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チェイン・ストーリー 〜白光の冒険者〜  作者: 桜町ナユタ
第一章 勇者候補の婚約者
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下町の冒険者③

 日が傾き、茜色に染まる空を目のうちにおさめながら、レオンは夕方になっても活気に溢れているアルディアの商店街を歩いていく。目指すは冒険者ギルドであり、腰には本日の成果であるゴブリンの右耳5つが入った道具袋と、武器としての役目を終えた鋼剣がぶら下がっていた。


『やってしまったの』


『やっちまったな…』


 3体目のゴブリンを討ち取った時に、予想通りに斬線がブレてしまい、硬い部分へ剣が入ったために、剣に亀裂ができてしまったのである。

 現在、鞘の中で辛うじて、剣の形を保っている状態だった。

 これで剣の購入代金を、今回の依頼分から払わなければならない。同じものを買うとなれば、ほとんど報酬がなくなるだろう。

 レオンは深く、ため息を吐いた。



「お、レオンじゃねぇか!」


 聞き慣れた野太い声が聞こえ、レオンは顔を上げる。そこには、鍛冶屋の前でおっちゃんが台車を引いていた。


「おっちゃんは納品帰りか?」


「そうだ、学園に金物の備品をちょっとな。そっちは依頼帰りかい?」


 おっちゃんは、土汚れが顔についたレオンを眺めるながら言う。


「おう、こっちも学園からの討伐依頼をちょっとな」


 ゴブリンの耳が入った道具袋に視線を向け、レオンは答えた。すると、クラウの声が頭に響く。


『レオン、ちょうどよい。鍛冶屋の主人に剣のことを伝えておけばどうじゃ?』


『それもそうだな』


 今、レオンが腰につけている剣は、おっちゃんの鍛冶屋で購入したものであり、同じものを買うことを予定していたレオンにとって都合がよいタイミングだった。


「おっちゃん、店に寄りたいんだが、まだ今日はやってるのかい」


「あん?悪いが今日は、これを片付けて店仕舞いだ。これからムフフな夜だからな」


 嬉しそうに笑うおっちゃん。正直気持ち悪い。



「ほどほどにしておけよ。嫁さんが怖えぞ」


「大丈夫だ。今日はうちのやつが帰りは遅いと言っていたからな!」


「そうかい。じゃあ、俺が見えているのは幻影かねぇ」


「レオン、てめぇ何言ってー」


 おっちゃんの声に被せるように、声が一つ。


「おや、今日は、もう店仕舞いなのかい?」


 石のように固まるおっちゃん。レオンにすがるような視線を向けてくる。先程の顔よりも酷かった。

 レオンは、おっちゃんの後ろに指をさす。壊れかけの時計のように、ゆっくりとおっちゃんは顔を動かす。


「ア、アンナ、何故ここに…」


「いやあ、ちょうどまとまった時間をもらえたから、戻ってきたんだけどねえ」


 冷たくて鋭く怒りが溢れた声は、これからのおっちゃんの運命を決定付けているようであった。


 

 そして、活気に溢れた商店街に、1人の男の悲鳴が上がった。



 死に絶えたおっちゃんだったものに、人集りが出来ているのを少し離れた位置でレオンは眺めていた。


『恐ろしいの…』


『騎士団勤めの実力者だからな』


 子どもたちがおっちゃんだったものを、棒でつついている。


『尻にひかれておるの』


『ヘタな冒険者より強えからな』


 大人たちがおっちゃんだったものに、手を合わせている。


『ボコボコじゃったの』


『おっちゃんは懲りねえからな』


〝そこに桃源郷があるなら、登るのが男だろ〝

 酒場の席で、テーブルに立ち上がって叫んでいたおっちゃんの姿と、その周りで騒ぐ下町の人たちの姿が脳裏に浮かぶ。


『いつもの光景じゃな』


『いつもの光景だな』


 クラウと話していると、いい笑顔をしたアンナが近づいてくる。顔に赤いものが付いているが、レオンは気づかないことにしておいた。


「レオちゃん、ありがとね、バカ旦那を止めといてくれて」


 アンナはレオンの手を取り、紙袋を渡す。


「そこの店で夜食かわりに、買ってきたんだけどね。せっかくだから食べな」


 アンナはそう言うと、背を向けて鍛冶屋の店とは別の方向へ歩き出す。どうやら旦那を放置して、騎士団の屯所へ向かうようである。

 レオンにはそのような意図はなかったが、紙袋のものはお礼ということらしい。

 香ばしい匂いが紙袋の中から、鼻をくすぐった。紙袋を開けると、肉の串焼きが2本入っている。

 レオンは去りゆくアンナの背中に礼を言い、冒険者ギルドに向けて、もらった串焼きを食べながら足を進めていく。

 その後ろには、おっちゃんだったものが転がっていた。






「レオンハルト様がお受けしたゴブリン討伐の依頼の証として、ゴブリンの右耳3つ確認しました」


 ギルドの受付嬢は、レオンが渡した討伐証明の品を確認すると、カウンターに銀貨6枚と一枚の用紙、ペンを置く。


「こちらが報酬となります。確認しましたらこちらにサインをお願いします」


 レオンは銀貨を手に取り、道具袋にしまう。そして受付嬢が銀貨と合わせて置いた報酬の受取証書に自分の名前を書く。


「はい、確かにいただきました」


 またよろしくお願いしますと、頭を下げる受付嬢の声にレオンは手を上げて答えながら、カウンターを背にしてギルドの入り口へ足を進める。

 

