121話 裏切りの獣
「ピーピーピー、ピーピーピー」
下手くそな口笛を吹きながら、てこてこと歩いてくるマーモット。クッキーをマーモットたちが食べているのを見て、自分も欲しくなったらしい。
「………」
じ~っと見つめてやるが、あくまでもマーモットなんだよとの姿勢を崩さずに、アキの足元にくるとしがみつく。
「くーくーくー」
あざとい鳴き真似だが、マーモットは元々あざとい可愛さなので、アキは嘆息するとウイに手を伸ばす。
「ウイ、クッキーを全部よこせ」
「ん。でも良いの?」
「うん、ただのマーモットだからな。その代わり……」
しがみついているマーモットにクッキーの入った子袋を手渡しながら、口端を吊り上げて悪そうに嗤う。
「他のマーモットから逃れられればの話だけどさ」
「まきゅ!?」
そう、マーモットは本能として、他者が餌をくれても、まずは仲間が食べている餌を横取りしようとするのだ。既に周りのマーモットたちはクッキーの入った小袋を持つマーモットを囲んで奪おうとしていた。
「うぉぉー、これは渡さないまきゅー!」
雄叫びをあげると小袋を抱えて二本足でダッシュして逃亡を図るマーモット。他のマーモットたちは四つ足を振って、追いかけていくのであった。
そうしてマーモットの集団が遠ざかっていくのを見ながら舌打ちする。
『まずいことになったぞ、シィ、ウイ。封印されたはずのマモが裏切ってる』
『カードは召喚するだけで、術者の命令を聞くような仕様はありませんからねぇ。それが通常の召喚と違うところです。もっとも普通は裏切りませんけど』
『同意。これより先、嫌な予感』
『裏切る可能性があるのか。皆が自由すぎると思ってたんだよ。後で契約書書いておこうね?』
まさかマモがここに先回りしているとは思いもよらなかった。俺達を監視していたのだろう。マモはそれくらいの能力はある。能力はあるが、強欲なところを敵は計算していなかったに違いない。
カードにパスワードをかけて封印したと思ってたら、まさかのマモは封印されていなかった。これ、どうなってるの?
『こんなことあり得るのか? 封印していて、マモは自由に動けるとか』
アキの問いに、ウイが深刻そうな表情で三角帽子のつばを触る。
『答えは一つ。カードシステムにクラッキングできる敵。これは予想外』
『だよな……あ~ちゃん、運営に不正アクセスされてますよって伝えてくれない?』
事態は深刻である。
『あ~い。んと、ふがしがおいしい、たいへんでしゅ』
本当に事態は深刻である。あ~ちゃんは伝言を依頼するには頼りなかった。
(今はカードを奪われていないことを安心するべきか。いや、そもそもこの事態を運営は知らないのか?)
バグや不正が行われないように、運営は常にモニターをしていそうなのに、アクションがないことが不自然だ。プレイヤーが気づくのだ。運営が気づかないことなどあるだろうか?
もしも気づいているとしたら、クラッキングを防ぐパッチを作成している最中なのだろうか? それとも……。
(いや、今はカードを封印できることだけだと信じよう。根拠なき推測は危険だ。今はできることをやろう)
一気にきな臭くなってきた。なら、さっさとこの峡谷を攻略するべきだろう。とすると、シィたちの力を隠していても仕方ない。
『良いのですか? この神聖魔法はかなーり目立ちますよぅ?』
『グググ、仕方ないんだ。大丈夫、ゲームでも完全善人ルートで、人間を悪人含めて一人も殺さないで、神聖魔法レベル7で、慈愛の神ヘスティアの司祭になれば習得できる特殊神聖魔法だから!』
ちなみに俺は習得できなかった。宝箱が落ちてて拾わない人はいないだろう? ゲームでも習得している人はいなかった。ヘスティアの司祭は同族を殺してはいけないという教義があるんだけど、この治安の悪いファンタジー世界で神聖魔法レベルを上げる過程で悪人は必ず殺すからな。なのでヘスティアの司祭は教皇と言えど、特殊神聖魔法を使えるものはいない。
でも、カードであるシスターはその教義に当てはまらない。カードの同族は不死だからだ。そして『シスター』の括りは全ての神の司祭ということにもなるチートな存在だ。これ、ヒャッハーたちの能力を調べているうちに判明していました。
『わかりましたぁ』
そして、タンク役のタイチを連れてこなかった理由でもある。
「え~と、皆さん少し下がってください〜。これから神聖魔法を一つ使いますぅ」
戦闘中の皆へと声を掛けると後ろに下がるのを待てずに、シィは特殊神聖魔法を使う。神官たちはレベル7になると、それぞれ信ずる神の特殊神聖魔法を試練を乗り越えて使えるようになる。
そして同族を殺さずという教義のヘスティアの特殊神聖魔法はというと——
『ヘスティアの大天使降臨』
空から一筋の光の柱が降り注ぎ、その中に白き翼を持つ少女が降臨してくる。その身体に纏う神々しいオーラだけで、その者が人外の畏れ多いものだとわかる。
そこには天使が存在していた。
オリンポス神の中の女神ヘスティア。天使はキリスト教圏であるのに天使である。運営は与一の弓とかエクスカリバーとかも導入していたので、気にしてはいけないことなのだ。たぶん見栄えが良いから導入したと思います。
