12話 金策の知識ちーとは役に立つか
街から少し離れた静かで人気のない浜辺。ザザンと波が打ち寄せて、白浜にはカサカサと小さな蟹が横切っていく。カモメが空を遊弋し、時折鳴き声が聞こえてくる平穏なる浜辺。しかしながら平和な浜辺に、幼女人魚が海から出てくる。
ピチピチと尻尾を跳ねさせて、海面から浜辺に現れたのは、青い髪にバイザーをつけて、鰭のような耳を生やし、胸元は貝殻の水着を付けた小柄で下半身が魚の幼女人魚であった。
ナイショで秘密だが、その正体はというと、なんとアキ・アスクレピオス。小柄ないたずら幼女だ。その記憶はブラック企業ゴーストに取り憑かれているかもしれないが、可愛らしい幼女だ。
「うぅ………おもちゃい。欲張りすぎたか?」
ピチピチと懸命に歩く幼女の肩には網が担がれており、網の中にはずっしりとなにかが入っていた。
「装備オフ」
スカッと指を鳴らし、幼女人魚から蜂蜜色の髪の毛を持つぱっちりおめめの可愛らしい幼女へと姿を戻す。その腕には小さな銅の腕輪が嵌められており、嵌められているサファイアが水に濡れてキラリと光る。
「ふむ、人魚モードから元に戻っても大丈夫みたい。体の感覚がズレているとかは無さそう」
小鳥の鳴き声のような可愛らしい声で呟き、手をワキワキさせて異常がないかを確認し安心する。異常といえば、そもそも幼女になったことが異常なのだが気にしないアキである。ゲームの世界だからと割り切っているのが原因だ。あと、隠しステータスが知力1なのも遠因かもしれない。元々知力1の可能性もあるので、関係ないかもしれない。
ガチャにて手に入れた装備アイテム。その名も『人魚の腕輪』だ。
『SR:人魚の腕輪:防御力+300:装備:人魚に変身可能、水属性無効、水術6』
人魚に変身出来て、水属性を無効にする特殊な魔法装備。しかも水術を6まで使える優れもの。日頃の行いのお陰だと、手に入れた時、むふんと胸を張っちゃった幼女だ。この魔法装備の力を使い、アキは海で狩猟をしてきたわけである。
「それじゃ、これからこれらを仕分けしないといけないんだけど………これ、多すぎたな」
げんなりした顔で向ける先は、網の中の石ころだ。せっかく人魚に変身したのに魚ではなく石ころを持ってくるところから、幼女なので丸い石ころやキラキラした石ころを宝物として持ってきた━━━わけではない。
特徴的なのは全て青い石ころという点だ。大きさはそれぞれ違い、青色も濃紺は違うが雰囲気は似ていた。
「眼鏡に変えると、鑑定はできるけどこの場合は必要ない。ゲームあるある裏技的な技だけど〜知識ちーとを使っちゃう〜」
幼女は手を水平に伸ばしてくるりんくるくると回転して、ムフフと笑う。たった2日で踊ることに違和感を持たなくなった幼女はひとしきり踊ると、満足してスカッと指を鳴らす。
「へい、錬金釜!」
ボムと煙を立ててアキの眼の前にでてきたのは魔女が薬を作るのに使うような金属製の大きな錬金釜だ。中身は虹色の液体で満たされている。
『C:普通の錬金釜:エクストラ:錬金術2』
錬金術2レベルまでが付与されるエクストラカードの『普通の錬金釜』。ゲームでは錬金釜に違いはなかったが、仕様が変わってランクが存在するようになったらしい。これはアキがスキルレベルを上げられない代わりに、あらゆるカードにスキルレベルが付与されていると推測している。
そして、最強ビルドは使えなくなったが、各スキルで使える武技や魔法、そして錬金術はアキの頭にしっかりと入っていた。さすがは10周クリアしただけはあるといえよう。何事も反復学習が効果的なのだ。
「海水たっぷりと青い石ころ。錬金に成功すれば、それはあたちの探していた『水霊石』だ。ほいっと錬金!」
鼻歌交じりに人差し指を振るう。『地上に瞬く星座たち』では、錬金術は魔力も使うことはなく、素材をぶち込めば発動した。
アキが覚えているゲームのエフェクトと同じように錬金釜へと素材を巻き込み虹色の液体で満たされていく。数秒で錬金釜は虹色の液体で一杯になるとぐるぐる液体が回転してボムと煙が沸き立つと、錬金釜に満たされていた虹色の液体は消え去り、底にポツンとアイテムが置かれているのであった。黒い塊だ。
「がらくたか。最初から上手くいくとは思ってなかったよ、それじゃ次」
アキの作り方は極めて簡単だ。錬金術では正しい素材ならばアイテムは作成される仕様だ。それを利用して鑑定していなくても、成功すれば正しい素材を入れたという逆引きの製作方法だ。装備スロットが2個あれば人魚の腕輪と鑑定眼鏡を装備すればいいがスロットが一つしかないので仕方ない。
それにアキは地道に作業をするのも好きだった。特上薬草でお金を稼げるなら、時間をかけて大量に作っても苦ではなかった。それに一つにつき製作時間は数十秒だ。海水を掬って石を入れる。それだけでサクサク作れる。なので、ポムポムと作っていくこと、数十分。
ポムと煙と共に小さなガラス瓶に入った液体が残った。その数は10本。
「やったね! 『水霊の祝福水』が作れた! これで金策に手をかけることができる!」
