下町の冒険者
「おいこらレオン、とっとと起きんか」
突然の声に、レオンの体が反応した。
顔に被さっていたものが動き、目に光が当たる。
「…ンガッ」
間抜けだ声が口から漏れ、背もたれに寄りかかっていた椅子から落ちそうになったが、寝ぼけながらも腰に力を入れて、そのまま落ちそうなのを耐え抜く。
右手で顔に被せていたタオルを掴むと、そのままテーブルへ置いた。
ゆっくりとだが働き始めた頭で、昨夜遅くに帰ってきて椅子に座り、一息ついた時に襲ってきた眠気に負けて眠ってしまったのだとレオンは理解した。
「ようやく起きたか、この馬鹿者が」
呆れた声が、寝起きの頭に響く。顔をしかめながら椅子から立ち上がり、テーブルに置かれたペンダントに目を向けた。
「おはようクラウ、今は何時だ?」
「知るかアホう」
「ひでえなおい、それが昨夜まで働いていた人に対する言葉かよ…」
レオンは痛む頭を抑えながら、声を発するペンダントを手に取る。
「身体中が痛え」
「じゃから、あれほどちゃんとベットで寝ろと言っただろうが」
「お前は俺のかーちゃんか」
「お主のような子どもはいらん」
ひどい言われようだと口に出せば、また言い返されるだろうと思い胸のうちでつぶやく。レオンは歩きながら、クラウを手慣れたように首へ下げ、ベットに投げ出した外套を手に取り袖を通す。
「脱いだものは、ちゃんと服掛けに掛けておけと言っておるのに…」
首元からため息が聞こえた。
「だから、お前は俺のかーちゃんか」
「だから、お主のような子どもはいらん」
不機嫌そうに鼻を鳴らすクラウ。
そんなクラウの様子を尻目に、レオンは棚に立てかけてある革の鞘に収まった鋼剣を掴む。その時、棚の上に置いてある一枚の紙が目に入った。レオンはそこに書いてある内容を思い出し、顔をしかめる。
だが、今考えても仕方ないと思い直したレオンは、手紙の内容を頭の片隅に追いやり鋼剣を腰のベルトに結びつける。
そして、壁に掛けてある道具袋も同じように腰に結びつけ、ブーツを履きドアノブに手を掛けて回し開け、外へと足を踏み出す。
天気は快晴、雲ひとつない晴天。
さて、今日もお仕事、頑張りますかね。
ー下町の冒険者ー
様々な種族が住み、文化形成の異なる国が存在するローレシア大陸。その北西部には、オルタナ自治州と名付けられた地方がある。
その自治州は、この大陸で種族、国、身分を問わずを入学ができる学園が存在する。
かつて、世界を救った五英雄の1人である賢者と呼ばれた者が、学ぶ意思のある者が学びたいことを学べる場所をとの理念で創設された学園。
アルディア学園。
その創立理念からか多くの人が各国から集まり、いつからかアルディア学園都市と呼ばれるようになった。
また、学園都市は国と種族を問わず人の往来が可能であったため、いつしか自治州としてローレシア大陸の国々の中立的な場所となり国際都市としても発展を遂げる。
#学園創立の理念__ 学ぶ意思のある者に学びの場所を__#は、各国の交流の場となったのである。
そしてレオンは、アルディア学園都市の中央部から外れた地区に暮らしていた。
職場に向かうためにレオンが歩く中央区への通りは、街道に沿うように立っている店から、呼び込みの声と通りを歩く人々の声が賑やかに響いている。
寒い季節が過ぎて、暖かさが街に訪れてから続く陽気は、通りに店を構える人たちに活気を与えているように見えた。
その、暖かさに当てられた1人であるレオンは、あくびを噛みしめる。人混みを避けるように中央区に向けて歩いていると、頭の中に、クラウの不機嫌そうな声が響いた。
『全く、眠たげな表情で…もう少し、シャキッとせんか』
訂正、不機嫌そうではなく、不機嫌であった。
『しょうがねぇだろ。昨日、遅くに下町の水道管が破裂しちまったんだから』
この人混みの中でペンダントに話しかけるわけにもいかず、レオンは声に出さず呟く。そして、昨夜に起きた出来事を思い浮かべた。
家から出る用事もなくのんびりと自宅で過ごしていた時、日も暮れそろそろ晩飯何にしようかと考えていたタイミングで、ドアを開ける音がレオンの耳に届いた。
「レオン、水道管が破裂しちゃった!」
