156話 戦争とは別の思惑
「戦争って、本当に進軍が遅いんだね」
ソファに寝っ転がり、足をパタパタさせながら、フワァとあくびをした。とっても暇そうな幼女は、ぱちくりお目々を眠そうにして、今にも瞼たちはお見合いをしそうだ。
「千人の兵士を一キロ行軍させるだけでも、1日必要となると言われておりますから。それは仕方ないことですよ」
隣でマノミがアキのふわふわヘアーを優しく撫でながら教えてくれる。とっても幸せそうな笑みだ。
「このルクスの秘薬はどうやって使うのかな? アキが男の子になる? それとも私?」
なにやらよくわからないことを言いながら、反対に座るスピカが古そうな本を読みつつ聞いてくる。うん、幻術なら悪役令息モードに化けられるから、その秘薬はいらないと思うんだ。
「駄目だよ、幻術はあくまでも幻術でしょ? コウノトリを連れて来るには、一時的にでも本物にならないといけないの! ふむふむ男装の女王はこの秘薬でコウノトリを喚んだって」
「エクスカリバーを持っている少女かな?」
ふんすふんすと興奮気味に本を読むスピカは、アキの思考を読み取れるらしい。ゲームのヒロインという称号がこれだけ似合わない少女もいないだろう。
「マノミ〜。なんとかちて?」
うるうると潤んだ瞳でマノミに、このブレーキが壊れたトラックのような少女を止めてほしいと見上げる。マノミは苦笑しながらコクリとうなずく。
良かった、マノミはアキの考えを汲み取ってくれたらしい。
「ロデーちゃんは令息に変身することに慣れていますし、一瓶しか見つからない場合はロデーちゃんにお願いして、私たちにコウノトリを喚んでもらえませんか?」
全然汲み取ってくれていなかった。
「うん、そうだね! 私も男になってもよくわからないし! それじゃアキが使うことでけってーい!」
「えぇ、そうですね」
幼女は二人の会話がよくわからないや。コウノトリを喚べばいいのかな。着ぐるみを作れば良いの?
「アキ様、諦めたほうが良いですよ。私にはわかります。この二人の目は本気です。もう誰にも止められません」
ケイがココアをテーブルに置きながら、むふふと面白がって笑う。
「ケイ、適当言って面白がってるでしょ!」
「これだけ混沌とした恋愛模様って、あまりないと思うんです」
「これだけ混沌とした状況がポンポンとあってたまるか!」
もう、この二人は放置で良いやと、起き上がるとココアをクピリと飲む。南大陸を手に入れて良かったことの一つが、ココアだね。
盛り上がる二人を横目に、ココアを飲む幼女と、ポケットに入れていたクッキーを食べ始めるケイ。そのクッキーは幼女のオヤツじゃないのかな?
のんびりとしているアキたちだが、どこにいるのかと言うと、王都のアスクレピオス侯爵の屋敷である。元々ボロっちい屋敷ではあったので、特に何も変わっていない。少し荒らされた感じはするが、庭園はボロボロ、マーモットたちが住み着いた屋敷を見て、反乱軍は空き家だとでも思ったのだろう。塞翁が馬というわけではないが助かった。
周辺にある高位貴族の屋敷は軒並み泥棒に入られたらしい。今となってはアスクレピオス侯爵家の屋敷の方が良いくらいだ。
話を戻すと、結局のところ王都はレグルス王子が奪還した。多少の兵士はいたが、天より現れた闇の魔物たちとの戦いで疲れ切っており、ろくに抵抗もせずに制圧された。
反乱軍の本軍は王都での籠城戦は不利だと考えたのだろう。王都の財貨と糧食を軒並み奪って放棄した。まぁ、王都に火をつけなかっただけマシと言えよう。
今は奥地に引き上げて、リーブラ・アリエス侯爵率いる反乱軍は要塞に立て籠もり、決戦の準備をしていた。
おとーさまは、引き上げた反乱軍を見限り、続々と忠誠を誓う貴族派たちを組み入れながら進軍しているので、もう2ヶ月は経過しているにもかかわらず、まったく進軍ができていない状況であった。
王都はレグルス王子のもとで復興に勤しんでおり、扱き使われるヤタノが王都を走り回っている姿を時折見る。なにやら炊き出しや家屋の修繕の手伝いで、料理スキルや大工スキルしか上がらねぇと泣いていた。
そして、幼女はおやすみ中だ。決戦の前にこんなに暇な時間ができるとは思わなかったよ。
「それにしても、う~ん……」
口の周りをココアで汚しながら、アキは少し気になることがあった。
それは何かというと、裏設定の話だ。不幸な事故があって、う~ちゃんとお話ができずに、アキは人間界に戻ったが、背景の中でも肝心なところがわからない。
(そもそも転生してこの世界を救う代わりに、転生者たちは願いを叶えてもらっているとか。清盛は平家の復興だろう。他の人は? 特に俺は願いを叶えてもらう取り引きをした記憶もないぞ?)
