幸せの香り 【月夜譚No.320】
一杯のコーヒーにほっとする。ほど良い苦みと、鼻を抜ける香ばしい匂い。マグカップから掌に伝わる温かさも心を解し、彼女はソファの背凭れに埋もれるように身体を預けた。
今日は朝から溜まった洗濯物を片づけて、部屋の掃除をし、昼食を挟んでから大学の課題を完遂。バタバタとして休む時間もなく、夕方になってようやく一息つけたのだ。
小さい頃から、コーヒー牛乳が好きだった。週末に家族と車で出かける時に必ずパックのコーヒー牛乳を買ってもらい、車窓を眺めながらストローで飲むのが幸せだった。
今ではブラックコーヒーを飲む方が主になってきているが、この香りを感じると幸せを覚えるのだ。
マグカップに口をつけながら、ぼんやりと窓の外を見遣る。薄っすらと赤くなりかけた空はとても綺麗で、ゆったりと移動する雲に慌ただしかった時間を忘れるようだ。
もう暫くしたら、近所のレストランに行って夕食にしよう。今日は好きなものを食べて、帰宅したらのんびり過ごして早めに寝よう。
幸せな時間を噛み締めながら、彼女は最後の一口を味わった。