15話 作る人によって価値は変わるのだ
アルマゲスト王都は広い。そして、多種多様な稼ぎ方もある。その中の一つが大道芸だ。火事対策に設置されている公園がいくつもあるが、一際大きな公園は大道芸などで賑わっていた。酒を飲み火を吹く男、剣を飲み込む男、ジャグリングをしたり、詩人が歌ったりと、枚挙がない。
その中でも、劇のために大きめの空き地がある。役所に金を支払えば使える広場だ。本来は予約も入っており、急遽使うのは無理だが、不思議なことにヒャッハーたちは借りることに成功した。金貨の力は偉大なりと答えておこう。
大きめの天幕を広げて、中が見れないように作り、ヒャッハーたち数人が客引きをしていた。
「サーカスだよ! 魔法の花火やピエロのジャグリング、ナイフ投げがあったり、世にも奇妙な大イタチや人魚が見れるよ〜! 入場料はたったの銅貨3枚!」
胡散臭い口上である。日本ならばオチが分かるので誰も入らないかもしれないが、この世界ではサーカスは存在しなかった。運営はサーカスを世界設定に入れなかったのだ。
なので、大道芸を見に来た人たちはその口上を聞いて足を止めて、興味を持つ。なにか面白そうなことをやっているみたいだと。元々大道芸を見に来た人々だ。興味をそそられるものには目がない。
「おい、銅貨3枚だってさ。入ってみるか?」
「そうね、それくらいなら安いものだし。パン1個くらいだものね」
「おかーさん、観てみたい!」
「あらあら、そうね。少し観てみようかしら」
新しい大道芸かと、劇なのではと、皆が入場料を払って中に入る。カップルに家族連れ、暇そうな者たちと、興味津々でテントに入り、その薄暗さに少し怯むが、それこそが楽しそうなスパイスとなり、歩みを止めることはない。
階段上の椅子にそれぞれ座り、ドキドキと待つと、ピエロがおどけた様子であっちにふらふら、こっちにふらふらと酔っているように歩み出て、皆が注目すると背筋を伸ばして、ニカッと笑い始める。
「今日はヒャッハーサーカス団にようこそ! はい、それでは世にも奇妙な大イタチとそれを操るモンスターテイマーから! どうぞ」
大イタチとはなんぞやと期待して、大きな板を担いだメイドの少女が端から現れて恥ずかしそうに走り去っていった。シーンと静まり返る観客たち。大板には血がついていたことに気づき、その意味を理解して詐欺だと白ける。意味の分からなかった子どもが親にあれなぁにと尋ねているのがいたたまれない。
「ぎゃー、なんで私にあーゆーことやらせるんですか! 絶対嫌がらせですよね? 王都に勝手についてきたから怒ってるんですよね?」
さらに裏方から聞こえる少女の羞恥の声にますます白ける。こりゃ駄目だとの空気が広がり━━━。
誰もいない舞台に炎が噴き出すと、ピエロが現れる。突然のピエロの出現に驚く観客たち。
「はい、大イタチは見ましたか? 世にも奇妙な大イタチ。次に入場する人には内緒にしていてくださいね? はい、では次はナイフ投げと行きましょう!」
おどけたピエロが片手をあげると、何個もリンゴを持った少女と、ナイフを指の間に何本も挟む男が舞台に出てくる。そうして、少女が胸の前でリンゴをジャグリングすると、適当に投擲するようにナイフ投げが行われていく。驚くことにリンゴが少女の眼前や胸の前にある時に、ナイフが刺さっていくのだ。
しかも少女はジャグリングを止めることなく、ナイフを恐れることもない。少しズレれば身体に当たり大怪我を負うパフォーマンスだ。観客たちは目を覆い、悲鳴をあげて、成功して終わると万雷の拍手をして歓声をあげる。大イタチで期待値を大幅に下げた観客たちは、予想を上回るパフォーマンスに驚き感動したのである。
その後も魔法使いが花火の幻術を放ったり、玉乗りや空中ブランコなどのパフォーマンスを見て、酔いしれる。興奮が最高まで高まり、熱気がテント内を支配するようになって━━━それは現れた。
「はい、では最後に━━━人魚の国ポセイドンから人間の国を見に来た人魚の王女の出番だ〜!」
人魚。おとぎ話で時折出てくる種族。船乗りは稀に出会った事があると自慢気に話すが、本当のことなのかは不明であり、実在するか疑問に思われる海の種族。
