17話 回想シーンはつまらないので覚えてない
マノミ・ピスケスは公爵令嬢だ。そのため品位にふさわしい行動を求められる。平民区に遊びに行くなどもってのほかであった。
━━━通常であれば。
だが、母親のテトラ・ピスケスは美を求める者として、そして流行を発するものとして有名であり、あらゆる情報を求めていた。それは化粧品だけではない。服やアクセサリー、流行の食べ物や劇などなど。それらを集めるためには貴族区だけでは無理であるし、面白みもなかった。平民区でのちょっとした情報が役に立つことも多々あった。
今回の水霊の祝福水もその飽くなき情報収集の賜物だ。マノミのような少女目線でなにか役に立つものがあれば報告するようにと条件をつけて、マノミにお忍びを許したのであった。
サーカスに来ていた者たちの中にはたしかに貴族たちもお忍びで混ざっていた。しかし、その貴族たちは平民区に気軽に出入りできる低位貴族ばかりであり、貰った小瓶を所詮サーカスの怪しい薬だと思い、鑑定することもせずに捨ててしまった。鑑定魔法の使い手に鑑定を頼むと高額の料金がかかることも原因であった。
なので、水霊の祝福水の効果を正しく知ったのはテトラ・ピスケスだけである。
そして、マノミ・ピスケスはワクワクとして平民区に再度訪れていた。平民に扮したと自分では思っている新品の服を着て、後ろに護衛の騎士を連れて、お忍びを楽しんでいた。
太陽が傾き始めて、広場からの帰りだろう。多くの人々とすれ違う。家族連れや恋人たち。友人たちで連れ立っている人たちもいる。共通するのは、皆楽しかったと表情に浮かんでいるところだ。
「今日も面白かったなぁ、毎日見に行ってるよ。魔法を使ってのイリュージョンがすげーよな」
「今日は人魚ちゃんと握手したのよ。ぷにぷにして触り心地良かったわ」
「ねーねー、お母さん、すごかったね、ドーンでバーン!」
「そうね、また今度見に来ましょう」
恋人たちは素敵な時間だったと感想を話し合い、母親に連れられた子供は大興奮で手を広げて、飛び跳ねて身体で感想を言う。その様子を母親がクスクスと笑って微笑ましそうに見る。
それは貴族にはない温かさを感じさせる。品位を維持しなくてはいけないため、親子関係でも礼節を守り、硬い口調で話す。平民のように、あけすけで隠すことなく笑顔を見せて話し合う様子は羨ましさと一抹の寂しさが心によぎる。マノミもあのように話したいが、屋敷では無理だろう。
だが、この平民区では可能だ。それがどんな宝石よりも価値があり嬉しかった。後は気の置けない友人ができれば最高だが、それは無理だと分かっている。皆、家門を守り責任を持ち生活しているのだ。たとえ、同じ派閥の友人でも油断できないことをマノミは知っていた。
「人魚さんなら友人になってくれるかしら………」
貴族でもない、平民でもない人魚ならとマノミはほんの僅かに期待を持つが、種族が違ってもだいたい考えることは似通っているので諦める。ドワーフだって、エルフだって、獣人でも、自身の生活があり、家を持っているので損得を勘定する。純粋なる関係などありえない。人魚もそれは同じだろう。
だが、少しだけ期待してしまうのも、たしかであった。
サーカスがある広場に到着すると、人は閑散としており、早くも店仕舞いをしている屋台もあった。サーカスの午後の部が終わったので、たっぷりと品物を売った者たちは帰ることにしているのだ。
マノミもわざとこの時間にした。多くの人々が集まる興行中は相手にされないだろうし、時間も空いていないだろうとの予想からだ。
予想通りのことに、満面の笑顔になりマノミはテントに歩いていくと
「おじさん、もう帰るんでしょ? それなら捨てるんじゃなくて私が買いますよ」
「まいったなぁ、ケイちゃんには負けるよ。サーカスで大儲けさせてもらってるし、大サービスで5割引きだ!」
「えぇ〜、もう捨てるつもりの肉串ですよね、8割引き!」
メイド姿の少女が腕にたくさんの食べ物を抱えて、屋台の肉串を買おうとしていた。見ているとどうやら7割引きで買えたようで、嬉しそうに口に頬張る。どうやら買い食いをしているらしい。
「あの〜、メイドさん? 少しよろしければお話をさせて頂いてよろしいでしょうか………」
少し気弱なところのあるマノミは、ガツガツと肉串を食べて、パンを齧り、果物水をごくごく飲むケイのどこかに作法を置いてきた様子に、本当にメイドなのかしらと多少引きつつ声をかける。
「は。はひっ、メイドです。あ、あのなんでしょうか?」
居住まいを正して、口元にソースをつけたままではあるが丁寧なお辞儀をしてくるので、礼儀作法を学んだ本当のメイドなのだと安心する。たぶん見習いメイドとかなのだろう。メイドたちが平民区にたびたび訪れているのは知っている。マノミは安心させるように微笑む。
「人魚さんにお会いしたくて参ったのです。昨日に秘薬を買い取った家の者と言えばよろしいでしょうか? 私はちょっとした商会の娘でしてお礼を伝えたいのです」
「はぁ………そ、そうなんですか」
マノミは完璧な平民の変装と思っているが、ケイは上等な布地の新品の服を着た少女と、後ろに立つ傭兵に扮しているつもりの3人の護衛から、平民ではないと見抜いて少したじろいでいた。
