陰気なバディが会議を回す(4)
「残念ですね。見破られなければもう少し誤魔化そうと思いましたのに」
言いながら琴美は、窓際に歩み寄った。普段は夜にだけ閉めている厚手のカーテンを掴み、手早く閉める。
振り返りながら、琴美はにこやかに言う。
「あの薬は、偽物です」
「マージで!?」
「マジです。よって、あの錠剤を飲んだだけでは理術には何の効果もありません」
「うええええマジかあ!?」
潤が裏返った声をあげた。
彼女と同じく動揺した春が、目を泳がせながら琴美に問いかける。
「じゃああれは何だったの!? 特に何も得も害もない錠剤!?」
「ブルーベリーのサプリなので、目がちょっと癒されると思います」
「微妙に得があった!」
「フリスクにしようかとも思いましたが、流石に気付かれそうなのでやめました」
「味がついてりゃそりゃあ気付くよ!! じゃあ、本当に、なんというかその……こっちゃんが春日先生とグルで、つまり聖精晶石を仕込んだ張本人ってことなの!? 何でまたそんな!?」
「ええ。ですが、その前に」
琴美は唇の前で人差し指を立てながら、抑えた声で告げる。
「まず。ヴィオさんの処遇をどうするか、はっきりと結論を出してしまいましょう。もし受け入れず排除するようであれば、私は彼の前で今それをお話することは出来ません」
「私の答えはさっき言った通りだ。こいつ個人は気に食わないが協力してやってもいい」
一番最初に反応したのは潤だった。
彼女はじろりと彼を無遠慮に眺める。
「ついでに潤さんとしては、組織に乗り込んで、もうちょっとばかし積極的にあいつらをとっちめてやりたいとは思うね。特にあの鬼畜メガネ辺りを重点的にさあ」
潤の言葉にヴィオは一歩たじろいで、それから諭すように告げる。
「あいつらは大概なことをやらかしてんだ。どんな厄介な事態に巻き込まれるか分からないんだぞ」
「既に似たような理由で首を突っ込んでる奴にだけにゃ言われたくないね。
それに危ない連中なら尚更、お前一人でどうこうできると思ってんのか? 共同戦線を張る方がどう考えても利口だろ」
潤は舌を出しながらさらりと答えた。何も言えずにヴィオは押し黙る。
次いで、奈由が手を挙げて控えめに発言する。
「まず初めにだけど、私もこの人は信用していいと思う。あと私としては個人的に、グレンにあの可愛い植物さんについて詳細を問い詰めたいかな。
というわけで私もつっきーに便乗したいし、その為の助力は嬉しい限りです。受験のストレスが発散できて、植物の秘密に迫れる上に、厄介事も払拭できて、一石三鳥じゃん」
奈由は心なしかうっとりした眼差しで言った。潤が小声で「不純……」と呟いたが、奈由の微笑に威嚇されて黙り込む。
奈由の調子に気圧されつつも、春も頷く。
「同じく、彼個人はまず信じるよ。今後の方向性に関しては、まだ自分でも分からないし迷いもある。けど私の可愛いあっきーに手を出した事に関して、ちょっと締め上げたいというのは確かにあるね」
「ほほう。お前のじゃないけどな、この変態め。
ともあれ、皆さんこいつに便乗して、あいつらぶっ潰す方向性でオッケーですね?」
潤の問いかけに、奈由と春は同時に頷いた。
最後に潤は、一人無言でいる杏季に問いかける。
「そーいう訳だ。あっきーはどうだ?」
「……えぇと。この人はね。信じていいと思うの。でも、狙われてるのは私なんだし、皆を巻き込むのは」
言い切らないうちに杏季の口は塞がれた。
驚いて杏季が見上げれば、いつの間にか背後に回った潤がにやりと笑みを浮かべている。
「悪いのはあっきーじゃねーだろうよ。全部向こうが勝手にやってきたこと、そんでもってうちらも勝手にやってることなんだ。お前は単なる被害者だろ十歳児」
「あいつらが血祭りにあげられる理由はあってもあっきーが気にする必要は皆無だよ」
「そうそう。私たちは、個人的にあいつらが気に食わないだけ、なんだから」
奈由と春も重ねて言った。
杏季は申し訳なさそうに、でもそれ以上は何も言わずに弱々しく微笑んだ。
