下町の冒険者④
場所は変わり、ギルド長室。その名の通り、ギルド長が執務に使用する部屋である。
部屋の中心に高価そうなソファが2つと透明なテーブルが置かれ、窓のそばには執務用のデスクがあり、その近くの壁に沿うように本棚が並ぶ。
「とりあえず、そこに座れ」
ここまでつれてこられたレオンは、ギルド長の指示通りソファに腰を下ろす。ギルド長はデスクに近づき、机上に置いてある用紙とペン、インクを手に取り、レオンに向き合う形でソファに座る。テーブルにペンとインクを、ギルド長は置いた。
「なんだ、ギルド長室じゃ、お茶の一つも出ないのか」
「悪いが、定時過ぎで皆帰って、お茶を入れるやつがいないんだよ」
ここのギルドは酒場が内部に設けられており、日を跨ぐまで開店しているが、それは酒場のみであり、ギルド自体の通常業務は、夕方の時点でほぼ終わりとなる。もちろん依頼達成の報告等などに対して、対応するための職員はいる。
レオンの脳裏に、明るく笑顔を振りまく少女が浮かぶ。残念だ、少女の入れたお茶は美味しいのだが。
「んで、おっさん。俺に用事ってなんだ?」
「おっさん呼ぶな。ギルド長もしくはランドルフさんと呼べ」
ギルド長、もといランドルフは眉をわずかに寄せた。
「いや、おっさんはおっさんじゃねぇか」
「俺は一応、てめぇの上司なんだが」
「一応だろ、一応」
ランドルフはレオンの言葉に、上がっていた眉を下げため息をついた。
「まったく、口が減らない小僧だ。…まあいい、てめぇの口の悪さは今に始まったことじゃねぇか」
呆れた声を出しながら、ランドルフは手に持っていた用紙をテーブルに置く。
「こいつが、おめぇに依頼したい内容だ」
レオンは用紙を手に取り、それに目を通す。そこには依頼の内容とギルドが受け付けた時に押すハンコ、そして依頼者の氏名が記載してあった。
セフィーナ・シャルロット・ド・ローグリア
レオンはその名前を見て、目を見開く。
「貴族からの依頼かよ…」
依頼者の名前からして、王国の貴族であろう。
貴族からの依頼は、大陸各地から集まる学園都市ではそれほど珍しいものではなかった。ましてや国際都市としての顔を持つアルディアならば、貴族のみならず人族以外の種族からの依頼もある。
『ほう、ついにお主にも貴族からの依頼が来るようになったか』
何故か嬉しそうなクラウを無視して、レオンは頭の片隅にある記憶を呼び起こす。
依頼者の名前として記されたローグリアの家名、レオンはどこかで見たことがある気がした。
貴族からの依頼は、珍しくないとは言え、無茶な内容のものが多いのも実情である。その分報酬額も良いものが多いのだが、依頼を遂行する冒険者からは、なんとも言い難い依頼者なのである。
そして手元の依頼書に書いてある依頼内容は、奇妙なものであった。
「剣術の指南をして欲しいねぇ」
レオンは視線をランドルフに向けると、ランドルフはばつが悪そうな顔をする。山賊のような顔立ちがさらに恐ろしくなり、子どもが見たら泣き出しそうな顔であった。
「依頼期間は3週間、実戦的な剣術を教えて欲しいとのことだ」
実戦的な剣術ねぇ、また抽象的な表現で。
レオンは恐ろしいランドルフの顔から、目をそらし改めて依頼書に目を移す。そこには、依頼達成の条件についての記載があった。
3週間の剣術指南後、依頼達成とする。
どうやらこの依頼は、普通のものとは毛色が違うもののようだった。
つまり依頼者は、教えてもらい剣術を身につけることが目的ではなく、教えてもらうことが目的としているのである。
『不思議なことを考える依頼者じゃな』
クラウの言う通り、不思議な依頼である。
剣術の指南という依頼内容はとにかく、報酬については内容からして破格のものであった。
だからこそ、レオンは疑問が浮かぶ。
美味しすぎないか、この依頼。
報酬は金貨5枚。
巨悪な魔物の討伐ではなく、危険なダンジョンに潜る必要もない。ただ、3週間、剣を教えるだけの依頼内容。
3週間の中で、どのくらい時間をかけることになるかはわからないが、3週間で3カ月分の生活ができる資金を手にすることができるのだ。それも、食費のみならず、家賃や冒険者としての装備の調達費など諸々含めてである。
そんな釈然としていないレオンの様子に気づいたのか、ランドルフは口を開いた。
「てめぇが思ってることはわかる。だが、ギルドではこの依頼を受け付けたんだ。あとは、冒険者に依頼を達成してもらうだけなんだよ」
それがどんな依頼だとしてもなと、ランドルフは言い終わると口を閉じ腕を組む。
ランドルフも、この依頼に何かあることはわかっているのだろう。わかってはいるが、依頼の体裁は整っているため断ることはできない。
報酬を用意し、内容に違法性がなく、手順が踏まれていれば原則として、依頼を受けなければならない。
それが、冒険者ギルドなのであり、だからこそ目の前ギルド長は自らの手で、冒険者に依頼の斡旋をしているのだろう。
貴族からの依頼を、受けてくれる冒険者がいなくて破棄なんて出来るわけねぇもんな。
「それで依頼は受けるのか?」
ランドルフの言葉に、別の事に意識を取られていたレオンは、もう一度依頼書に目を通す。
今までの話も踏まえて、依頼を受けるのか、それとも断るのか。どちらにしても、ここで結論を出さなければならない。
この依頼は貴族が依頼者であり、またギルド長、直々の指名でもあるためだ。
レオンにとって今回のような依頼は初めてであり、どこか怪しさがある内容である。
普段の自分なら、悩む事なく断っていただろう。アレコレと考えを巡らせながら、わざわざ危ない橋を渡るより、魔物の討伐等、労力はかかるが難しくはない依頼の方が楽なのだから。
しかし、今のレオンには、それでもこの依頼を受けなければならない理由があった。
「受けるよ」
今の自分は、苦虫を噛み潰したような顔をしているだろうなとレオンは思う。そんなレオンをランドルフは、驚いた表情で見ていた。
「なんだよ。そんなに意外か」
「普段のてめぇを見ていれば、驚くぐらいはするさ」
ランドルフは、レオンの前にペンとインクを置く。
レオンはペンを手に取り先をインクにつけ、依頼書に自分の名前を記入するとランドルフに渡す。
それを受け取ったランドルフは、一度依頼書に目を落としレオンのサインを確認した。
「で、どうゆう事だ?おめぇさんが、こんなめんどくさい依頼を受けるなんてよ」
「ギルド長の直々の指名だからな。断ることはできねぇさ」
「何言ってやがる。この前の依頼なんて、依頼書見るなり用事がとかなんとかと言いながら帰りやがったじゃねぇか」
『…信用がないの。まあ、お主の日頃の行いが悪いためなのじゃが』
半目のランドルフと呆れるクラウの言葉に肩をすくめながら、レオンは記憶の底からある出来事を思い返す。
それは、今朝に届いた1通の手紙。重たい瞼を持ち上げながら封筒から取り出し、目を通したあの手紙の内容を。
手紙に書かれていたのは、送り主の名前と一言と言うくらいの短文。だが、レオンの眠気を吹き飛ばすほどの威力を持った内容でもあった。
〝4カ月分の家賃、合わせて金貨2枚。今月中に払わなかったら、わかっているわよね〟
手紙は、家賃の催促状であった。今までの溜まりに溜まったものが、ついに請求されたのだ。
レオンに、生活の危機が訪れていた。
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