百年縫いのぬいぐるみ(花ちゃんの宝もの)
そのぬいぐるみは、胸に名札が付けられます。名札のところが厚い布でできていて、名前を書いて古くなったら変えられるようになっていました。
名札と別に耳にタグが付いていて、タグの字が消えそうになっていました。何が書いてあるかわかりません。ほんの少しだけ残った字のあとから、外国からやってきたのだと分かりました。
「ねえ、お母さん! この子の名前はなんて言うの?」
花ちゃんが、名札を見て聞きました。名前が書いてありません。
「そうね!」
ぬいぐるみは、花ちゃんがクリスマスプレゼントで、なにか大きなものがほしいと言った次の日にやって来たのです。
大きな口に、長い鼻と二本の牙、そして頭の毛がありません。お母さんがおばあちゃんの家に置いてあったのを持ってきたのです。
大きさは、お母さんの腰くらいありました。花ちゃんは初めて見たとき、もっとかわいいのがほしいと思いました。
「ねえ、お母さん! この子なんて言うの?」
花ちゃんは、お母さんが名札に名前を書いてくれないので、もう一度聞いたのです。
「じつはね、花ちゃんよ! おんなじ名前なの」
「ええ、ほんと?」
「でも、花子って言うの。花ちゃんの花香とちょっとだけ違うかな!」
名前のことを知った花ちゃんは、別のプレゼントがいいと言えなくなりました。
「ねえ、同じだといけないの?」
「そうねー!」
お母さんは、ぬいぐるみを重そうに持ち上げました。
「ねえ、花ちゃん! このぬいぐるみ、どこに置こうっか?」
たしかに、大きなぬいぐるみを花ちゃんの部屋に置くと、じゃまになってきゅうくつです。
「お部屋が狭くなるから、ここ!」
花ちゃんは、ネコのミーヤのとなりに置くと言いました。するとミーヤは、背のびをしていなくなりました。
ミーヤの名前はなき声からつけられたのです。でも、ぬいぐるみはなきません。
「ねえ、どんな名前だといいの?」
「花ちゃんの好きな名前でいいけど、できれば近くの人と別の名前がいいと思うわ。間違えないようにね」
「そっか! でも、名前を変えたらどうなるのかな?」
たしかに、同じ名前だと間違えるかもしれません。でも、花ちゃんは、名前を変えられるとかわいそうだと思ったのです。
お母さんは、そんな花ちゃんを見て言いました。
「例えば、花ちん! この子をミーちゃんて名前にするとどうなるかな?」
「ええ! ミーヤと同じ呼び方?」
「そう! お母さんが、ミーちゃんどかしてって頼んだら?」
「えっと! ミーちゃんを呼べばいいの? ちがった?」
「正解だけど、ぬいぐるみのミーちゃんをお片付けしてって、言ったかもしれないよ!」
「ふ~ん、なんだかよくわからないけど、間違えちゃうんだね!」
花ちゃんは、いろんな名前のことを考えました。幼稚園のお友だちと間違えるといけないことや、もちろんお母さんとお父さんとも、別の名前にしないといけないことに気づいたのです。
そして、考えすぎて分からなくなってしまいました。
「この子は、ずっと花ちゃんて呼ばれていたのかなー?」
花ちゃんは、名札のところにいくつか、小さな針の穴があいていることに気づいたのです。
次の日の朝、花ちゃんが起きると、ミーヤがぬいぐるみのお腹のところで寝ていました。花ちゃんはそれを見てミーヤに言いました。
「ねえ、ミーちゃん! どんな名前がいいかなー?」
するとミーヤが起き上がり、花ちゃんの指をザラザラの舌でなめたのです。
「あっ、そうだ! 分かった。ザラ! ザラにする。いいよね、ミーちゃん」
「ええ! 何か言った?」
お母さんが着替えを持って、花ちゃんのところにやってきました。
「いま考えたんだけど、ザラはだめ?」
「あら、なかなか楽しい名前じゃない。同じ名前は聞いたことないし!」
「じゃあ、決まり! ザラちゃんにする」
さっそくお母さんは、ザラと書かれた名札をぬいぐるみの胸に付けました。ザラは、いつも家の中で花ちゃんの枕になったり、友だちに抱っこされたり、ミーヤのお昼ねの場所になったりしていました。
そんなある日のこと、ザラの二本の牙のうちの一本が取れそうになりました。
「お母さん! どうしよう、これ?」
「あら、ちょっと見せて!」
お母さんが、切れそうになった糸をみて言いました。
「こんなに太い糸で付けてあったのね! 普通のだと穴が太くて中の綿が見えちゃうかな」
「同じのはないの?」
