1話 悪役令息だけどキャラメイクでルックスYを選んでしまいました
ゲームの中の悪役令息に転生しました。
この一言で、異世界ファンタジーの小説を読んでいる輩はピンとくるだろう。
悪役令息になって大変だぁ、なんとか生き残らないと、なーんて言いながら原作の知識を使ったり、悪役令息は才能の塊で、子供の頃から鍛えたら、主人公を上回る力を手に入れて、結局主人公になるんだろ? そして善人プレイをしてヒロイン総取りハーレム一直線だ。
やれやれわかってるんだよ。テンプレだよなと。
うん、ありがちだけど、実際に自分が同じ立場になったら同じことをすると思うんだ。なにせ、ヒロインは誰もが可愛いし、主人公を上回る力で、最後は世界を救う、なーんて展開は夢みたいだ。ハーレムなんて贅沢は言わない、ヒロインの中でも一番好きだった娘と恋仲になれるだけでも喜ばしい。
テンプレ大歓迎、さようならブラック企業で働いていた社畜だった日々。天国の父さん、母さん、俺は剣と魔法のファンタジー世界で楽しく生きていくよ、と。
それが転生して思ったことだ。少しは動揺したけど、小さなことだ。すぐに気にならなくなった。
━━━なぜならば、転生したことが小さいことだと思うほど、信じられないことが起きていたからだ。何かというとだ……。ちょっと転生する前に失敗したことがあるのだ。
◇
気づいたら、鏡の前に立っていた。
姿見の前に映る小太りの少年。茶髪にそばかす、生意気そうな目つきの男の子が鏡には映っていた。気づいたら俺は鏡を見ている少年になっていた。自分ではない。少なくとも元の俺は若さがない。
ピンときた。このキャラには見覚えがあるのだ。
(よっしゃぁ〜、きたきたきたー。こいつ、『地上で瞬く星座たち』の悪役令息キャラ、少し若いけど間違いない!)
常日頃、異世界に行きたいなぁ、せめて毎日トンカツを気軽に食べられる生活を送りたいなぁと、ささやかなる願いを持って、毎月宝くじを買っていた俺はすぐに状況を把握していた。というか、最後の記憶がこのゲームをやっていたことだった。
どうやら宝くじには当たらなかったが、もっとすごいものに当たったらしい。それはなんとやり込んでいたシミュレーションRPG『地上に瞬く星座たち』の世界に転生したらしいということだ。
『地上に瞬く星座たち』
オープンワールド式RPGであり、自由度の高さが売りの人気ゲームであった。
レベルという概念はあるが、自由には育てることは出来ず、イベントごとに己の行動が集積されて自動でスキルレベルが上がる少しライトユーザーには難易度の高いゲームだった。
だが己の行動によりスキルが取得されるという新鮮さと、練り込まれたストーリーと、多くのやり込み要素があり、多くのプレイヤーが魅了されたゲームだ。かくいう俺もそうだった。
10周近くゲームをクリアしたものだ。マルチエンディングだから、全てのエンディングを見たかったのと、隠し要素を全て解放したかったので、飽きっぽい俺にしては頑張ったのである。それだけゲームが楽しかったということもある。
(たしか会社から帰宅して、酒を飲みながら、最後のエンディングを解放して━━━その後はもう一度やろうとしていて………なんだったかな。死んだのかな………)
ここに来る前のことを思い出しながら、ちくりと胸が痛むが、天涯孤独の身の上だ。ブラック企業で、サビ残で毎日毎日終電で帰っていたことを思うと、特に前世に未練はない。見ていた小説や漫画が見れなくなったことが未練といえば未練だけど、大したことはない。
それよりも転生である。悪役令息に転生したようだが、この俺は異世界小説を数多く読んでいる。生き残る方法など簡単に思いつくだろう。
根拠のない自信を持ちつつ、俺は含み笑いをしようとして━━━ピクリとも動けないことに今更気づく。どうやら転生したことに浮かれて、状況を把握していなかったらしい。
(というか、これもしかして夢? 夢なの? ヤベ、いい歳して夢を現実だと思ってたわけ? 創造力がないから、これしかイメージできてないの? 動けないとか、静止画? 俺の貧困な創造力では静止画しか想像できないのか?)
