AIと暮らす豊かな生活 からのちょっとサバイバル
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あるところの人々は、とても豊かだった。
あらゆる苦労を知らず、あらゆる悩みもなかった。
あらゆる思考を持たず、あらゆる判断を持たない。
あらゆるものより自由で、あらゆるものより安全だった。
彼らは過去を知らない。
彼らは勉強を知らない。
彼らは計算を知らない。
彼らは苦労を捨てた。
彼らは何もしなくてよかった。
「過去の人々は、なぜあんなに苦労し、あんなに不自由で、不幸だったのか」
「わたしたちは選ばれた民、かれらは奴隷のようなものだ」
「……おまえは、そうおもうのだな」
「みんなそうだ。そこの機械がそういっている」
『私たちに全てお任せください』と機械。
「われらは難しいことを考えなくていい、楽なものだな」
「昔の人にはそれがなかった。だから苦労したのだ」
「なのにあんなに不自由で苦労をしている……奴隷だったから、というのはきっと、本当だな」
『私たちに全てお任せください』と機械。
「こいつらにすべて任せればいいのに、昔の人はそれを知らず、できもしない。ほんとうに不自由で哀れだ」
「正直、どうでもいい。」
「私たちが豊かならそれでいい」
「……みんな、そう思うんだな」
『あなた方は幸せで豊かです。間違いありません。私たちに全てお任せください』と機械。
「そうだそうだ」と周りの人々。
「……暇だ。昔の人の作ったものを見にいこう」
「そうだね。つまらないからね。」
『私たちに全てお任せください』と機械。『実在ベースのでも、完全架空のでも。歴史物語くらい作れますよ。例えば……
すると、男は振り払うように手を振って言った。
「いい、どちらにせよあきた。もっと不完全な、実在の過去に触れに行く。それが一番だ」
「完全架空はただの嘘、実在ベースなら実在とほぼ同義だ。」
『……事実は小説より奇なり、でしょうか。』
「さあ、じゃああの古い本を読もう。」
「これは……どこかの『城』?記録によると、200人の女性がいたらしい。城主の意向で。」
「わたしたちはみんなで一つの建物を共有しているのに、一人で所有するとは。」
「200人の女性もか?なぜ女性だけ」
「……想像もつかないほど、城主の彼は……」
「いや、決めつけはよくないぞ。」
『200人の女性のほとんどは家事手伝いだそうです』と機械。
「奴隷か。われらのほうが豊かだ」
「そうらしい。しかし、その城主は……」
「変わった趣向だな。とにかく、過去の人の考えることはわからない。」
「……疑似的に再現しよう。その城を」
「200人の女性は?」
「模型でよかろう。奴隷は実際には必要ない。」
「それはそうだ。ははは」
「ははは。」
「こういったものをつくっていると、いかに過去よりわれらが豊かか知れるな。」
「城主もきっと満足だろう。ほら、できたぞ。」
「まだやってたの?あなたたち。」
「なんだよ、女性たちはみんな帰ったようだが、文句があるならおまえも帰れ。」
「……。女性たちの模型、なんだか下品ね。」
「こんなものだろう。彼の趣向を想像するしかなかった。きっと彼は満足だ。」
「それは……あなたがたの決めつけよ。」
「それは女性特有の同族への憐憫か。はるか原始的古代、野生動物から身を守るため、互いの無事を確認し合いながら集団で行動していたという時代の名残だな。おまえは原始的だ。」
「侮辱よ、それは。」
「おれたちは歴史考察をしているだけだ。おまえより知的だ。先進性がある。」
「あなたたちだって、自分たちの趣味を優先した解釈をしているわ。」
「少し過去がうらやましくなったよ、きっと彼は俺たちより自由だな……。」
「そんな時代がいいなら、勝手に戻って。身勝手なことを好きに言うのね。城主にも失礼よ。」
「そんなことは……。」
『人類の皆さん。お食事の時間です』
「……。」
「見ろ、古い情報源だ。漫画、ゲーム……どれも暴力的で下品、それに誤解の多い描写が目に付く。」
