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乱舞るロンドはエンドを望む  作者: 佐久良 明兎
3章:腐りかけロマンチスト
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真夏の歌迷走(1)

 じりじりと地を焦がしていた日が傾き、暑さの盛りはようやく収まりつつあった。

 夏の日は長い。夏至げしを過ぎたとはいっても、五時前の今はまだまだ明るかった。だが夕方になれば暑さは穏やかになり、吹く風から心地よい涼しさを感じる日が以前よりも増えた。秋が近づいてきたのだろう。


 一旦、寮につどってから、五人は京也の家へ向かおうとしていた。葵はあの後、遅れてやってきた京也と共に一足先に家へ行っている。杏季の事を考慮し、京也宅への行き帰りは女子でまとまって行くことにしていたのだ。


 歩いている途中、不意に杏季が立ち止まった。

 五人はちょうど小さな交差点を渡りきったところだ。右に曲がれば京也の家へ向かう道になるが、杏季はそちらではなく、前方の狭い路地をじっと見つめている。

 それに気付き、前を歩いていたメンバーは立ち止まった。


「どうしたの、あっきー?」

「おいこら十歳児、そっちの道は違うぞー。ヤロー共と会うのに気が進まないのは分かっけど、いい加減に慣れなさい」


 春に続いて冗談めかして潤が言ったが、しかし杏季は、ふらりとそちらへ歩を進める。


「なんか、……行かなきゃいけないような気がするの」


 そう呟くと、杏季はそのまま制止を無視し、路地へ歩いていってしまう。皆がそれに訝しげな表情を浮かべた時。


「杏季さんを、止めてください」


 琴美が、一歩前に進み出た。

 何かに抗うように、琴美は苦しげに壁へ手をつける。


「これは理術です。……私は止められない、私まで引き込まれてしまう。どうか杏季さんを止めてください!」


 悲鳴のような声に、弾かれたように潤たちは駆け出した。既に杏季は小さな公園の入り口に足を踏み入れようとしている。

 慌てて杏季の近くまで駆け寄って、けれども。


 公園を間近にして、残りの三人も不意に奇妙な感覚に襲われた。

 何かに呼ばれているような感覚に、ふっと彼女たちは顔を上げる。


 ――行かない、と、いけない。

 ――行かなければ、ならない。


 そんな思考に支配され、気付けば杏季のみならず全員が自分の意思とは無関係に、まるで吸い寄せられるかのように公園へ入っていった。




 公園には不自然な静けさが漂っている。近くの車道を走るはずの車の音もどこかおぼろげで、遥か遠くの出来事のように聞こえた。

 その空間の中で唯一はっきり現実のものとして聞こえてくるのは、歌詞のない微かなメロディ。ごく小さな音量でありながら、周囲から切り離されたかのような空間では、その旋律が絶対のものとして響き渡っている。


 その音が、にわかに止んだ。

 はっと我に返って、彼女たちは周囲を見回す。一見、五人の他には誰もいないかと思えたが、公園の隅に備え付けられた滑り台付きの遊具の上に、座り込んだ人影があった。


「あぁ、余分な人たちも付いてきちゃったんだ」


 微笑して、ワイトは顔を上げる。


「ま、別にいっか」


 彼は屈託くったくない表情でゆっくり立ち上がった。ようやく状況を把握し、杏季は引きつって一歩後ずさる。


 嫌な予感がして、奈由は咄嗟とっさに公園の入り口から外に出ようとした。

 しかし、まるで固いゼリーのような弾力の、見えない壁が彼女を阻む。外の景色は見えているのに、そこから外へは指一本出すことが叶わない。

 琴美は舌打ちして顔を歪め、素早く前に進み出て杏季を背に庇った。


「わざわざ退路まで絶って誘い込むとは実に周到ですね。何をしたんですか、あなた」

「何をって言われてもなぁ、そのまんまだよ。そっちもお得意の理術を使ったってだけだ。

 俺の属性は『音』。人の精神を感応させる術。

 『ハーメルン』……今の歌で、外の世界から遮断したこの公園に、おびき寄せたってだけだよ。

 護衛者とかいうあんたには分かってるだろ。『閉鎖空間』のことぐらいはさ」


 琴美の問いかけにそう答え、ワイトは軽やかに遊具から飛び降りる。


「そこ、どいてくれないかな」

「どきません」

「……そういえばさぁ。あんたも大概弱いはずだよね、俺には」


 ワイトは何食わぬ表情で、静かに口を開く。


「Sah ein Knab' ein Ro"slein stehn,」


 彼の言葉に警戒し、琴美は素早く杖を呼び出した。一瞬遅れて杖を頭上に掲げた琴美だが。


「Ro"slein auf der Heiden,」


 彼の口から穏やかなメロディが流れ出すと、その掲げた腕が不自然に硬直した。琴美はびくりと身をすくめ、何かから避けるように数歩、勢いよく後ずさる。


「War so jung und morgenscho"n,Lief er schnell, es nah zu sehn,」


 外国語の歌詞を旋律にのせ、ワイトは歌を紡ぎ続ける。杏季は驚いて琴美を振り向くが、彼女自身は身がすくんでしまったのか、その場から動けない。

 そのまま、じりじりと琴美は後ろへ追いやられていく。


「Sah's mit vielen Freuden」


 何が起こっているのか把握できないまま、しかし奈由はどこか聞き覚えのあるその音色にひっかかり、自分の記憶を辿った。

 考えているうちにも、琴美は奈由たちのいる場所まで後ずさる。


「Ro"slein, Ro"slein, Ro"slein rot,」



 ――この歌。……もしかして、野ばら?