「どんなアイテムなんですか、アキ様?」
ウフフと含み笑いをして、ガラス瓶を天にかざしていると後ろから疲れた声がかけられて肩をポンと叩かれた。どうやら浜辺からついてきたらしい。
「これは水の祝福を与えて人に潤いを与えるアイテムなんだ。ふふふ、あたちの天才ぶりに驚くがいーよ!」
『水霊の祝福水:人に潤いの祝福を与える:一週間美しさ+1』
軽く振ると、青色の薬がガラス瓶の中でポチャリと揺れる。錬金術2レベルで作れる魔法薬だ。
振り向くことをせずにフフンと笑う。これは低いスキルレベルで製作できるアイテムだが、なかなかその効果は面白い。
ゲームでは美しさを求める貴族からの依頼で作るアイテムだ。プレイヤーが詰みにならないように、あえて錬金術スキルレベルが2と低い。なので簡単に作れるのだが、クエストに相応しい裏がある。
このアイテム。素材は海水と『水霊石』だけなのだが、『水霊石』は海中でもかなり深く潜らないと落ちていない。『水中呼吸』の魔法だけでは水圧に潰されるので、これ以上潜れないと表示されて、プレイヤーは直接入手はできない。オークションで手に入れるか、人魚と仲良くなって採取してもらうしか手がないんだよ。それがクエストのネックだった。
「へー、それじゃ一本使ってみていいですか? 潤いって、美人にしてくれます?」
後ろから手が伸びてきて、一本手に取るとためらいなく蓋を開けて自身に振りかける。誰だと問いかける必要もない。本当にアキのメイドか極めて疑問のケイだ。ふりかけると、ケイの体が僅かに光り、潮風で痛んだ髪の毛に潤いが戻り、薄っすらとあったソバカスが消える。
「え~と、鏡ありますか? 美人になりました? 絶世美人になって傾国しちゃいます?」
「傾かせるのは無理だろうけど、効果は出たよ」
『水鏡創造』
さらっと水術にて宙に水鏡を創造する。ちょっと魔法を使う俺ってかっこいいと、アキが鼻の穴をぷくっと膨らませてるのは御愛嬌だ。こういったゲームではなかった使い方ができるとワクワクしちゃうよ。それでもケイの姿はあんまり変わらないけどね。
「元々から少ししか変わらないよ。ほら、見てみ」
「おー、ソバカスが消えてますね。髪の毛もカサカサじゃなくなってます。これ化粧品と言うやつですか、アキ様?」
「そうだよ、一瓶金貨1枚で売るつもり」
「え~っ、そんなに高くなんて売れませんよ。ちょっぴり潤っただけじゃないですか」
ケイだって花も恥じらう女の子だ。屋敷にある鏡を見て、自身の格好をそれなりに気にしている。その基準からすると、お祭りの時とかに少しおしゃれにソバカスを見えないようにして髪を整えた時とあまり変わらなかった。
「アキ様は世間知らずですね〜。こーゆーのは銀貨1枚が良いところですよ」
「銀貨? 銀貨なんか使えるわけないでしょ。大丈夫金貨1枚で売れるから」
ウリウリとホッペをつついてきて、ニヤニヤと笑うケイに、ニヒルにアキは自信たっぷりに薄笑いで応える。金貨にこだわる理由は簡単だ。『地上に輝く星座たち』では売買は全て金貨だったからである。なので焼き鳥も金貨1枚からなのである。もちろんこの世界では銀貨、銅貨が存在するし、普段使いで金貨なんか使わない。
まさしく世間知らずを地でいくアキだが、それなりに自信はあった。
たしかに、ゲームのクエストでは、依頼主はたった一週間で効果を失うこの薬に落胆して依頼は完了するという展開だった。だがゲームをしていたときにも思った疑問を検証するときだ。多分予想通りならうまくいく。
「これは化粧品じゃないんだ。回復アイテムなわけ。ふふふ、結果を御覧じろってやつだな」
「ふ~ん、アキ様がそういうならそうなんでしょうけど、ふーん、これが金貨1枚?」
「ほう、貴女様がアキ様?」
聞いたことのない男の声が聞こえてきて、ギクリと体を震わす。え、ついてきたのはケイだけじゃなかったの。………追求されたら、名前が同じの流れの人魚と言い張ろうと、心に決める。本当にごまかせるかは不明だけど、まさか幼女にコブターンが変身したとは思うまい。
しかし、その決意は無駄となる。
「アキ様………そうですか、『アスクレピオス継承の呪毒』を遂に打ち破ったのですね!」
「ほへ? 『あしゅあしゅの呪毒』?」
よくわからないが、なぜか感動に打ち震える声に振り向くと日に焼けた男性が涙ぐんで座っていた。
「お父さん、『アスクレピオス継承の呪毒』って、なぁに?」
どうやらケイの親らしい。毒ってなんだ? なんか響きが酷く物騒だ。
「あぁ、それを話すのには少し長くなりますし、この場で簡単に話せる内容でも御座いません。お屋敷にお戻りになってよいでしょうか?」
頭を伏してお願いしてくる丁寧な物腰。アキを上位の者として扱う態度から、どうやらアキ・アスクレピオスだとわかっているようだ。
「わかりまちた。それでは屋敷に戻りましょう。ケイそこの石全部持ってきてね」
重いですと抗議の声をあげるケイは無視して考える。どうやら、アキ・アスクレピオスには秘密がありそうだ。
これは面白くなってきたな!
 