まさか本物ではあるまいと、さっきの大イタチと同じではと頭に不審がよぎるが、それならば大トリにはもってくるまい。なにか魔法的なものかと思っていた観客たちの前に、その人魚は現れた。
「今日はありあと〜ピチピチ」
『戦場変更:海面』
幼い人魚が現れて、小さな手を振ると舞台が一種で海に変わったのだ。水術6レベルの魔法であるが、水術の使い手は珍しく、さらには強力な水術使いも少ないので、観客たちは不思議な魔法を見て度肝を抜かれた。潮風が鼻をくすぐり、海に変わった舞台をピチピチとトビウオのように飛び跳ねる幼女人魚。その可愛らしい姿に皆が大興奮となった。
「本物の人魚だ! ほら、人魚だぞ!」
「幼女の人魚だ! 泳いでる、泳いでるぞ!」
「きゃー、こっちに手を振ったわ、可愛い〜」
レッサーパンダが2本足で歩けば大興奮するように、幼女人魚がパシャパシャ泳いで手を振るだけでも、観客は総立ちとなり、こっちを向いてと大騒ぎだ。天幕の外にもその騒ぎは聞こえて、外を歩く人たちがなんだろうと興味を持つほど歓声は響く。
しかも、幼女人魚が手を振ると、海からトビウオの群れが飛び跳ねたり、鯨が潮を吹き、水で作り出された蝶が舞う。娯楽が少ないこの世界で、それは夢のような時間だった。きっと観客たちは今日のことを一生の思い出とするかもしれない。少なくとも、しばらくは王都のあちこちでこのサーカスの話が登るだろうことは間違いなかった。
興奮冷めやらぬ中で、幼女人魚は舞台の中心でピチピチと尻尾を動かし、手を振るう。ポムと錬金釜が現れて、何をするのかと皆が注視する中で、ポイと海水と青い石を入れて、また錬金釜の周りをくるくると回る。周り終わってあとにはポムと煙が噴き出して、煙が消えるとガラスの小瓶が十本錬金釜に出現するのであった。
「皆ちゃま、楽しんでいただけたでしょーか」
「楽しかったぞ〜!」
「人魚ちゃん握手して〜」
「お菓子食べる? たくさんあげるわよ〜」
舌足らずの幼女人魚が話し始めると、観客たちら大喜びで手を振り返す。それを見て、幼女人魚はむふんと胸を張って、小瓶を取り出してみせる。
「最後に宣伝でしゅ。これはあたちの国の『水霊の祝福水』。水霊の祝福と人に潤いを与えるポーション。お高いので、ゆーふくな人が買ってください」
ペコリと頭を下げる幼女人魚。高価なのかぁと少しボルテージが下がる観客たちに、ピエロが再び姿を現す。
「はいはい、私共もあの入場料だけではやってはいけません。なので、多少の儲けもと思うのです。ですが、効果も分からないのに購入はされたくないですよね? そうですねぇ、そうです! では、そこの貴方と貴女、あと、貴女も。試供品として差し上げます。是非に使ってください。効果が分かりましたら、金貨での購入をお願いいたします」
ピエロの目が一瞬ナイフのように鋭くなると、上等な服装の人たちへと小瓶を渡す。買ってくれと連呼するのかと思いきや、そんなことはなく、後はピエロの締めの挨拶で終わるのだった。
観客たちは大満足で帰宅したのである。そうしてサーカスが行われて数日間が経過した。
◇
サーカス団は王都でも大人気の演目となった。人々の噂に登り、実際に見てみたいと大勢のお客が集まる。特に人気なのが幼女人魚だ。
「はいはい、こちらは人魚の絵だよ〜。実際に見た画家に描かせたものだ。人魚のご加護があるよ。たったの銀貨1枚だよ〜」
「人魚マークのおまんじゅうはいかが? 人魚が大好きなあんこがたっぷりと入ってるよ〜。たったの銅貨5枚だ、買った買った!」
「サーカスの中で見ながら食べるホットドッグはどうだい? 果実酒や果実ジュースもあるよ〜」
「唐揚げ、唐揚げはいかが〜、最近天才料理人が発明したマヨネーズもつけちゃうよ〜」
早くも目端の利く者がサーカスの周りに屋台を作り、金儲けのチャンスとばかりに様々な物を売り始めていた。大道芸をする人々もサーカスの前に集まって、観客たちが大勢集まって、楽しい雰囲気は伝播して、大きな祭りのようになっていた。人魚ブームの到来である。
