音が聞こえてくる。ここはどこだろうか、空はオレンジ色に染まり、そろそろ夕闇が支配する時間だろう。波の音は穏やかで、人を眠気に誘い、安心感を与えてくれる。
「うぅ、おうち帰りたい」
空を仰いでアキは哀しくて哀しくて涙していた。そのか弱く小柄な姿を見て、マノミは罪悪感に唇を噛む。
「だ、大丈夫。私がまもり、ますから」
麻痺の効果が残っているマノミだけど、気丈な所を見せて、アキを慰める。襲撃者に対してろくな抵抗もできずにさらわれてしまったが、幼い幼女が哀しんでいる姿を見て決意したのだ。
(ロデーちゃんは私が守ります! ピスケス公爵家の名に懸けて!)
他者を守ると決意したことにより、意志は強くなりその心は成長するマノミ。その成長は精神を高めて魔力を引き上げる。魔力が高まったことにより、新たなる魔法も使えるようになり、マノミはメインストーリーよりも早く成長した。たぶんここで成長してはいけないのに成長した。
アキが知っていたら、誘拐されたことを悔やみ、自身の実力が伸び悩むマノミに対して主人公が思いやりとほんの少しのきっかけとなる言葉をかけて成長するイベントをとっちゃったと頭を抱えることだろう。
とはいえ、命の危険を感じてアキは哀しんでいるのではなかった。
(なんで俺も攫われてるんだよ! おかしいだろ。ストーリーを変化させるようなことはなにもしてないよ! 安全安心な幼女だったよ!)
憤っていたのだ。この展開はないと思う。何もしていないのに、ひどすぎる。幼女のアキは艱難辛苦を乗り越えて細々と生きてきたのだ。思い当たることはまったくない! そして幼女は今までやってきたことを顧みないので、自覚もまったくない!
「本来はマノミ・ピスケスだけの予定でしたが、水属性に親和性の高い人魚も確保できるとは私には幸運の神がついているのでしょう」
「……………」
青年の自身の幸運に酔っている言葉に黙ってしまう。どうやら人魚人魚詐欺を行ったせいらしい。自分のせいだったや。く、あれか、蝶が日本で舞うと、反対側のブラジルで竜巻が起こるとか、そんな効果か。
自身の迂闊な行動をバタフライ効果で誤魔化そうとするアキである。バタフライならしょうがないよねとあきらめて、記憶からデリートしておく。幼女は忘れっぽいのだ。
「あ、あなたたちは何者ですか! このようなことをして、ピスケス家は公爵家の名前に懸けて必ず報復します!」
いつもは気弱だが、ここぞという時には気丈に振る舞い、ヒロインらしい意志の強さを見せるマノミ。生ヒロインだよと感動したいが、さすがにこの状況はちょっとまずい。
周囲を見ると砂浜が広がっており、ガレオン船が停泊している。島というには小さすぎて岩山がポツンと突き出ている無人島だ。周りは海で島の周りには他に大陸や島は見えない。どうやら瞬間移動にて、移動したらしい。
「ふふふ、マノミ公爵令嬢、そして人魚姫、ここがどこか分かりますか?」
「………もっとも古き海底神殿の地上部分の遺跡がある島だよ。封印の宝珠があるところ」
黙りこくるマノミの代わりにアキがブスッとした顔で正解を口にする。不機嫌で苦々しい表情だ。
「! なんと! やはり人魚姫というわけですか。この海底神殿の言い伝えが残っていたようですね。どうやら貴女たち人魚族にとっては呪われた場所のようです。私はこの神殿のことを調べたので、人魚族との繋がりを知っているのですよ」
両手をあげて肩を竦める大袈裟なリアクションで青年は楽しそうに笑う。アキの態度を見て、この神殿に悪い記憶があるのだと思い、嫌がらせのようにニマニマと嗤い、自身の知識の深さに自画自賛しつつアキの反応を楽しんでいた。
もちろんアキはここをゲームとして覚えていただけで、この神殿にはゲームで嫌な思い出があっただけなのだが、青年は勘違いした。恥ずかしい青年であるが幸いアキはなぜ嫌なのか口にしなかったので、青年は恥をかかずにすんだ。
「では、人魚姫、マノミ公爵令嬢、自己紹介をさせてもらいましょう。私の名前はガニュメデス・アクエリアス。栄えあるプトレマイオスの幹部となります」
慇懃無礼とはこういうことを言うんだとアキは初めて知った。丁寧に礼をしてみせるのに、こちらを嘲る様子がありありと分かる。前世でもこんなに無礼な礼は見たことがなかった。………うん、勉強になるな。今度やってみよう。幼女は悪い礼儀作法を覚えた!
