下町の冒険者②
ギルド内へ足を踏み入れると、熱気が肌に張り付く。アルディア学園都市のギルドには、酒場のスペースが設けられており、昼間から酒盛りを楽しむ冒険者達で溢れ笑い声や話し声が響いていた。
『ほれ、とっとと掲示板へ行け』
『ほいよ』
仕事をしろと催促するペンダントに適当に返事をしながら、レオンは依頼書が貼られている掲示板に移動する。
賑やかなギルドの中を進み、掲示板が立ち並ぶ場所へたどり着く。普段は多くの冒険者が依頼を選んでいる光景を見るが、本日は珍しく前に立っているのが1人しかおらず閑散としていた。
そして、1人立っている人物が、あまり見かけない姿だった。
この都市の中心であるアルディア学園は、多くの生徒が在籍している。それは種族の違いはもちろん、平民や貴族といった身分を問うことなく学びたい者が通っている。
そして、掲示板の前に立つ人物は、アルディア学園で貴族の証として使用されている白いマントを羽織っていた。黒の長髪を揺らす後ろ姿から推測するに、女子生徒だろう。
もちろん貴族でも冒険者になり、依頼を受けることはできる。レオンも何度か、掲示板の前に貴族階級の生徒が立っている姿を見かけている。
珍しくはあったがレオンは向けていた視線を外し、女子生徒が立つ掲示板とは別の掲示板の前に移動し、掲示板に貼られている依頼書に目を通す。
その中で、気になった依頼は3つ。
最初に目に入ったのは薬草の採取で、毒消しに使える薬草を20本集めるギルドからの依頼。
次に気になったのは魔物の討伐で、都市の東に広がる森に生息するゴブリン3匹を討伐する学園からの依頼。
最後はレストランの手伝いで、7日間働くレストランのオーナーからの依頼。
報酬は、銀貨2枚、銀貨6枚、銀貨12枚となっている。
とりあえず最後のやつはないな。
掲示板に貼られている依頼の中で、一番高額だったため気になったが、流石に7日間働くのはしんどい。
となれば残り二つの依頼だが、どちらも依頼達成にかかる時間は1日もかからないだろう。報酬の金額を考えれば魔物の討伐を受けるべきだが、命の危険があり薬草の採取よりも労力を使う。
なるべく労力がない依頼を選びたかったが、レオンの脳裏に家に届いた一枚の紙が浮かぶ。
レオンは魔物討伐の依頼書を手に取る。
『ほう、お主が自ら討伐依頼を選ぶとはの。いつもは剣がすり減るから嫌だと言って受けておらんかったのに、珍しい事じゃ』
レオンはある理由で武器の消費が早いため、武器の費用が一般的な冒険者より多くかかる。元々の依頼へのスタンスと合わせて、武器を使わなくてはならない依頼については、あまり積極的に受けてはいなかった。
『まあ、たまには剣を使わないと腕が鈍るからな』
クラウにそう返してレオンは、依頼を受注するために受付所へと足を向ける。クラウの呆れたようなため息を聞き、受付へ向けて足を踏み出し進もうとした時、ギルドの喧騒の中でレオンの耳に声が届く。
「あの、すいませんが少しよろしいでしょうか?」
品の良さを感じる女性の声だった。もしかしたら、掲示板の前に立っていた学園の生徒かもしれない。
レオンの脳裏に、白のマントと黒髪が印象的だった後ろ姿が映る。
自分に話しかけてきたのかはわからないが、違っていたらそれでもいいかと思いレオンは振り向いた。
その瞬間、不覚にも見惚れてしまった。
そこには人の目を惹く美女が立っていた。現実的とは思えないほど端正な顔立ちの中から、夜を連想させるような瞳がまっすぐとこちらを射抜くように向けられていた。
先程までの賑やかさが嘘だったかのように、静かにそして遠くに感じる。
『おい、レオン』
聞きなれた声が聞こえたと思った時、目の前の女性が訝しげにこちらを見ていることに気づいた。
「何か用ですか?」
相手は貴族のためにレオンは、普段あまり使用しない敬語を使う。
「依頼を出したいのですが、どこで手続きができますか?」
その言葉を聞いてレオンは女子生徒が、掲示板で立ち尽くしていた理由を察した。そして受付所に向け指をさし、口を開く。
「あそこにある窓口で、依頼の受付をしています。依頼の手続きの流れは、ギルド職員が説明してくれますよ」
レオンの指の先に、女子生徒が視線を動かす。受付所には冒険者が並び、窓口に座る職員が対応をしていた。
それを女子生徒は、一瞥するとこちらに瞳を向けた。
「ありがとうごさいます」
お礼を言うと女子生徒は、艶やかな長い黒髪を翻し受付所へ歩いていく。
その後ろ姿を見ながら、レオンは首をかしげる。
貴族である学園の生徒が、冒険者ギルドに依頼を出しに来ている。
もちろんあり得ないこととではないが、依頼の手続きも知らずお付きの人もつけずに1人だけでとなると不自然さを感じた。