夢の可能性は考えていた。考えていたけど、面白そうな夢なので現実だと思いたかったのだ。お前、何歳なんだよと会社の同僚に話すと笑われるパターンである。
目を覚ましたら少し落ち込む自信があるなと、がっかりする。なにしろ鏡に映る部屋は寝室のようで、天蓋付きのベッドや古めかしいアンティークな家具が見えるが、背景画のように見えるのだ。はっきり言おう静止画だ。
せめて動けりゃ良いのに、貧困すぎるイメージだ。もういいや、寝ようと思って目を瞑ろうとして━━━。
『地上で瞬く星座たちをスタートしますか?』
目の前にVRゲームなどでありがちな、空中に半透明のボードが浮かんでいることに気づく。気づくというか、今現れた。さすがにこんな目立つもんを見逃すほどアホではない、と思う。
(きたきたきたー。そうだよな、これ、夢でも良いじゃん。夢だとは思ってたよ? でも、せめて面白い夢にしてくれ。もちろんスタートだ!)
ゲームなのだから、スタートをしないとそりゃあ起動しないよなと、とりあえず念じてみると━━━。
『それでは、アキ・アスクレピオス、ルックスYで開始します』
「はぁ? ルックスワ━━━んギャーー!」
なんだそれと思ったときには激痛が身体に走り抜けて、悲鳴をあげて倒れてしまう。身体が動くようになったと思ったら、まるで彫刻刀で肉体を削られているような激痛が、骨の奥から神経をぶちぶちと切られていくような痛みが━━━。
(ムリムリムリムリ、死ぬ、死んじまう。ストップ、助けて、これ夢じゃねぇ! こんな痛みが走るなんてどうなってやがるんだ!?)
水から出された魚のように跳ねるようにのたうちまわり、あまりの痛さに涙すら出ずに過呼吸となり、身体が発作でも起こしたかのように痙攣する。涙でボヤケた視界に、自分の身体が硫酸でも受けたかのように溶けていくのが見える。
自身の肉体がピンク色の肉塊となり剥がれて地面に落ちていき、蒸発して跡形もなく消えていく。その様子を見て激痛で脳が焦げそうになり、気が狂いそうになりながら、こんなことで死ぬのかと気が遠くなり━━━フッと消えるようにいきなり痛みがなくなった。
『あたち、あ~ちゃん。さびしかったんだよ。これからはあたちと一緒にいてくれりゅんだね!』
どこかで、可愛らしい声が聞こえてた感じがする。気のせいだろうか。
「な、なんだ? 無事だった? なんだったんだ、今の? たしかルックスYとかログが表示されていたような………」
びっしりとかいた汗を拭いながら、涙を拭いて立ち上がり、鏡へと視線を向けて硬直してしまった。
「きゃわぁ〜、な、なんで、あたちは幼女なんだ? あーッ! あれか、ゲーム時に選んだキャラメイクが原因か!?」
コロコロと鈴が鳴るような可愛らしい声をあげて、俺は鏡を見て死んだ目をしていた。俺という表現は似合わないかもしれない。なぜならば、鏡に映るのは、蜂蜜色の滑らかなふわふわの髪に、小顔にくりくりした小動物を思わせる瞳。抱きしめたら折れてしまいそうなか弱い体つき。背丈はというと、小学生低学年レベルの小ささの幼女になっていたからだ。
先ほどの小悪党的な悪役令息の姿など影も形もない。分かるかな? ステータスボードにはやり込んだゲームの中の悪役令息キャラの名前が表示されてるのに━━━。
「なんで幼女なんだよぉ〜! リセマラ、リセマラはどこですか、神様〜」
天を仰いで叫ぶ姿は可愛らしい幼女でした。