ガニュメデスの礼に、マノミも顔を険しくする。公爵令嬢にこのような無礼をしてくる人間は初めてであったが、状況が状況なので無言を貫く。それよりも情報を少しでも集めないといけないと、ゆっくりとした口調で尋ねる。
「プトレマイオスとはどんな組織なのですか? 無学にて恥ずかしいのですがお名前を聞き及んだことがありません」
「ふ、名前だけ覚えていてください、公爵令嬢。近い内に誰もが知ることとなるでしょうからね。それよりも急かして申し訳ありませんが先に進んでもらえますか? 入口に部下たちが待機しているはずなのでね。あまり待たせると悪い」
指輪をはめた手を向けてきて、穏やかに言ってくるガニュメデスだが、その目は笑っておらず脅迫なのは明らかだ。
優しいマノミはアキを背負ってくれて、砂浜をサクサクと踏んで歩き始めながら周りを観察する。サンゴが砕けた砂浜に囲まれて、岩山が海上から突き出している。浜辺から眺めてもわかるとても小さな島で草木は生えておらず、とても寂しい島だった。
「ここはどこなのでしょうか? ロデーちゃんは知っているんですか?」
「うん、ここはいかなる大陸からも離れていて航路からも離れている島だよ。………人間が見つけられるはずはないんだけど……」
ゲームでもこの島の位置は死せし人魚が持っていた石板に書かれていた。人魚の死体を見つけるのも大変だったのに、そういやこいつらはよく見つけたな。
「ふふふ、おっしゃるとおり、この島の位置を探すのは困難を極めました。しかし、私は有象無象の人間などよりも遥かに有能な人間。溢れんばかりの才能にて探すことができたのです」
胸を張り、エリートだとの選民思想バリバリで、鼻高々といった感じのガニュメデスが滔々と語るが、嘘くさいとアキは思った。絶対たまたま人魚の死体とか石板を手に入れたに決まってる。まぁ、悪の組織にはそういう凄いところを見せないといけないと思うけどさ。
少し歩くと、焚き火が見えて、三十人ほどの海兵が座っているのが見えた。岩山の麓にキャンプを作っており、岩山にはぽっかりと大きな穴が空いており、穴の先は暗闇に支配されており見えない。
「ガニュメデス様、お帰りなさいませ。ピスケス公爵家の令嬢を攫うのは成功したようで………それは?」
合流した男がマノミが背負っている人魚を見て、ガニュメデスに訝しげに問う。そのセリフを聞いて、マノミはやはり自分が目的だったのかと悔恨の念で唇を噛む。ロデーちゃんはやはり巻き込まれたのだと。
実際はアキの自業自得という言葉がふさわしいのだが、罪悪感を持ってますます守ろうと誓う。
やはりストーリー通りだったのだ。王都からこの洞窟に来るのには片道一ヶ月は余裕でかかる。逆説的にガニュメデスが出発した時はアキの存在を知らなかったのだから当たり前である。人魚人魚詐欺をもう少し遅くやっていれば大丈夫だったのかと悔やむ幼女。その名はアキ・アスクレピオス。
「人魚姫です。王都にてちょうど人魚姫を捕らえることができたのです。やはり私は幸運の女神に愛されていますね」
「なんと! さすがはガニュメデス様です。では、明日探索を?」
フッと笑い、髪をかきあげるガニュメデスに部下たちはお世辞ではなく、本当に感心した。人魚を捕まえることは難しい。捕まえようとしても海を住処とする人魚には地上人は絶対に敵わないのであるから。
「いえ、どうせ神殿内は暗闇です。夜でも探索は変わらないでしょうから、すぐに向かいます」
部下の尊敬の念が含まれた視線にますます得意げになったガニュメデスはここで選択肢を間違えた。全てがうまくいっているガニュメデスは結果を追い求めてしまった。
