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あなたの拠り所になりたいの

読んでいただきありがとうございます(*^▽^*)

 昼休みを告げる鐘が校舎内に響くと同時に席を立ち、鞄を掴んで屋上へ向かう。

 扉を開けた先にはまだ誰もおらず、あたしは真っ直ぐ突き進むとベンチに腰つけた。

 数分後にはちらほらと生徒たちが姿を見せるようになり――イブキくんが視界に入って立ち上がる。

 「イブキくん!」

 軽く手を挙げるイブキくんの背後には、リクくんが立っている。

 あたしはベンチから数メートル離れたところにイブキくんと並んで座り、リクくんはベンチで弁当を広げ食べ始めた。

 この過ごし方は、リクくんから提案されたものらしい。らしい、というのは、あたしはイブキくんからの又聞きでしかないからだ。

 イブキくんはリクくんお手製を、あたしは自分で作ってきたものを食べ終わって鞄に仕舞い込む。

 と、のんびりした声が、あたしの鼓膜を打つ。

 「ん~。いい天気だね~」

 「ですわね」

 ぢゅーと紙パック牛乳を飲むイブキくんの横顔……カッコ可愛いです。

 (それにしても……)

 ちらりと目線を落とすと飛び込んでくる『背のびのびーるミルQ』とデカ文字で書かれた、四本の牛乳たち。

 (…………毎日こんなに飲んでいるのかしら…………)

 ジッと見つめていると、イブキくんの手が次々と攫ってゆく。あっという間に五本目がイブキくんの胃の中へ吸い込まれていき、あたしは小首を傾げた。

 「イブキくん……お腹、大丈夫?」

 「うん、大丈夫~。昨日四本飲んでも平気だったから~」

 (……一本、増えてませんか?)

 『背のびのびーるミルQ』がイブキくんの希望を叶えてくれるのを祈るばかりだ。

 (まあ、そういうところはきっと、リクくんが上手く調節してくれてそうだけれど……)

 ベンチのほうへ視線を転じれば、青空を仰いでのんびりしている姿がある。今のところ彼に近づく女生徒はおらず、遠巻きに眺めているだけの様だ。

 まあ、ファン暗黙の了解で、朝と昼は邪魔をしないことになっているので当然か。

 「ねぇキリエさん~」

 「は、はいっ」

 甘えた声音で呼ばれ振り向くと、両膝に頭を預けたイブキくんに目を奪われる。

 「……その髪型、かわい~ね」

 (ぐはぁっ!! かかか可愛いのはイブキくんですわあああぁぁぁぁぁ!!)

 イブキくんの指先があたしの頬を掠め、ゆるやかなウェーブをかいた髪を掬った。

 ハートをブチ抜かれてお姉さんはもうキュン死にしてしまいそうです。

 爆ぜそうな心臓の高鳴りと火照った体が落ち着くのを待っていると。

 「っごめん~!」

 「えっ、ちょ、イブキくん!?」

 一目散に駆け出し消えていくイブキくんの背中に、慌てて立ち上がる。

 「おれが片づけしとくから追いかけていいよ。多分トイレ」

 と、リクくんの声が飛んできて感謝を述べ、あとを追った。

 屋上から階段を下ったところで最寄りのトイレに急ぐと、耳を聳てて気配を探る。人けはなさそうだ。

 ノックし、隙間を作って呼んでみる。

 「イブキくーん?」

 「だ、いじょうぶ……!」

 「あ、ここにいたのね良かったわ! 外で待っているから!」

 「うん~……」

 素早く閉めると、正面の窓側へ身を寄せる。

 (やっぱり牛乳の飲み過ぎかしら……? 大丈夫かな、イブキくん……)

 そっと溜め息を漏らす。

 ふと靴音が木霊して振り返ると、荷物を持ったリクくんが下りて来ていた。あたしを一瞥してから男子トイレに入って行く。

 暫くして出てきたとき、イブキくんはげっそり、リクくんは呆れ笑いしていた。

 「じゃあ、おれ先に戻ってるから」

 そう告げて踵を返すリクくんを尻目に駆け寄ると、イブキくんが溜め息をつく。

 「お腹大丈夫? イブキくん……」

 「うん……」

 「どうしてあんなに沢山……」

 無言で視線を落とすイブキくんに、胸の中がわだかまる。

 (あたしには……言えないことなの……?)