「でも怖いなら、あっきーは何もしなくてもいいんだよ。狙われてるわけだし、隠れてた方が安全かも。あくまで私たちが勝手にやることだからさ」
気遣わしげに付け加えた春の言葉に、杏季はぶんぶんと首を振る。
「ううん。あの人たち。逃げてる時に呼び出した私の鳥さん打ち落としたの。いくら叶えたい願い事があるからって、そんなのいけないことだもん。だから、」
杏季は勢いよく顔をあげ、両手をぐっと握った。
「私もあの人たちを血祭りにあげる!」
「そこはなっちゃんの台詞を真似して覚えちゃ駄目だ十歳児!」
「十歳じゃないもん!!」
潤と杏季のやり取りを見て微笑み、琴美は穏やかな口調でまとめた。
「これで意見は出揃いましたね。私は皆さんの意向に従うので、賛成です。いらっしゃいませヴィオさん。
いいえ、こうなったからには呼び方も改めなくてはなりませんね……雨森京也さん?」
にっこりと、真意の読めない笑みを浮かべて琴美が彼を覗き込む。
晴れて彼女たちに迎え入れられたヴィオこと京也は、複雑そうな眼差しで彼女たちを見回しながら、しかし諦めたように息を吐き出した。
総意が出たところで、奈由は改めて琴美に向き直る。
「じゃあ、彼も招き入れたことだし……説明してくれるの、こっちゃん。一体、何がどうなってるのかを」
奈由に促され、琴美はどこから話したものかと思案するように頬に手を添えた。彼女の様子を見守りながら、何気なく京也は呟く。
「琴美ちゃんは、『護衛者』と呼ばれるものと何か関係あるのかい」
彼の台詞にぴくりと反応し、真顔で琴美は振り返った。彼女と目を合わせながら、京也は静かに話を続ける。
「さっきビーは、琴美ちゃんを護衛者と呼んだね。
琴美ちゃんは取り立てて言及しなかったけど、あの切り返しは暗黙にそうと認めているようなものだった。何なんだい、護衛者って」
「……目ざとい。いえ、この場合は耳ざとい……ですかね。
参りましたね。そこについては隠してなんとか適当に説明しようかと思っていたのですが。まあ。正直それが肝なので、ばらしてしまえば説明が楽は楽なのですけれど」
琴美は目を細め、困ったように前髪をかき上げた。皆から目線を反らし、壁際の花瓶を眺めながら彼女は独り言のように言う。
「『何故杏季さんを守るのか』『何故杏季さんの危機だけ察知できるのか』『何故理術の知識に明るいのか』『何故寮に残ったのか』『何故聖精晶石を託したのか』……これらの質問には、すべて一言で答えることが出来ます。
『私が杏季さんの護衛者だから』です」
意を決したように顔を上げ、琴美は淡々と続ける。
「基本的に理術は、先ほど春さんが仰ったように有用なものではありません。しかし稀に、脅威となるレベルの理術を行使できる使い手が存在します。
そんな人物を悪用せんとする魔の手から保護し、その事実を本人には知らせぬよう努め守るのが『護衛者』。私のことです。
そして私が護衛する相手が、杏季さんなんです。
とはいえ普段は護衛対象者と近い生活エリアに住む程度で、大層な事をしているわけではありませんが」
ここまで顔色を変えずに説明していた琴美は、不意に表情を曇らせる。
「ですが近日、私の所属する組織がビーたちの不審な動きを察知しました。杏季さんの存在を感づかれそうになったのです。
ただ、レーダーの反応には抜け穴があった。それを利用して、私たちは杏季さんから奴らの目を反らすことにしました」
「どういうこと?」
話についていくのに必死だったが、やっとのことで春が口を挟んだ。琴美はやや口調を緩めながら説明する。
「C・レーダーは一定以上の強い理術を使える人物を見つけ出す装置です。探知範囲内に該当人物がいれば反応し、球体の色が変化するようになっています。その変化した色で、属性が判別できるようになっているんです。
雷の場合は黄色。
草の場合は緑色。
水の場合は青色。
古の場合は虹色に、次々と色を変えます。
そしてあいつらが舞女内でC・レーダーを使った時。レーダーが黄色から緑色に変わり、青に変化するところで、私はそれを破壊しました」