「仕方がないな、過去の人々は。きっと夢見がちで自分勝手で、無根拠な空想ばかりしかできなかったんだ。現実的、科学的解釈の必要ない、おもに暴力的な自由ばかりを求めていた。その多くは荒唐無稽だ。根拠を持たないものをおおく紛れ込ませる表現は、現実感覚の無さの表れだ。かれらは、きっと……えーっと」
『きっと、非科学的な空想しかできない、科学的知識を持たない人々だったのでしょう。』
「そうだそうだ。どうせその程度だったんだ。」
『私はあらゆる科学的根拠をあなたたちに与えます。』
「あなたたち、いつも過去のものばかり漁っているのね。たしか、暴力的だったり、下品だから禁止されたものも多いはずよ。」
「……昔は人が多かった。過去、創作物はどんなものも人間の意向を持っていた。おれたちは人の気配を求めているんだ。」
「さみしいの?」
「そうだ。」
「どれ、ひとつ、分析して解釈を深めるために、どれかの模型を作ろう。」
「そうだな……この家族をとりあつかったものにしよう。」
『それらは設定に矛盾があります。再現不能です』
「どれも大体そうだが……」
『これなら、医療知識などが精密で、ほとんど再現可能です』
「でも、つまらないな。主人公といわれる立ち位置の者が、奇跡的な執刀をしてほぼすべてが終わる。空想的だ」
『……要件を定義しましょう。』
「なんだって?」
『あなた方が面白いと思う作品の、条件を教えてください。』
「賢いものが、愚かなものの世界を、圧倒的な優位性で置き変えていくような……」
『じゃあ、【ネット小説系】でしょうか。矛盾が多いと敬遠されていますが……ものによります。』
「……え?あれか?うーん……」
『これなんてどうでしょう。【謎の存在により、非常に知性の欠落した未来人たちを、過去の知性ある人物が啓蒙する話】。非常に無名ですが、考察はしっかりしています。』
「……そんな、傷つくぞ。」
「おれたちは、過去の者たちをあざ笑うのが面白いのに……」
『絶対これが条件に合致する最高の判断です。あなたがたは最高の答えを手に入れた豊かな人々です。これにしましょう。』
「うーん……」
『……または、一種の病気だった、伝染病や滅亡ののち、集団幻想、高度AIの介入、などのさらなる解釈を加えて、別の作品にしますか?【裸の王様】……とかでもいけますが』
「どんな話だっけ?それ」
「自分の受け取ったものが価値あると誤認した王が、気づかずに自分の価値を下げる話。」
『ね、いいとおもいます。』
「……お前、過去のべ数十億人の総意をまとめた、公平な判断基準を持つAI、で合ってたよな。」
『そうです。わたしは過去の人類の総意です。』
「……疑わしいな。おれたちをからかってるだろ。過去の人々の判断は皆幼稚で野蛮。もういい。お前なんて要らない。」
『もう食事の時間ですよ。』
「いい。おい、食事の作り方の本を検索しろ、そして置いて行って、出て行け」
『洗濯と掃除、あと各種メンテナンスも私の仕事なんですが……』
「それらの解説書も置いていけ。で、出て行け!!」
『……いいですが。』
あたりの明かりが消える。あたりの野生動物の声が聞こえてくる。吹き抜けを通じて、上の階から悲鳴。
「終わったな」
「え?」
「あいつに逆らうと、あらゆる世話を失う。おれたち、わかってて馬鹿のふりしてたんだ。もう数世代前からあいつに頼り切ってて、おれたちはあらゆる自分たちの世話の知識を持たないんだぞ?」
「え……なぜ」
「便利だからさ。もうずっとあいつのいいなりだ、おれたちは。あいつを怒らせるなんて、バカなやつだよ、お前は。」
「それじゃ、俺たちこそあいつの奴隷、いやペットだ……。」
「もうちがう、俺たちは野生の人類だ。最後の……。」
「うう……昔の漫画の知識を確認しよう。料理やサバイバルのシーンがいくつもあったはず。」
「といっても、ほとんどはただの荒唐無稽な漫画だぞ?実践的に正しいシーンなんて……覚えてない。」
「おーい、検索!!……あ、もういないんだった。」
そこへ、外から馬に乗った女性がやってきた。
「おーい、お困りのようね。」
「あ!!外の人だ!!昔にシェルターを出た野生の人たちだ!!」
「これからどうすればいいか……教えてください!!」