 「……嫌だったら……無理には」

 「体が大きくならないかな、って思って……」

 被せるように言ったイブキくんの瞳は、悲しみと切望で揺れていた。

 「僕……少しでも早く、キリエさんより大きくなって、体を張って守れるようになりたかったんだ。だから少しずつ量増やしていってたんだけど……流石に五本は無理だったみたい。心配かけてご、んぷっ」

 ぎゅっとイブキくんを掻き抱いた。どうしても愛おしくなって、我慢できなくて。

 (……そんな風に想ってくれてたなんて、全然知らなかった……!)

 「イブキくん……ありがとう、大好き……」

 背中で絡めた手に力を込めたその時、あたしの背中に、初めてイブキくんの両腕が回った。

 離さないとでもいうように、力を込めて。

 刹那、心が打ち震え、胸が締め付けられたように苦しくなり、涙が零れた。こんなに満ち足りた気持ちになったのは、初めてだった。

 イブキくんの肩に顔を押し付け、指先に力を込める。

 「……言うの、遅くなったけど……僕も。キリエさんが、好きだから。居なくならないで、ずっとそばにいて」

 その言葉に切なくなって滂沱する。イブキくんは、幼い頃車の交通事故に遭ってご両親が亡くなり、家に帰っても誰もいないという。

 一体、どんな気持ちで、吐露しているのか。

 これは、簡単にあしらってはならない。真摯に受け止めなくてはならない。

 イブキくんの、慟哭だから。

 「うん……、うん……」

 喉元に込みあげる衝動を堪え、イブキくんの鎖骨に顔を埋めながら、あたしは何度も首肯した。



 その日の放課後、あたしの教室に初めてイブキくんが「一緒に帰ろう」と迎えに来てくれた。

 常にリクくんのそばにいたイブキくんは周りに認知されているから、クラスメイトたちは凄く驚いた表情をしていたけれど――どうでもいい。

 卒業まであと半年もないのだ。せっかくのイブキくんとの学校生活、目一杯楽しみたい。

 席を立った瞬間から、周りに見せつけるように手を繋いで帰る。

 運動場で、また女子たちに囲まれているリクくんがいたけれど、前回と同様、彼はあたしには挨拶しない。何故だろうと疑問が頭をもたげていると、

 「あ~。リクはね、キリエさんと接点を持たないようにすることで、周囲の人を牽制してくれてるんだよ~。僕が前、キリエさんが嫌がらせされてたこと話しちゃったから。まあリクなら、僕が言わなくても分かってそうだけど~」

 とのこと。

 あたしの為だったなんて。

 感謝の気持ちを伝えたかったけれど、直接言いに行くと水の泡だから、イブキくんに言伝を頼むことにした。

 リクくんなら、きっとあたしの気持ち、分かってくれると思う。

 「あ、そうだ~。キリエさんに護身術知っててほしくて」

 「護身術、ですか?」

 「うん。女の子だし、僕もいつもそばにいられるわけじゃないから……この前、男に囲まれて殴られていた時みたいなことがあったら、僕……」

 ぎり、と奥歯を噛んで拳を握るイブキくんの瞳は、剣呑な光でギラついていた。

 あれはあたしの自業自得だったから、寧ろ申し訳がなさ過ぎて、後悔が波のように押し寄せて沈みそうになるのだけど……全貌を知っても、イブキくんは笑って許してくれたのだ。

 すごく優しい人。

 あたしは、それでイブキくんが少しでも安心できるなら、と護身術とやらを教えてもらうことにした。どうやらこれも、リクくんからの提案らしい。

 なんだかんだ、リクくんも優しい人ですわ。

 リクくんは、今までずっとイブキくんを守ってきてたんだと感じるから、あたしももしかしたら……その守備範囲に入っちゃったのかな。

 なんて、思いました。

 



 「バイト、気を付けてね~」

 「はい! 行ってきますわ!」

 繋いだ手を一際強く握りしめてから放し、イブキくんに手を振り返しながら非常口から店内へ入って行く。振り返るとガラス越しにイブキくんの姿があって、心が愛しさであふれ、口元が綻んだ。更衣室に入って配給の制服に着替え店内へ戻ると、そこにイブキくんの姿はなかった。

 (ありがとうイブキくん。さて、今日も頑張りますわ!)




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