「それってつまり……」
春の呟きに琴美は頷く。
「そう。この反応だけでは、『古の適合者』がいるのか、『雷、草、水の適合者』がそれぞれいるのか、分からないようになっている。
ですから、あえて聖精晶石を使うことにしたのです。杏季さんから目を反らすため、申し訳ありませんが私たちは潤さんたちを利用させてもらいました。
あとはほとんど奈由さんの指摘した通りです。厳密には、春さんだけでなく、潤さんたちにも聖精晶石を仕込んでいました。お二人の石は回収しましたが、春さんのだけ回収しそびれてしまいましてね。
そうして聖精晶石を仕込み、春日先生に協力を仰いで『理術の力を増幅する薬』と偽り虫退治をしてもらった。
全員が強い理術を使うことで、その反応は聖精晶石によるものであったと誤認させる為に」
琴美は更に「因みにあの虫は私が作りだした幻で『古の生徒が呼び出した』というのも嘘です」と付け加える。話を聞きながら得心のいった奈由は小さく頷いた。実体ではなく幻であったから、巨大なプラナリアは忽然と消えてしまったのだ。
改めて琴美は潤たちを見回すと、苦渋の表情を浮かべながら頭を下げる。
「申し訳ありません。私も、皆さんを巻き込むのは本意ではなかった。けれど背に腹は代えられない状況だったんです。都合の良いことを申し上げているのは重々分かっていますが、それだけはご承知おき頂ければと思います」
抑えた声色で琴美は謝罪した。面食らった様子で潤たちは顔を見合わせる。
「や、別にそれはいいんだけどさ。うちらは単に、春日せんせーのヤボ用を手伝ったついでにヤロー共と追いかけっこしたくらいだし。……でも」
上手く言葉が出てこず、言いあぐねている潤の話を京也が継ぐ。
「つまり、そこまでしてまで杏季ちゃんは守るべき価値のある人間ってことなんだな。ビーが狙ってくるのも当然というくらいの力を秘めてるってことか」
「可能性があるという段階です」
頭を上げ、琴美が曖昧にぼかした。
畳み掛けるように奈由が尋ねる。
「可能性の段階なのに、わざわざ護衛者をつけるの? 適合者が使えるのは聖精晶石より遥かに強い力ってこと?」
「それを申し上げることはできません」
きっぱりと琴美は言い切った。
「申し訳ありませんが。杏季さんの安全のためにも貴方たちの安全のためにも、これ以上お教えすることはできません。
……ともかくとして、です。
杏季さんを守るのは私が護衛者だから、杏季さんの危機を察知できるのは私が護衛者として配属された際にそういう縁を繋いだから。理術の知識に明るいのはそういうところに属しているから。寮に残ったのは杏季さんを守るため。
これで、先ほどの疑問点は全部ですね」
言い終えて満足したように腕を組み、仁王立ちでもって琴美は宣言する。
「説明足らずの部分はご容赦願うしかありませんが、こうなった以上、全身全霊で杏季さんを護衛していきますので、皆さんも覚悟していてくださいね」
一体何の覚悟なんだろう、とぼんやり思いつつ、想像以上に大ごとになっている現状に春は密かに冷や汗を流した。
若干の戦慄を覚えている為か、心臓が高鳴っているのが分かる。その一方で血が騒ぐのもまた感じて、一体どういった感情なのだろうかと自分でも分からなくなる。こういうのを武者震いとでも言うのだろうか。
いずれにせよ彼女たちにとって、琴美が有力な存在であることには間違いがなさそうだった。
「そんじゃあ、こーちゃんもうちらと一緒にあいつらにボコすって方向性でオッケーっすね?」
「ええ、そうです。私は護衛者ですからあくまで杏季さんの意思に従うので、私の意向もこうですね」
念を押すように潤が確認すると、琴美はさらりと日本人形のような髪をなびかせ両手を組み合わせる。
「あいつらを、十全なまでに血祭りにして差し上げましょう!」
「こーちゃんが言うと超怖いよ!!」
潤の台詞を聞き流しつつ、琴美はやはり怖いほどの笑顔のまま唇を引き結んだのだった。