原因は分かってるんだけどね………。
「思い出した! このゲーム、キャラメイクができたんだった………その影響か。できれば、スタートする前にキャラ変しておいてほしかったよ。なんだよぉ、痛くて死ぬかと思ったよぉ。改造人間もビックリだぞ、せめて麻酔をかけろ、運営」
愚痴りながらも思い出す。このゲーム、主人公のルックスを変更できたのだ。ヒロインやモブは固定だったはずだが、それが適用されたのだろう。
「もう一度ゲームをやろうとしていて、たしかに俺はルックスYを選んだわ。でも、あれは主人公だったんだけどな」
自分の声なのに心地よい可愛らしい声に苦笑いしつつも思い出した。昨今のご時世に合わせて、このゲームは男キャラ、女キャラではなく、ルックスM、ルックスLと表示されて、性別をはっきりさせない方式をとっていたのだ。とはいえ、ルックスM専用装備のステテコパンツとか、ルックスL専用装備の危険な水着とかがあったので、性別は明らかで、最初のキャラメイクの時だけ選ぶ意味のない仕様だったけど。
「全エンディングをクリアすると、隠しジョブと合わせてルックスYが解放されたから当然プレイヤーとしてルックスYを選んだった。プレイヤーとして未選択の物を選ぶのは当然だよな。それ以上は特に理由はないよな、うん」
誰に弁明しているかは不明だが、アキは小鳥のような声で呟いて、もう一度姿見を見る。ルックスYの意味はさっぱりわからなかったけど、とりあえずプレイヤーとしての好奇心がね、あったのだよ。
「それにしても、可愛らしいじゃん。やっぱりゲームをやるときは美少女キャラだよな。眼福眼福…………って、現実にこのキャラでいくのか? 悪役令息なのに? え? ないよね、令息の証明が下半身にないよ!?」
ゲームではなく転生で、こんなことないだろ? 冗談だろ、冗談と言ってくれよ。もう一度ロードし直させてくれ!
「坊ちゃま、悲鳴が聞こえましたが、なにかございましたか?」
あわあわと慌てる幼女の焦りに油を注いで炎上させるように扉がノックされて少女の声が聞こえてくる。たぶんメイドとか侍女とかだ。悲鳴が大きかったので心配してきたのだろう。
(こ、こういう場合、どうすれば良いんだ? 俺の小説の経験談から言うと、頭をぶつけて記憶がなくなったといえば良いのか?)
なにしろ声の持ち主に覚えがない。キャラに転生しても記憶を受け継がないパターンなのだろう。
(この場合も頭をぶつけて、幼女になりましたと答えれば良いのか? いや、そんな設定無理だろ! 記憶喪失よりも無理設定。あ、いや、だがキャラメイクが出来たということは、神様か悪魔か運営かはわからないが、幼女でもきっと悪役令息に見えるんだ! きっとそうだ! なら、俺のとる選択肢はひとつ!)
神様よ、俺は貴方を信じます!
「あ、開けますよ、坊ちゃま?」
あまりの悲鳴にさすがに許可を取る必要はないと考えたのだろう、無慈悲に扉が開き、メイド姿の少女が恐る恐るといった感じで入ってきた。
「アタタタ、転んで頭を打っちゃった。誰だっけ、おみゃえ?」
なのでアキは記憶喪失のフリをした。大根役者級の素晴らしい名演技を見せて、イタタと頭を押さえて言葉も噛んじゃう完璧ぶりだ。天才、天才かもしれない。それかいたずらな幼女に見えるかもしれない。
「………きゃ~、あ、貴女はどなたですか?」
神様はいなかったらしい。俺は無神論者になることを、メイドが叫ぶ姿を見て誓うのだった。