ノックもせずに入ってきた来客によって、レオンは有無を言わせずに腕を掴まれ、引っ張って家から連れ出される。
「は、えっ、ちょ」
突然の出来事にレオンは、されるがままに引っ張られていと、地面から噴水のように水が溢れている路地に着いた。それを止めようとしているのだろう、レオンはこの地区に住む人が修復作業を行なっている光景を見て、ようやく連れてこられたことに納得した。
「みんなー助っ人を連れてきたよ!それじゃレオン、私はまた助っ人連れてくるから!」
そして、いつのまにかレオンを掴んでいた手を離し、慌ただしく走って行く後ろ姿が見えた。
「お、ようやくきたか」
「おらレオン、早くこっちにきてここ抑えてくれ!」
先程の大声が聞こえたのか、修復作業するご近所さんがこちらを見て手招きをしている。
「しょうがねぇな」
独り言のように呟き、レオンは作業の輪に入って行く。
その後、力を合わせ苦戦をしながらも、なんとか修復したのである。
レオンの住む場所は都市の中央から外れた地区にあり、行政の目が届きにくい。そのため生活に必要な設備については、どうしても住民で管理しなければならない部分が出てきてしまう。
昨夜の修復は応急処置のようなものであり、再び水道管が壊れ駆り出されると思うと頭が痛かった。
そんなことを思っていると、レオンは人混みの中に見知った顔が見えた。どうやらあちらも気づいているらしく、渋みのある声で話しかけて来た。
「お、レオンじゃねえか」
髭面の熊のようなおっさんが、箱を抱えて立っていた。おっさんは、この通りで店を営んでいる。手にある箱は自分の店の商品である果物が入っているのだろう。
「おっす、相変わらずおっさんは、殺人的にエプロンが似合ってないな」
レオンの言葉通り、おっさんはエプロンを身につけていた。店の名前が書かれたフリフリのエプロンを。
強面の男が、可愛らしいエプロンをかけて立っている姿はシュールを超えて、もはや不気味であった。
「うるせえ、これはかーちゃんの趣味なんだよ。それにしても、相変わらずてめーは口が悪いな」
愛妻家のおっさんにとって、妻の頼みを断るくらいなら、似合わないエプロンを身につけて商売することくらい余裕なのだろう。
「それでおっさん、なんか用か?」
「なんかムカつく事言われた気がするが…」
おっさんはぶつくさと何か言っていたが、レオンには聞こえなかった。
「まあいい、これをやろうと思ってよ」
すると、おっさんは箱の中に手を入れ、そこから1つ取り出すとレオンへ投げる。
それをレオンは難なく掴む。掴んだのは、真っ赤な果物だった。
「昨日の夜、この辺りの水道管の修理をしたんだってな、あんがとよ」
俺は昨日仕入れに行っていていなかったからなと呟くと、おっさんは片手を上げ店の中へ入っていく。
おっさんの後ろ姿を見ながら、一口、果物を齧る。口の中に、酸味の効いた甘さが広がった。
『…まぁ今日のところは、不問にしてやろう』
『そりゃ助かるわ』
もう一度、果物を齧る。きまりが悪そうにクラウが、鼻を鳴らした。
愛妻家のおっさんからもらった果物を食べ終わった時には、道を歩く人の量が増え、中央には馬車道が作られた通りに出ていた。
レオンは慣れた足取りで、人混みの中を歩いていく。
向かっている場所に近づいているためか、レオンと同じように剣や槍等を身につけた人の数が増えてきた。
そしてレオンは足を止める。目の前には、周りの建物よりも一際大きな建物。その大きさに合わせるように、入口は広く開いている。入口の上に翼を象った紋章が人目を引きつけるかのように飾られていて、その下にこの建物を示す看板が掲げていた。
冒険者ギルド
報酬が払えるのであれば、家の草むしりの手伝いや貴族の護衛など様々な依頼をすることができる場所、それが冒険者ギルドである。
多種多様な依頼することができる冒険者ギルドは、人々の生活の一部として存在した。
そして、ギルドへ依頼されたクエストを、請け負い達成する者達は冒険者と呼ばれ、登録料さえ払えば誰でも冒険者として登録することができる。
レオンも日々の生活費を稼ぐためにギルドに登録し、冒険者として活動をしていた。
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