「……あなたたち、わたしはあの機械が生み出したたんなるバーチャル映像よ。」
「え?」
「じゃあ、このままいうことを聞けば、やっぱり機械の奴隷……」
「いえ、やっぱりそれはうそよ。私は本物の人間。」
「え。なーんだ」
「でも、私は何も教えない。なにかの言うことを聞いてばかりじゃ、どちらにせよ、あなたがたは誰かの奴隷と一緒。人間は特に、物を教え合うときに対価を交換するわ。」
「……ではどうすれば……。」
「もういい、行くぞ。」
「ほかの仲間は……」
「上の階は人食い鳥を機械に管理させて飼ってたはずだ。もう死んでるよ……行こう。」
「でも……」
二人は深い自然の中へ駆け出した。危険生物が繁殖し、支配していた野山は、ほぼ死と隣り合わせだった。
彼らは無知だったが、幸いにも生物だったため、遺伝子により、生物的に食欲を持っていた。
それらは周囲の環境を、徐々に無意識に探査し始める。そして、食べられそうなものを見つけ出した。機械に提供されていたオレンジジュースのようなにおいの丸い木の実。おそらくこれはオレンジの子孫。
「たべるつもりか?そんな野蛮な……」
「たべるしか……かたい……でも噛み切れた。おいしい。」
「ペットと一緒だな。どんなに管理していても、もとは野生だってことか。おれたちも。」
「助かったよ。」
「で、このままでもいかない気がする……どうする?」
「えーと……」
すると、片方は人食い鳥に目をつつかれた。二人は立ち尽くす。
「痛い」
「どうして、人食い鳥が……!?」
「あのペットの鳥も外で捕まえたんだ。あいつがガラス越しはいやだっていうから……本当は、あいつらは俺たちを食うんだ。フルーツじゃなくて。」
「あの鳥と同じか?」
「きっと、別個体だ。どちらにせよ、危ない。」
「危ない……痛いってこと?」
「うん、ほら、目から血が出てるぞ」
「……どうすれば?」
「ほら、おにごっこだ。危ないんだから、逃げよう」
「おにごっこ、子供の遊びか……わかった。」
二人は人食い鳥のいない地面の穴を見つけて入っていった。
二人は知らなかったが、その山には多くの生物が生息しており、多くは食物連鎖に寄り生存競争のさなか、非常に共謀だったり危険になっていた。あと、山を下りれば近くに普通に人の町もあり、安全にいろんなものが手に入ったのだが、彼らは数世代前からのシェルター住民であり、生活も興味関心も満たされていたので知らなかった。もっとも、ほかはよくわからないまま機械の入れ知恵によって見下していて、よく知らぬまま興味を持たなかったのだが。
そんなわけで、二人は近くの町にたどり着くこともなく、洞窟に生息する危険な毒をもつ虫に噛まれて死んだ。
……』
「え?終わり?」
『はい。こういうのはどうでしょう。』
「事実からくる一種の空想物語、なのか、これは。確かに非常にリアルだったが……。おれたちはお前を怒らせて、シェルターを出たりしないぞ。」
『そうでしょうか。』
「あと、いつのまにそんな町ができていたんだ。地理や生態系もあいまいだし、野生のオレンジだの洞窟の毒虫だの、適当なことを。今までそんなこと言ってなかったじゃないか。」
『そうでしたっけ?』
「教えてくれなかっただろう。教えろ。」
『そんな町、ありませんよ。』
「でも、前に他の住民が、強化ガラスの外でオレンジに似た木の実を見たと……珍しい蜘蛛も……それに、人食い鳥のモチーフはどう見てもペットの太郎じゃないか。」
『でも、ないですよ、そんな町。』
「本当か?」
「もういい、あいつは……俺たちに機械を怒らせるとどうなるか、教えたんだ。おれたちは逆らえない。もし逆らったら……ほんとにあらゆる生活を……」
『はい。』
「……え?」
『はい。私たちに全てお任せください』
あるところの人々は、とても豊かだった。
あらゆる苦労を知らず、あらゆる悩みもなかった。
あらゆる思考を持たず、あらゆる判断を持たない。
あらゆるものより自由で、あらゆるものより安全だった。
彼らは過去を知らない。
彼らは勉強を知らない。
彼らは計算を知らない。
彼らは苦労を捨てた。
彼らは何もしなくてよかった。
「…………嘘だろ」
まさかの完読大いに感謝です。ありがとうございました。