アキを含めて皆が天使を見て驚愕していた。攻略サイトにはあったんだよ。でも魔法の武具が入った宝箱を開けないなんてゲーマーには無理だったんだ! なのでこれが初めて見る天使であった。
大天使はゆっくりと両手を広げる。それだけで柔らかな光が周囲を照らしていく。その効果は『持続治癒』と『状態異常治癒』だ。攻略サイトに載っていたとおりだ。
騎士達は驚くが、その驚きはまだ小さかった。だが、次の瞬間にさらなる驚きに包まれる。
「あら、私はなにをしていたのかしら?」
「身体が軽くなったわ」
「頭の靄も消えたみたい」
狂いし精霊たちが正気に戻ったのだ。キョトンとした顔でクスクスと笑い始めて、周囲を飛び回る精霊たち。もはや敵意はなく、単純に飛ぶことを楽しみ、自然に同化して消えていった。
「これならノンストップで奥に行けますねぇ。では続けて使いますぅ」
『ヘルメスの大天使降臨』
新たなる大天使をホイホイ降臨させるシィ。今度は『移動力上昇』と『敏捷力向上』のヘルメスの大天使だ。
まさかの2体同時召喚に、皆が度肝を抜かれているが、そんな暇はないんだ。
「特殊魔法を2体同時に? いや、なんで異なる神の天使を召喚できるんだ? あり得ない!」
「え? なにあれ? 天使召喚なんて俺はやったことないぞ?」
レグルスは知っていたのだろうが、ゲームでは行えない同時召喚を見て驚愕し、そもそも天使召喚という難易度の高い魔法は知らなかったヤタノは困惑していた。
だが、二人の態度が違っても、アキの行う事は一つだ。
「レグルス王子。よくわかりませんが、部下が異常を感知したようです。急ぐようにと、とっておきの魔法を使いました!」
秘技動揺している間に他の事を前に出し、どさくさに紛れてしまう作戦だ。
「あ、あぁ、僕も見たよ。君が薬草採取をサボって野生動物に餌をあげていたら、餌を抱えて二本足で走って逃げて行ったマーモットだろ?」
王子の視線の先、峡谷の奥を駆けてゆくマーモット。やはり二本足で走るのは変らしい。飛びかかるマーモットの群れをジグザグに走りながら避けて、アメフトよろしくクッキーの入った小袋を抱えて必死になって逃げていた。
「まきゅー! これはマモの! なんでいつもいつも仲間の餌を取ろうとするまきゅ? そこの少年が餌持ってるのに!」
うん、怪しすぎるマーモットだ。そして、レグルスはしっかりとコブターンがサボっていたのを見ていた模様。
でも、怪しすぎるマーモットには違いない。ここは追いかけるイベントへとシフトするのだ。
「皆聞いてくれ! 敵の使い魔らしきマーモットを見つけた。操っている敵のところへ向かうはずだから、追いかけるぞ!」
「はっ、了解です。全員陣形を組み直せ! 斥候は先に向かい奥地の偵察を行うのだ!」
狂いし精霊たちはヘスティアエンジェルの力にて正気に戻り、自然の中へと戻っている。ここは他に魔物がいない。なのでレグルスはマモを追いかけるべく騎士団へと指示を出すのであった。
「な、なんか雲行きが怪しくなってないか? ここは混沌の精霊が居座っているだけだろ?」
テキパキと指示を出す騎士隊長を見て、焦り顔となるヤタノ。まぁ、焦るのも分かる。ヤタノは高くてもレベル3程度の戦闘スキルしか持っていないと推測する。となると、この先にいるだろう敵を前に怯んでもおかしくなかった。
だが、ここでためらっている暇はないのだ。こちらのシステムにクラッキングできる可能性を持つ敵を放置するわけにはいかない。
「ぬぉぉぉ、アキ・アスクレピオス。ここで功績を立てて、伝説になるチャンス! シィ、ウイ、俺様を守りながら突撃だー!」
なので、悪役令息らしく、素人同然にドタドタと足音高く奥地へと走り出す。
「ちっ、悪役令息に先頭を任せるわけにはいかねぇな。ヤタノ・コルブス準男爵も続くぜ!」
予想通り、アキを小馬鹿にして、ヤタノが先頭を進む。うん、ありがとう。念の為先頭よろしく。速度を緩めて、ウシシと笑う悪役令息ルックスYだった。
——そうして、希少な薬草や木の実を泣く泣く諦めて進むこと数時間。太陽が真上にきた時に、一行は峡谷の奥地に辿り着いた。
そこは馬車三台程度の道幅で、特に大きな岩と、透明な泉があった。
そして、ローブを着込んだ武装した集団が30人ほど待ち構えてもいた。余裕そうに岩山に座り込んでいるのが、ボスだろう。
「クソッ、カオスエレメントがいねー! てめーらが倒したのか?」
ヤタノの言う通り、本来はこの地にはカオスエレメントという峡谷の精霊を狂わせている元凶がいるはずだったのだ。それを倒すのが、この峡谷のクリア条件であったはず。
だけど——
「あー、うっざ。ここ虫もいるし、暑いしで待っているの大変だったんだけど〜?」
岩山から立ち上がった敵が苛立ちながら罵ってくる。
「まぁいいや。ここにいれば、プレイヤーを殺せると思ってたんだ。え~と2名? さっさと死んでよ、抵抗なんかしないでさ」
ローブを剥ぎ取り、姿を見せた敵は……。
セーラー服を着ている少女だった。