多少戸惑ったが、反論することなく了解しましたと部下が探索の準備をして、ガニュメデスはマノミとアキを促して、洞窟の中へと進むのだった。
アキが狡猾そうに口元に薄っすらと笑みを浮かべたが、その様子は誰も気づかなかった。
◇
洞窟の中は湿っぽく鍾乳洞の様に鍾乳石が氷柱のように天井から垂れ下がっている。床は濡れており、気をつけないと滑って転びそうだ。シンと静寂に支配されており、松明の炎だけが頼りだ。ぴちょんと水が滴り落ちて、不気味な空気が醸し出されて、息苦しさを感じ、皆の顔は緊張で固い。
だが、探索自体は極簡単に進んだ。通路のあちこちに魔物の死骸があり、どうやらガニュメデスたちが既に魔物を駆逐していたことが分かる。
小一時間も歩いただろうか。マップも作成済みのようで迷わずに進み、すぐに鍾乳洞のような洞窟の中にはっきりと人の手が加わったと分かる貝殻でつくられた階段に到着する。過度の警戒はすることなく進む集団。階段を降りきると、風景は一変していた。
「こ、これは! なんて荘厳な建物なのでしょうか! これが海底神殿なのですか………」
眼前に広がる空間は巨大な神殿であった。均等に聳え立っている天井を支える巨大な柱は王城の柱など比べ物にならない太さと高さだ。その素材も単なる石ではなく、希少な鉱石を使ったと見える不思議な光沢をしており、柱に散りばめられた水晶がぼんやりと光って辺りを照らしている。通路は軍隊が横並びに通れるくらいに広く、天井はサイクロプスが背伸びをしても届かない高さだ。そして、床も壁も天井も恐ろしく精緻な壁画が彫られており、どれだけの年月をかけて建てたのか想像もつかない荘厳な建物だった。
あまりの光景に目に焼き付けて感動で言葉を失うマノミ。これだけの光景など見たこともない。この光景は生涯忘れることはないだろうとマノミは確信する。
「ロデーちゃん、これが古き海底神殿なのですか? か? ロデーちゃん?」
先ほどから反応がないアキに、マノミが心配となり声をかける。振り向くと、苦い物でも食べたかのようにアキは顔をしかめていた。
「れ、レジェンド………でも、これかぁ。え~、これ喜ぶべきか? くぬぬぬぬ。なぜに10連ガチャをして、サービスガチャがつかないのか……。うーん、でもエスレアとレジェンドかぁ。ガチャ運はあるな。残りは全部ノーマルだけど」
「ロデーちゃん、どうかしたの?」
苦しげに唸るアキに、水の中からでてしまったせいかもと、心配で背中を揺するとようやくアキは気づく。10連ガチャをサラッとやっておいたのだ。万が一のために。結果は重畳だった。SRと、なんとLRが出た。が、少し使いにくそうで喜んで良いのか迷ってもいた。
「あ、ごめんごめん。もうストーリー始まった? 少し他のことしてたや」
他のことをしていたので、注意散漫となっていたアキはぺろりと舌を出して謝る。ゲームでもちょくちょくストーリーイベント時にお菓子を食べたり、スマホで動画を見たりと集中して見ていなかったために、ストーリーがよくわからなくなるアキである。
「?」
なんだかよくわからない返答をしてくるが元気そうだとマノミは、安堵で胸を撫で下ろす。が、落ち着いた心は、ガニュメデスの言葉により阻まれる。
「さて、ここが目的地です。そして、この扉を開けるには、強力な水属性の加護を受けている者の血が必要なのですよ。海神の神器が眠るこの封印されし扉を開けるにはね。お嬢様方、助けていただけますよね」
巨大扉の前で立ち止まったガニュメデスが口を三日月に歪めて告げてくるその言葉にアキとマノミは睨みつけるのであった。




