13話 運営は一応フォローしてくれたらしい
屋敷に戻り、応接室に移動する。ケイがお茶を入れますねと、白湯を持ってきたけど我慢するしかないんだろうな。
「で? どーゆーこと? なんであたちがアキ・あしゅあしゅだと思うの? その根拠は? こんきょをしめちてくだしゃい」
綿がぺっちゃんこの悲しいソファに座り、アキはちっこい脚を組んで、くーるに白湯を飲む。うん、俺はお坊さんになれないことを自覚したよ。白湯ってまずい。しかも浜辺町の水は少し塩辛いから、もっと美味しくない。
白湯は苦手だよと幼女がむにゅうと顔を顰めるのをジェイは穏やかな表情で見つめて、白湯を一口飲むと語り始める。その恐ろしい真実を。
「元々はアキ様は女性だったのです」
「えぇぇぇぇ! 本当に呪いだったの父さん。嘘だとばかり思ってた! きっと過去に亡くなった幼女の悪霊が取り憑いたんだと思ってた!」
やはりアキの言い訳を嘘だと思っていたケイが白湯を噴き出して、テーブルをびしょびしょにする。無理ある説明だと思ってたから怒らないけど幼女の悪霊ってなんだよ。
驚愕するケイを横目に、ジェイは静かに語り始める。辛そうな感情も垣間見えて、アキたちはゴクリと喉を鳴らす。あと、白湯はいらないや、ケイにあげる。
「アキ様は先代まであった『アスクレピオスの短剣』のことは知っておりますでしょうか?」
「知らない。どんなの?」
知ってる。ストーリーで使われた魔法の短剣だ。だけど知らないことにしておこう。なんか、知ってると言ったらまずそうだ。
そうでしょうと頷き、コップをもて遊びながら、ジェイは話を続ける。
「『アスクレピオスの短剣』とはアスクレピオス侯爵家に代々伝わる魔剣でした。その力は、死せしアスクレピオス侯爵家の直系に刺すと、その知識を吸収でき、反対に生きる者に刺すと短剣が吸収した知識を刺されたものは吸収できる伝説の魔剣でした」
「………そんな魔剣があったのでしゅか?」
ちょっぴり動揺し、幼女の自我に押されつつ、アキはジェイを見る。
「はい。そう言い伝えられておりました。ですが、条件があり、短剣に付与されている呪毒に耐えたものだけが知識を吸収できます。アスクレピオス侯爵家でその力を使えたのは2代目のみだと言われております」
「それ何百年前!? え、あたちの両親はそんなあぶないたんけんをあたちにつかったの!?」
だとすると毒親だ。始末しても良いだろうかと憤っていたら、ジェイはかぶりを振る。ん? 違うのかな?
「使ったのは既に亡くなった先代当主様です。侯爵家の危機を脱するためと、まだ一歳であったアキ様に短剣を刺したのです。その呪毒の力はとてつもない強力なものと言われておりましたが、先代は落ちぶれた自分が認められなかったのでしょう、狂っておりました………。天才を作り上げて、侯爵家を救おうと考えたのです」
最低すぎる爺さんである。死んでて良かったよ。
「そっか………それで男になったの?」
「はい。呪毒は呪いの毒。対象を殺す魔法的な毒。反対に対象が存在しなければ発動しないものでした。なので、アスクレピオス家に伝わる『ルクスの秘薬』という存在を変える薬を使い、呪毒を免れたのです。いつか、アキ様が呪毒に打ち勝つ時に、元の姿に戻ることを祈りながら………半ば諦めておりましたが、遂に打ち勝ち、アスクレピオス家の力を継承なさったのてすね、アキ様」
男泣きをするジェイ。ジェイはアキ様の不遇を悲しんでいたが、ようやく復活できたことを喜んでいた。アキ様のご両親はアキに対して酷く罪悪感を持ち、懸命に働いてお金に困らないようにと、幸せであるようにと頑張っていた。それがようやく報われたのだ。
対して、アキは内心でツッコミを入れていた。
(『ルクスの秘薬』って、ゲーム中でルックスを変えられる世界で1個しかないアイテムじゃん! それに『アスクレピオスの短剣』は単なる呪毒剣だ。メインストーリーの中盤で王女に使われて、治すために癒しのアイテム探しをしたから覚えてる。かなり苦労したからなぁ)
どんな言い伝えがあったが知らないけど、知識を吸収することはない。たぶん2代目が冗談で言って、それを本気にしたのだろう。だって2代目が継承したのって父親の力だろ? 絶対に普通に学んでいたに決まってる。嘘を信じてアスクレピオス家でどれくらいの被害が出たんだろ? 調べるのが怖いな。
でも、これでわかった。一応運営はルックスYへのフォローを入れてくれてたらしい。それなら、このビッグウェーブに乗るのみ! 幼女はサーフボードを取り出して波に飛び込んだ!