どう考えても貴族だ。しかも昨日千枚の金貨をポンと支払った相手である。商会の娘というが、誤魔化すつもりがあるのだろうかと思ってしまう。ケイも父親に戦いの手解きを受けているので、見習い兵士くらいは強い。そして魔眼の力もあり、相手の内包する魔力の大きさも分かる。
(護衛は皆騎士様だ〜。タイチさんたちよりも少しだけ高い魔力を持っているかな? なら金持ちのお嬢様で騎士を護衛につけているとなると………)
相手の正体を推測し、ケイは決めた。
「わかりました、お嬢様。それではサーカスの中にどうぞ」
にこやかに微笑んで、アキにぶん投げることにするのだった。自分の手に余ることは主人に任せる。それがケイの処世術であった。
◇
舞台を海面にして、アキは人魚の姿で泳いでいた。人間の時とは違い、かなり楽しい。だって水中で呼吸ができるし、泳ぐスピードも魚雷のように速いのだ。これで楽しめなかったら、そいつは水嫌いだということだ。
「あー、人魚の王女様〜、お客様ですよ〜」
「ん、だぁれ?」
そういや名前決めてなかったやと、ケイの声が聞こえてきて、水中からぷかりと頭を覗かせると、青髪の少女が立っていた。気弱そうにもじもじと指を絡めながらも期待で頬を紅潮させている。
そして、この少女にアキは見覚えがあり、雷に当たったかのようにビクリとしてしまう。この子、もしかして━━━。
「あの、人魚さん、は、はじめまして。マノミと申します。きょ、今日はお日柄もよく、気温もあたはたかくすごしやしゅい、コホン、暖かく過ごしやすい日ですね」
「そうだね、おねーちゃん。あたちの名前はロデーだよ、よろしくね!」
即興で名前を考えて、ニコリと微笑むアキ。内心は驚きと感動で一杯だ。
(ヒロインの一人マノミ・ピスケスだ! 本物だぁ、こうやってリアルで見ると感無量だね。可愛い子だなぁ)
マノミ・ピスケス。彼女は『地上に瞬く星座たち』のヒロインの一人だ。魔法使いキャラの中でも水属性の効果を高める固有スキルと、魚に変身できる固有スキルを持つ。水魔法は回復、攻撃、支援と万能ではあるが、一つのスキルに特化した方が良いゲームなのであまり人気はない。ちなみに水術とは違う。水術は精霊魔法に近いからな。
が、可愛いので人気のキャラだった。スキルは万能なので、反対に言えばそこそこ役に立つ。ゴリゴリの戦闘特化の攻略厨でもない限り、プレイヤーは誰かしら好みのキャラを性能関係なく入れるものである。
(ストーリーが始まる前に、マノミに出会えるなんてやったぁ。これも日頃の行いかな?)
アキの転生してからの行い。山賊になる。怪しげな薬をばら撒く。人魚人魚詐欺とろくなことをしていないのだが、本人は無自覚である。とりあえず結果は良かったので、日頃の行いが良いということになるのだろうか。
「これは屋敷で作ったお菓子です。あの、どうでしょうか? お食べになりませんか?」
「たべゆー! あ~ん」
まるでイルカにご飯をあげるように、水際でクッキーを差し出してくるマノミ。わぁいとアキは目を輝かせて、尾びれをパッシャパッシャと振って近づくと、パクリと食べるのだった。
「あまい! ふわぁ、おいちーよ、おねーちゃん! ほっぺおちちゃう! もーいちまいあ~ん」
クッキーを食べて、この甘さに幼女の自我がびっくりする。そういえば、この世界に来てから甘いものは食べたことがなかったかもと、大悪魔オッサーンは微笑み意識を沈めて幼女の自我に任せるのだった。
鹿せんべいを鹿にあげるかのように、マーモットにクッキーをあげるかのように、マノミは感動してクッキーを差し出して、幼女は何枚でも食べちゃうよと、クッキーを頬張る。
「ロデーちゃんはどこから来たんですか?」
「んと、せかいのはてからやってきたの!」
「海のことなのかしら。人魚さんの言い回し? それじゃ好きな物はなんですか?」
「んとー、んと〜、このクッキー!」
「次もお菓子を持ってきますね! 今度は他の美味しいお菓子です! マカロンがいいでしょうか、それともパイ?」
ニパッと笑って元気に答える幼女に、マノミは心を撃ち抜かれて、ふにゃふにゃの顔となりクッキーをあげて、和気あいあいと仲良くおしゃべりをする。幸せそうなほのぼのした空間だなぁと、娘を見守る父親のようにオッサーンは見ていたが、フト思い出す。
(そういや、マノミは倒さなくてはいけない敵がいたよな。なんだっけ? 過去になにかがあって…………キャラが多かったから回想シーンや過去設定はあまり覚えてないんだよな。ま、俺には関係ないからいっか)
と、記憶にないなぁと、思い切りフラグを立てるオッサーン。
「グハッ」
「!」
離れて見ていた護衛から小さく苦悶の声が響き、慌てて振り向く。そこには首元を斬られて倒れる護衛と、その後ろに立つ血がついた黒いローブ姿のものがいた。
「なんだこやつら。どこから現れた!?」
護衛の中でも歳のいった男性が叫び、皆が気づく。いつの間にか、周囲には黒いローブ姿の者たちが立っており包囲されていた。
アキはどうやらしっかりとフラグを回収した模様。フラグ建築士一級を名乗っても良いかもしれない。