 終わりかけた歌のフレーズでそれに思い当たったと同時に。

 ちくり、と何かが腕を刺す感覚で、奈由は反射的に腕を引く。

 それは腕だけではなかった。体中の至るところへ、特に肌が露出した部分には一層強烈に針で刺すような痛みがはしった。

 ぞわり、と得体の知れないものへの恐怖で鳥肌が立ち、他の三人も無意識のうちに後ずさる。


「Ro"slein auf der Heiden.」


 ワイトが歌い終えたとき、杏季を除く全員が公園の入り口まで追いやられていた。体にまとわりつく嫌な感覚は先程よりましになっていたが、しかし少しでも体を動かせば途端に鋭く痛みが貫く。皮膚に傷は付いていないが、見えない攻撃に心の方が参ってしまいそうだった。


「そーゆーわけで、その辺で大人しくしててくれよな」


 ワイトはごく涼しい顔でそう言ってのけると。


「……なんで自分には効かないかって?」


 何が起こっているのか飲み込めず、茫然ぼうぜんとしている杏季に向き直った。彼女はびくりと体を震わせる。


「他の人間に邪魔されたくないからだよ。さすがに五対一ってさ、いくらなんでも、だろ。一対一なら分かりやすく対等じゃん。

 安心しなよ、あんたのことはこれからじっくり苛めてあげるから」


 ワイトは補助装置をはめた左手をすっと上げ、杏季へ手の平を向けた。

 一歩、彼女は後ずさる。

 その距離をいとも容易くワイトは詰めて。


「かかってきなよ、白原杏季」


 そう言って、彼は笑った。






+++++



「葵と奈由ちゃんのコンビでアルドにあたるとは、災難だったね」


 京也は麦茶を片手に葵をねぎらった。

 クーラーを入れた京也の部屋で涼みながら、葵は疲れ切ったように四肢ししを投げ出している。麦茶を受け取り、まったくだ、と葵は肩で息を吐き出した。

 そのまま麦茶を半分飲み干してから、葵はぽつりと京也に尋ねる。


「なぁ雨森。アルドはなんでビーのとこにいるんだと思う?」

「僕よりお前のほうがチームCでの付き合いは長いだろ」

「けど、お前は学校が一緒じゃねぇか」

「そうだけどさ。生徒会の活動まで一緒だけど」

「……相当、近距離じゃねえかよそれ」

「まぁね。だけど、あいつもベリ子と同じだよ。その件に関して頑なに口を割らない」


 京也は投げやりな口調で言った。

 葵はテーブルに肘をつき、考え込むように腕へ顔を埋める。


「さっき俺は、あいつに『人に危害を加えてまで願いを叶えたくねぇ』って言ったんだよ。

 そしたらアルドが、珍しく声を荒らげたんだ。

 『それは今の世界そのものを否定するのに他ならない。何の犠牲もなしに今の平和が成り立ってるだなんて思うな』って趣旨のことをさ」

「……世界そのもの、ね」


 遠くを見るような目つきで、京也は視線を空に泳がせた。


「……あいつにも色々と思うところはあるんだろうさ。

 けどな。あいつが何を考えていて、それがどれだけ大事なことかなんて、いくら考えても本当には僕らにゃ分からない。それにむかつくし、こんなに近いところにいて止められない自分が歯がゆいし、今この状況にどうしようもなく腹が立つ」


 珍しく苛立った様子の京也に、葵は黙り込んで彼を見つめる。伏せ気味の彼の眼差しは、小刻みに震えていた。

 と、その時である。


 どくん、と胸騒ぎがした。


 葵はがばりと身を起こす。

 鼓動が早い。まるで悪夢から飛び起きた直後のように、心臓の音が走るように胸を叩いている。落ち着かせようと無意識に胸元に手をやるが、鼓動は高鳴るばかりだ。

 尋常ではない胸騒ぎに困惑しながら、深呼吸をしつつぎりりと胸元を握りしめて。

 不意に、もしや、という可能性が葵の脳裏をかすめる。


「まさか、……これが、共鳴」


 息を呑み、葵は京也に早口で告げる。


「雨森、行こう」

「どうしたんだ。そろそろみんなが来る時間だぞ」

「そのあいつらが危ないんだ!

 多分、多分だがな。草間の周辺が危ない。

 そしてこの時間でそうだってことは、多分あいつら全員が危ねぇんだよ」


 焦った葵の言葉に、しかし京也は理由を聞かずに頷き、立ち上がった。

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