それを天幕の陰から、こっそりとメイドが覗いていた。不満そうにぷっくりと頬を膨らませている。
「アキ様〜、なんか皆大儲けしてますよ? 便乗するのってずるくないですか? 私たちは銅貨3枚でいいんですか? 宿屋代も考えると、赤字じゃないですか。もっと入場料を高くしませんか?」
「良いんだよ。サーカスで金儲けをするつもりはサラサラないからな」
アキは人魚のままだと少し疲れるかもと尻尾をパシャパシャさせながら、小瓶を手の中でくるりと回す。計画よりも遥かに盛り上がったけど、これだけの人が集まるなら計画はうまくいくだろう。
「あのポーションで儲けるつもりなんですよね? でも、金額も言わないし、買いに来る人なんかいないじゃないですか。あと、王都を観光したいので、休みをください」
「王都は見るところはないよ。せいぜい武器屋や魔道具屋くらいかな。観光なら、各地を見て回るのが良いよ。どこまでも続く渓谷とか、燃え盛る平原とか、旅をしないと面白いのは見れないね」
ゲームで見て回ってるから知ってるのだ。王都はシティアドベンチャーの発生する場所で、古びた屋敷とか、夜な夜なうめき声が響く墓地とか、王城とかがめぼしい観光スポットなのだ。命の危険があるから、ケイはやめておけよ。これ親切から言ってるからね?
「美味しいものとか食べてみたいし、服とかアクセサリーとか見たいです。せっかく王都に来たのに、サーカスで大イタチを担ぐか宿屋で美味しい料理を食べるかしかしてないんですよ? ひどくないですか?」
「美味しい料理だけで観光は十分だと思うけど、しょうがないなぁ、近い内に水霊の祝福水は売れるから、全部売れたら………どした、タイチ?」
元タンカー1号、略してタイチと名乗ることにしたヒャッハーが小袋を持って、控室に入ってきた。そのほころんだ嬉しそうな顔からピンとくる。
「売れたんだ?」
「へい。バッチリ完売でさ。恐らくは貴族ですね」
「よくやった。効き目があることを理解したんだな、鑑定の魔法を使ってくれただろうし、毒ではないと理解してくれたはず。鑑定魔法が無かったら、こう上手くは行かないよね。それじゃ次からは委託する商人を選ぼう。販売実績があれば委託も請け負うだろ」
アキたちはいわゆるお忍びで来ていた貴族を狙い撃ちして水霊の祝福水を配ったのだった。必ずお忍びの裕福な貴族がいると考えていたのだ。娯楽の少ないこの世界。貴族はバレないようにと気をつけながら、サーカスを見に来ていた。
品質は鑑定魔法が保証してくれる。それならば後は販売実績が欲しかったのだ。そうすれば時折商人へ水霊の祝福水を委託販売を依頼すれば良いはずだった。そうすれば継続的に金が稼げる予定だった。金貨1枚で売り続けるのだ。千里の道も一歩から。年間一万枚くらいあれば良いと思っていた。
しょぼくれたおっさんがクッキーを作っても1枚1円でも売れないが、人気絶頂アイドルの手作りとなると1枚が天井知らずの値段になるのと同じだ。アキは人魚人魚詐欺をして、薬に付加価値をつけて高く売るつもりであった。
だが、眉間にしわを寄せ始めるタイチに微妙に不安を覚える。なにか問題でも起きたかな?
「どしたん?」
「それが………」
「どしたの? なんなの?」
「これを見てくだせえ」
ドスンと置かれた袋が開かれると、ぎっしりと金貨が詰まっていた。百瓶売ったはずだから百枚のはず。でも、これはそんな程度の数じゃない。
「実は……先ほど買いに来られた方が買い占めて、一瓶金貨10枚で買い占めていきやした」
その報告に冷や汗がたらりと流れて顔がこわばってしまう。そんな金額で買うアホがいたのかよ。
まじかよ…………まずい、中世貴族の金持ちっぷりを甘く見てたわ。高価すぎるな、まずいことになるかも………。そこらの錬金術師が作るよりも、人魚が作るほうが付加価値が上がる。そう考えてのサーカスでのパフォーマンスだったけど、予想以上に効き目があった模様。
懸念を覚えてアキは難しい顔になるのだった。
『クエスト:怪しげな薬をばら撒く。経験点三千取得』
クエストは発生したけどね。怪しげじゃないもん。