その糸の色は、牙の白と口元の赤をつなぐ肌色に見えました。よく見ると白と黄色と赤の糸がまざって肌色に見えていたのです。
「家にはないから、おばあちゃんに聞いてみるね!」
お母さんは、すぐにおばあちゃんに電話をかけたのです。すると、おばあちゃんは糸の専門店に聞いてみると言いました。
何日かして、おばあちゃんから電話がかかってきました。ところが、それはとてもおどろくような話だったのです。
「もしもし、花ちゃん! すごいのよ。ザラちゃんの糸はね。もしかすると百年も前の糸かも知れないんだって」
「ええ! そんなに古いのなら同じのはないの?」
「そうね! いまはないって。でも、もしかしたら作ってもらえるかもしれないの」
「えっ、ほんと!?」
糸のお店の人がその糸のことを調べたら、いろんな糸をおりまぜた作り方は、日本に昔からある一つの会社でしかできなかったと言うのです。そして、糸を作る会社の人がザラを見たいと言ったのでした。
「ねえ、お母さん! どうしてザラを見にくるの?」
「それはね! 百年前の糸がこんなに長く使うことができたからよ」
「糸は古くなると切れちゃうの?」
「そう! 百年ももつなんて昔の人はすごいと思うの。それに、ザラちゃんも百歳になって、こうしてうちに来れたでしょう」
花ちゃんは、ザラが長いあいだたくさんの人に大事にされてきたと思いました。
何日かして、糸を作る会社の人がカメラとパソコンをもって家にやってきました。ザラの糸をほどいて光を当て、パソコンの画面にうつし出すと、キラキラ光る糸どうしがきれいに重なっていました。
「間違いありません。これはうちで作った糸です。こんなに長く切れなかったのはめずらしい!」
そう言いながら、糸の通りみちの穴を拡大していると、その周りだけふくらんでいたのです。
「この厚くふくらんだところは何ですか?」
お母さんが画面を見ながら、指で穴をおさえました。
「このあけ方は、糸だけ強くしても布が切れないように重ね縫いをしているのです。それも糸の太さに合うようにして!」
花ちゃんは、ザラがとてもじょうぶに作られていることにおどろきました。
「それでは、この糸を少しいただいて同じものが作れるかやってみます」
「まあ! ほんとですか? 花ちゃん、ちゃんと直せるかもしれないよ」
「わーい! よかった」
次の日、花ちゃんの家に連絡がありました。ザラはヨーロッパで作られて、とてもえらい人が着る服と同じ布でできているというのです。その服は百年縫いと言って、長く着られるように作られていたのでした。
「あっ! お母さん。ミーちゃんが牙のところなめたよ」
「あら! じゃあほうたいで止めておくね」
お母さんは、ほうたいをまいてリボンの結び方で止めました。少しはなれて見るとまるでザラが笑っているようです。
「お母さん! こっちもかわいいね」
「ほんと!」
そのあと、ミーヤがまたザラのお腹で寝ていました。
ちょうど花ちゃんの誕生日の前の日のことです。まちに待った糸ができあがったと連絡がありました。そして、糸をとおすための太い針も送ってくることになりました。
「これでしっかり直せるわ!」
「そっか、よかった!」
お母さんから話を聞いて、花ちゃんがうれしそうにしていると、ミーヤがあくびをしながらザラのところに行きました。
「あっ、そうだ! ねえ、お母さん。ザラちゃんは何のぬいぐるみ?」
「そっか! そうだね。糸の会社の人が、たぶんアザラシじゃないかって」
「へー、アザラシのザラちゃんだね!」
「そう! 昔のことだけど、アザラシの数が少なくなったときに、アザラシを守るキャンペーンに使われたんじゃないかって言ってたよ」
「そうなんだ! いろんな人がアザラシを守ってくれたんだね!」
花ちゃんは、家にザラが来てからのことを思い出していました。
クリスマスの頃にやって来たぬいぐるみは、ザラという名前になって、花ちゃんの家の新しい家族になりました。外国で作られて、そして長く大切にされ、とてもじょうぶに作られていたことを知って、花ちゃんは不思議な気持ちでいっぱいです。
「ねえ、お母さん! ザラはもうザラって言ったら皆んながちゃんとわかるね」
「そうね! だからうちの家族よ」
花ちゃんの心に、ザラとずっといっしょにいたいと思う気持ちがめばえました。
「ありがとうザラ! いつまでもそばにいてね。大切にするよ」
〜〜おわり〜〜
作 Kazu.Nagasawa