 日も暮れてきたし、どこかで飯を食って帰るか。


 鍛冶屋により、新しい剣を新調したかったが、先ほどの出来事から明日にした方がいいだろう。

 仕事を終えた冒険者達が、1日の終わりを楽んでおり、ギルド内は昼間よりも多くの笑い声があがっている。

 その中を歩きながら、今日の夕食をとる店について考えていると、聞いたことのある声が聞こえた。


「おい、そこの金髪の小僧、ちょっと待て」


 騒がしい中でも、はっきりと聞き取れる重低音の声。どうやら金髪の人に用があるみたいである。

 聞こえた声はこのギルドで、知らない者はいないと言っても過言ではなかろう人物であり、たまに、いやそれなりに面倒な依頼を押し付けてくるあまり関わりたくない人物。

 レオンは、不思議と歩く速度が速くなっていく。


『レオン、あの者は、お主のことを呼んでいるのではないのか?』


『クラウ、髪が金色の人は、俺以外にたくさんいるだろ』


『確かにお主以外に金色の髪の者は、このギルドにもいる。じゃが、あの者が小僧と呼ぶのは、お主しかいないのではないか?』


 レオンはクラウの言葉に答えようとしたが、大きな手が伸びてくる。

 反射的に体をそらし、躱そうとしたがそれよりも早く肩を掴まれ、体を半回転させられる。

 目に入ったのは、頬に傷が一筋入り、いかつい顔をしたハゲのおっさんが睨みつけていた。

 レオンは素早く目を逸らす。その様子に眉を寄せるおっさんは、重低音の声を出した。


「てめぇ、聞こえていただろ」


「あー、まさか俺の事を呼んでいるとは思わなくて」


「うちのギルドで、小僧呼ばわりはてめぇしかいねえだろ」


「おや、そうなのですか。それは知らなかったな」


 目を逸らしながら、レオンは棒読みで声を上げる。頭の中に、クラウのやっぱりと、納得した声が聞こえた。


「相変わらず、とぼけたこと言ってやがるな…」


 いかついおっさんはそう言いため息をつくと、レオンの肩から手を放す。

 押さえつけられた状態から解放され、レオンは足を再びギルドの入口に向けようと動き出す。


「今逃げやがったら、ギルドから永久追放するぞ」


 だが、その動きは、おっさんにより封じられた。


「職権濫用じゃねぇか」


「うるせえ。てかギルド長から逃げようとするんじゃねえ」


 いや、あんたの風貌だったら、普通は逃げるだろ。


 ギルド職員が着る服がはち切れそうな巨大な体と、その風貌に似合った重低音の声を持つ男。ギルドの制服を着ていなければ、山賊と間違えられても違和感はないだろう。それがこのアルディア支部のギルド長であった。

 とは言えこうなっては仕方ない。話だけでも聞くしかないと思い、レオンは口を開いた。


「で、要件は?」


「ようやく聞く気になったか。実はおめぇさんにピッタリな依頼がー」


「断る」


「…最後まで言わせろよ」


「その依頼、厄介なやつだろ」


 わざわざギルド長が、掲示板を介さず直接、冒険者に依頼の斡旋をすることは難易度が難しい依頼である可能性が高い。

 掲示板という多くの冒険者の目に留まるものを活用せずまた、他のギルド職員ではなくギルド長自ら依頼を斡旋すること、どうしてもレオンは嫌な予感しかしなかった。

 ギルド長とは、それなりの付き合いのため少しは人なりは知っているため、無理なものではないはずである。しかし、目の前のおっさんは、無理ではない範囲で、厄介ごとを持ってくる。

 現在、レオンの手元には、先ほどの依頼で稼いだ銀貨6枚が道具袋の中に入っている。剣を新調するため少しは減るが、それでも生活するのに困らないだろう。

 

 レオンはなんとかして、ギルド長からの依頼を断りたかった。

 しかし、次のギルド長の言葉により、態度を一変ささせる。


「報酬が金貨5枚と聞いても聞く気はないか?」


「詳しく聞こうか」


 物の見事な手の平返しに呆れた声が聞こえたが、レオンは気にすることなくギルド長の後を付いていった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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