「そ、そうだったんでしゅか。だからあたちには二つの自我があるのでしゅね。あたち、これまでの記憶もないのでしゅ」
『あ~ちゃん、のろわれてないよ? でも、おもちろそう!』
ゲームの世界に転生して早2日。ここにきてようやくストーリーに加われるキャラを演じれるのだと、アキは張り切った。もうそれは張り切った。幼女の自我もあたちもあたちも演技しゅると張り切るので倍プッシュだ。
━━脳内幼女会議━━
『俺が遂に俺が主人公の時、皆が感涙する演技をしてみせるっ!』
『あたちもあたちも。あ~ちゃんもやりゅ! かんるうするえんぎしゅる!』
幼女の皮を被った悪霊と、本当の幼女がお手々を掲げてフンスと鼻を鳴らすのだった。
━━脳内幼女会議終了━━
よろよろと立ち上がり、ショックを受ける幼女。窓の側へとよちよちと歩いていき、嘆くように崩れ落ちれて頭を抱える。
苦悩の少女を演じているのだ。ダンゴムシの真似をする幼女に他者からは見えたが、本人はノリノリでウキウキで演技をしていた。
「ガラガラピシャーン、ザーザー」
空は青く雲一つないので、雰囲気を高めるためにも雷が鳴り響き、豪雨が振り始める擬音も口にするアキ。シチュエーションも大事だと幼女会議で承認されたのだ。余計なことをする会議と言えよう。
ウキウキとお尻を振って、楽しげに口ずさむので、なぜ劇では選ばれなかったか分かるアホさを見せてきた。幼女の自我とお手々を繋いで仲良く演技だ。
「…………」
リアクションに困るジェイとケイ。シリアスな話をしていたのに、全てをぶち壊すのは無邪気な幼女だからかと、傍観する優しさを見せる。もはや聖人に近いかもしれない。
「それじゃ、あたちのこの力は先祖代々のものだったんでしゅね! そうか、そうだったんだ………」
『ガチャシステム』が先祖代々の力の可能性はゼロである。そして、ブラック企業で働いていたおっさんの自我は過去の当主たちの知識のせいにするアキである。過去の当主たちが聞いたら冤罪だと騒ぐのは間違いない。
「コホン………おいたわしい………ですが、これで当主様たちの肩から重い荷物がなくなるでしょう。さっそくご報告の手紙を」
気を取り直して、聖人君子もかくやという対応をしてくるジェイだが、ギリギリでアキは正気に戻り、立ち上がって急いで口を挟む。それはとてもまずいんだ。
「待った! あたちが女性だって、何人の人が知ってるの?」
「は、はい。私の両親、私と妻のエル。そしてアキ様のご両親であるナツ様とフユ様です。それ以外は今知ったケイのみとなります」
慌てて止めながら、うわぁとドン引きのアキ。父親はナツで、母親はフユか。ハルはどこにいるの、いかにも適当に名付けられたっぽい名前だよ? 召使いもジェイ、ケイ、エルかぁ………。モブなのは確定したね。
まぁ、そんなことはどうでも良い。名前なんてただの記号だ。それよりも重要なことがある。
「これは箝口令を敷こう。いきなり令息が幼女になるのは不自然だし、秘密にして両親にはあたちが今度言うよ。これはめーれー。ふたりともわかった? 少なくともアスクレピオス侯爵家が力を取り戻して、令息が幼女であっても誰も文句をつけられないくらいにしてから。ね、いいでしょ? もしも令息は死んでいて、実は後継ぎがいないとかお取り潰しになったら困るしね」
ウソの言い訳だ。だってコブターンの姿でもないときっとメインストーリーは破綻する。幼女だと絶対に代行は無理! 運営の適当さを舐めるなよ、絶対にルックスYのフォローはこれだけだ!
アキの内心は表情に出ることなく、ふむふむとジェイは頷く。たしかにそのとおりであり、没落して目障りだと考えて、アスクレピオス侯爵家を潰そうとする者は存在するのだ。その可能性はあった。
「わかりました。ですが、アスクレピオス侯爵家の力を取り戻すには大変な時間がかかりますよ? その間令息として生きることになるのですよ? というか、令息の姿はどうしますか?」
「ふふん、それは先祖の力でこの通り」
「おおっ、そんなお力が! 本物にしか見えませぬ。凄いお力ですな」
ドヤ顔でスカッと指を鳴らし、姿をコブターンに変える。ジェイは感心しきりだが、アキはうまくいったとクフフと含み笑いをしていた。これからは全て先祖の力ということにしよう。人魚に変身するのも、錬金術も、ヒャッハー山賊団を仲間に入れたのも全部だ。先祖の力というには無理がある設定があったが、幼女は見ないふりをした。都合の悪いことは見ないふりをすれば5割の確率で上手く行くことが社畜時代の経験談だ。
コブターンの姿を解除して、水霊の祝福水をテーブルに置く。キラリと光る小瓶を見て、二人とも覗き込むので、フッとニヒルに笑うアキ。少なくとも自身はニヒルだと信じてる。
「それにこれからは先祖代々の力で侯爵家を復興させるつもり。これはその第一歩だね」
真面目になると、できる幼女は二人の反応を見るが芳しくない。こんな小瓶がと、疑わしい顔をしている。さっきのアホな演技も二人にマイナスの印象を与えている可能性あり。
だが、正気に戻ったアキは十周クリアした猛者だ。その視点は普通ではなく、思考は元々普通ではないが、リアルとなったこのゲームの世界で、どうやって金策をすればよいか考えていた。
「アキ様、絶対にこれは金貨1枚では売れませんよ?」
「ケイ、あたちをアキと呼ぶの禁止ね。これからは万が一にも正体がバレないように……そうだな、ハルって呼んで」
「は~い。それじゃ他人がいる時はハル様とお呼びしますね。でもアキ様、これが高値では売れませんよ?」
ケイに新たなる呼び名をお願いし、ジェイはせっかく頑張ったご主人様に悪いですがと気まずそうに口を挟む。そしてケイは人の話をまったく聞かないことがわかる。
「娘の言う通りだと思います。これを金貨1枚で売るのは………どうも、難しいかと」
まぁ、その気持ちはわかる。平民には用がない物だろうよ。
「それじゃ、ちょっと王都で売ってみようか? ふふっ、きっと面白いことになるじぇ」
伝手はないが、ゲームの情報はあるんだ。アキ・アスクレピオスの手際を見せるとしようじゃないか。
◇
━━━2日後、アキたちは王都に訪れていた。
「ピチピチピチピチ」
アキは人魚となって捕まって檻に閉じ込められて訪れていた。