まぁ、関係ないか。
レオンは、思い浮かんでいた疑問を頭から追い出す。貴族からの依頼など高額なものは、今の自分のランクからしたら受けることはできない。つまり、現状で関わりを持つことはないと思ったからである。
『…』
『おいクラウ、どうしたんだ?』
『ふん、なんでもない』
それだけを言って、クラウは口を閉じた。レオンはクラウの態度に首をかしげたが、あまり突っ込むと怖いのでそ問い詰めることはなかった。
その後、クラウはレオンがギルドへ依頼の受注手続きが終わり町の外へ出るまで、一言も喋ることは無かった。
アルディア学園都市の東門を出て街道に沿って歩くと、ペイジの森と呼ばれている緑が深く生い茂る森が見えてくる。
ペイジの森は山の麓まで広がり、草木を主食とする動物が多く生息しており、またその動物を狙う下級の魔物も生息していた。
下級の魔物しかいない為、学園の実践的な授業を行う時に使用されている。しかし、数が多ければ下級魔物でも脅威となることもあり、定期的にギルドへ学園から魔物の討伐依頼を出し、数の調整を行なっている。
特に学園が長期の休みに入っているこの時期は、この手の依頼が多くギルドの掲示板に出ている。
今回、レオンが受けた依頼もその一つだった。
生い茂る草木をかき分け、レオンは討伐対象の魔物を探す。慣れた足取りで進んでいくと、少し先に何かの気配を感じた。
足音を消し近づくと、少し開けた場所が見えてきた。そしてそこには、獲物の姿が見える。
「見つけた」
レオンの視線の先には、全身が暗い緑に染まり、レオンの半分もない身長と人に似た姿形、ゴブリンと呼ばれる魔物がいた。
ちょうど討伐数である3匹のゴブリンが、鹿の死骸に群がり食事をしている。
血と腐った臭いが鼻をくすぐり、レオンは顔をしかめる。何度か嗅いだことはあるが、今でも慣れない。
3匹のゴブリンは、黒く汚れた布を身につけ、すぐそばに刃が錆びついたショートソードや短剣、木の棍棒が置かれていた。
レオンの耳に力まかせに肉を引き裂く音と、咀嚼の音が入ってくる。ゴブリンは鹿の死骸を夢中で、辺りを警戒していないようである。
こりゃ運がいいな。
すると、街から森までの道中で機嫌が直ったクラウは、不愉快そうに声を出した。
『レオン、早くあやつらを倒せ。見ていて気持ちの良いものではない』
「だな」
右手で腰に下げた剣の柄を握り、左手で鞘を掴む。音を立てずに、柄を引きわずかに剣身を鞘から出す。
足に力を入れ、地面を蹴る。まっすぐ一直線に獲物の元へ飛び込んだ。
同時に、鞘から剣を抜いた。
草木の揺れる音と、地を蹴る音が聞こえたのか三匹のゴブリンがレオンに首をむけた。しかしそれよりも速くレオンの鋼色の剣閃が1匹のゴブリンを捉えた。ゴブリンの首が、宙に舞う。
まずは1匹。
手に痺れを感じながらも、残りのゴブリンの命を刈り取る為に動く。
「ギィー!」
1匹のゴブリンが、近くに置いた武器を手に取り、声を上げ仲間を殺した者に振りかぶる。
だがそれはレオンの手に握られた鋼剣によって、二度と振り下ろされることはなかった。
返す刃で2匹目のゴブリンを仕留めたレオンは、最後の1匹に向けて三度目となる剣線を引く。
「ギィー!」
描いた線はゴブリンをとらえることなく、刃が錆びた剣に受け止められる。
このまま終わらせたかったが、そうは上手くいかないか。
舌打ちしたい気持ちを抑えながら、一度ゴブリンから距離を取る。レオンか下がったことを好機と見たのか、ゴブリンは奇声と剣を上げ走りこんで来た。
レオンは剣を振る。金属と金属がぶつかり、甲高い音がもりに鳴り響く。
何度も何度も森の中で、森の中で聞くことのない音が響き渡る。仲間を殺された怒りなのか、ゴブリンの繰り出す斬撃は荒く力任せで叩きつけてくるだけであった。それでも肉体強化ができないレオンにとっては、致命傷とになってしまうために剣を使いそらし続ける。
本音を言えばゴブリンの一撃をかわしたところで、剣を振るえば終わることはできるのだ。しかし、目の前のゴブリンの動きは激しい。今、斬りつけると鋼剣は柔らかい部分ではなく硬い場所を斬り裂き、剣が折れてしまう可能性が高い。
とはいえこのまま受け続け、剣を壊してしまっては依頼の達成自体できない。レオンは腹をくくり、ゴブリンを見据えた。
耳障りな鳴き声を出しながら、ゴブリンは錆びた剣を振り下ろす。
レオンは、その一撃を受けずに躱す。そしてその勢いを生かし、ゴブリンにとどめを刺す為に剣を振るう。
ゴブリンの首が中に舞う。同時にレオンの耳へは、何かが折れた嫌な音が入ってきたのだった。
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