幼女が忘れっぽくても、これくらいは覚えているだろう。なのに、記憶がないのは変だ。
「うぉぉぉぉ! マモがこの屋敷の帝王まきゅ! 絶対にこの地位は譲らないまきゅよ!」
考え事をする幼女の目に、マモが二本足で立ち上がり、両手を翳して、対面にいるマーモットに組みかかっていた。
「ははは、永遠なる闘争があたしの願い! その一歩として、この群れの女王はあたしが貰うよ!」
対面のマーモットも二本足で立ち上がり、両手を突き出して、マモとガシッと組み合う。頭についている小さなリボンがラブリ~なメスマーモットだ。
「ギュイーン」
「ギュイーン」
二匹で背筋を伸ばして押し合いへし合いしながらぶつかり合い、激戦を繰り広げていた。マーモット界では激戦だと思います。
「キャー! やられちゃうまきゅ」
「ピギー」
疑似喧嘩をする二匹を見て、他のマーモットたちが私もやりたいと近づくと、二匹は相手を変えてギュイーンとする。相手が変わったことにまったく気づかないアホな子であるが、マーモットなので仕方ないもんね。
「あはは、楽しい! 理想郷はここにあったんだね!」
大興奮で疑似喧嘩をするマーモットはいつの間にか群れにいたマーモットだ。好戦的でいつもいつも疑似喧嘩をして楽しそうだ。名前はマモミと名付けたよ。
『あ~ちゃん、あ~ちゃん?』
『なぁにあきちゃん? まっちゃここあかきこおりたべう? さいごのいっぱいでしゅ』
ふよふよと空中に浮いて、最後のかき氷をシャクシャクと食べているあ~ちゃんがコテリと小首を傾げる。驚くべきことに、あ~ちゃんは文字通り山とあった琥珀のエネルギーを全部食べ終えていた。段々とかき氷が凝ってきたのは御愛嬌。
『清盛は願いを叶えられたの? 平家の復興はできたの?』
キャンサーである清盛は転生者だった。ならば彼は願いを叶えてもらったのだろうか?
『んと、う~ちゃんにきいてみるね! えっとエイゾーおくるって!』
珍しく意思疎通のできたあ~ちゃんがむふんむふんと得意げに手を振ると、目の前にモニターが現れる。そして━━。
『えっと、これはなにかな? 海中しか映ってないよ?』
モニターに映し出されたのはどこかの海中だ。イソギンチャクがゆらゆらと揺れて小魚が泳いでいる。ブルーの水中に砂地が広がっていた。
『んとね、これこれ! かにさんはふっこうしたよ!』
あ~ちゃんの指差した先には蟹がいた。結構たくさんいるようだ。なんで蟹がと聞こうとして、アッと気づいた。
『平家蟹? これ平家蟹?』
『うん! たくさんのなかまがふえて、かにさんはおおよろこび!』
『えっ!? 蟹さんとして復活!? そりゃ蟹世界の中では大勢力になったかもしれないけど、それで良いの!?』
マジかよと声を震わせて聞いてしまう。
『うん。せかいをすくえなかったから、かんぜんにはねがいはかなえられなかったの。でも,かにさんおおよろこび!』
『そりゃ蟹味噌に知能が落ちたからね。難しいことは考えられないんだろう』
ケロリとした顔で、あ~ちゃんが言うけど、なんてこった、任務が成功しないとこうなるのか。なにが恐ろしいかと言うと、本人はそれで幸せに思うと言うことだ。
「ギュイーン、ギュイーン」
ちらりと横目に、ギュイーンを楽しむマモミを見る。楽しんでいて、現状がおかしいのではと疑問に思うことはなさそうだ。
「ほ、本人が幸せなら良いよね」
周りから見たら不幸に思えることも、本人にとっては幸せなことなのだ。あえて教えることもあるまい。
『というかさ、俺も失敗したらあんなんになるの? やっぱりオリンポスの神は残酷だった!』
ドン引きである。アストレアもやはりオリンポスの神だけあって、残酷なところは変わらないのだろう。
『あ~ちゃん、あたちの願いはなんなの? お金持ちになりたい? ハーレムを作りたい?』
俗な考えを浮かべるアキである。ミダス王みたいに触った物が金になったり、ライオンとなってハーレムを作るのはノーサンキュー。
『んと、……あきちゃんのおねがいはねー』
『お願いは?』
ゴクリとツバを飲み込み、あ~ちゃんを見つめる。ドキドキだ。ワンチャン、病気の妹を癒やしてほしいとか、世界平和とか、美談の願いを口にしているかもしれない。
人差し指をぷにぷにほっぺにつけると、あ~ちゃんはしばらく考え込み……。
『おもいだちた! あきちゃんはおもしろい『ガチャ』をしたかったの! だから、あ~ちゃんのにくたいをかしたんだよ!』
『あ、はい。もう願いは叶えてくれていたのね』
悲報、幼女にてスタートしたのは、自業自得であった。ガチャをやりたいから世界を救うとか、自分自身が信じられない。
まぁ、『ガチャ』ができるならいっか。俺は願いが叶った悪影響とかなさそうだしね。
幼女はフワァとあくびをするとお昼寝をするのであった。
申し訳ありません。ストック尽きたので、次回更新少しお時間をください。ごめんなさい〜と、幼女が言っています。