あなたの好みに近づきたいの
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「イブキくん! おはようございます!」
「あ……うん、おはよう~」
朝の登校時間、鐘が鳴るすれすれに昇降口へ姿を現したイブキくんの元へ駆けよると、紙袋を差し出した。
中に入っているのは昨日借りたシャツ。そのまま永久保存したい誘惑に駆られたが、借りたものは返さなければならない。
「これ、お借りした物ですわ。ちゃんと洗い直してあるので、ご安心ください」
後半は小声で伝え、微笑む。
朝からこんなに近くでイブキくんを見れるなんて、幸せすぎる。
「あ~……うん」
「ふふっ。それにしても、イブキくんと大きさがピッタリで凄く嬉しかったです! まるでペアルックみたいで!」
靴箱からスリッパを取り出そうとしたイブキくんの動作が一瞬止まった――ように見えたけれど、もう履き替えている。気のせいだったらしい。
今日も可愛い。
隣に立つリクくんを見上げると、いつもの微笑みを貼りつけている。
(この人、疲れないのかしら?)
「時間を取らせてしまってごめんなさい。あたしも教室に戻りますわ! それでは!」
「ん……」
二人に向けてぺこりとお辞儀をしてから階段を駆け上った。
放課後、花壇に水を撒きながら小まめに周囲の様子をチェックする。一度あったことは二度三度起こってもおかしくはない。
全ての仕事を終えて片づけをしていると、砂利を踏みしめる音に勢いよく振り向いた。
その瞬間、詰めていた息を吐き出す。
「イブキくんでしたの……」
明らかに安堵したのが分かるのか、眉間に皴を寄せたイブキくんがそばに寄ってくる。
「大丈夫? また何かあった……?」
「いいえ、大丈夫ですわ。ただ……少し敏感になってしまっだけです」
「ならいいけど……」
イブキくんの背後に立つリクくんは、意に介さぬといった風で水色が印刷された紙パックのジュースを飲んでいる。左手にもっている紙パックは白いイメージだ。二種類も飲むのだろうか。
「ねぇ」
「は、はい」
呼ばれて僅差で自分より背が低いイブキくんを見下ろすと、何故か少し不機嫌そうにしていて、あたしは目を瞬いた。不安が胸中に巣食い、眉尻が下がる。
(あたし……何か失敗しちゃったのかしら? どうしよう……!)
しかし待てど暮らせどイブキくんからのアクションは何もない。内心首を傾げつつ、埒があかないので口火を切った。
「あの……イブキくんは今から帰るところですか?」
「うん、そうだよ。……一緒に帰る?」
「えっ!? でも……」
ちらりとリクくんを窺えば「ああ、おれは一人で帰ってもいいよ」と言ってくる。
(どうしよう……)
イブキくんとリクくんの時間をあたしが奪ってもいいのか迷ってしまう。
「……リクがいるほうがいい?」
「ち、違いますわ!」
鼓膜を揺らした低い声に、慌てて否定してもムッとしたままのイブキくんがいて、言い訳のように言い募る。
「イブキくんがリクくんと過ごす時間をあたしが奪っちゃいけないと思って……!」
キョトンとしたイブキくんがふっと笑いを零し「なにそれ~」と可笑しそうに言う。あたふたしてリクくんを見上げれば、彼も作り笑いではない笑みを浮かべていた。
(そ、そんなに変なこと言ったかしら……。でも……)
イブキくんは笑っているから、大丈夫かもしれない。
ほっとして微笑むと、イブキくんが目を逸らしてあたしの手を取った。
「い、イブキくん……」
「リク~それ頂戴」
「ああ、これね」
手渡された飲み物を「ありがと~」と受け取ったイブキくんは、こっちを見て「じゃあ荷物取りに戻ろうか~」と言い、あたしは頬を火照らせながら頷く。
けれど罪悪感は払拭できず、リクくんとすれ違いざまに「すみません」と伝えると、彼は口端を上げて「またねー」と手を挙げた。
荷物を取りに行ったあたしたちは二人並んで校舎を出た。途中、運動場で女子生徒に囲まれているリクくんが、イブキくんと声を掛け合っていたけれど、あたしの会釈に気付いても彼が反応することは無かった。
もしかして、嫌われてしまったのだろうか……。
もやもやしているとイブキくんに「カフェに寄る~?」と訊かれ、悩みは一瞬で霧散する。
「是非!」
「お店どこにする~?」
「そ、そうですわね……」
唸っているあたしを見兼ねたのか、イブキくんが「じゃあ~」と提案してきたお店は。
「あらぁ~キリエちゃんじゃなぁ~い! 今日は、カ・レ・シと一緒なのぉ~? ムフフッ」
ぶわっと耳まで赤面したあたしは、窓際の席でぷるぷるし、俯いたまま拳を握っていた。
「いやぁねぇ~照れなくてもい・い・の・よぉ~? ムフフッ! 若いっていいわねぇ~ムフフッ! メニュー決まったら呼んでねぇ~ムフフッ!」
(きゃあああぁぁぁぁぁぁ! 恥ずかしいいいいぃぃぃぃ!)
思わず両手で顔を覆い、顔から火が出そうな思いに煩悶する。
時間をかけて落ち着きを取り戻し、上目遣いで正面をみやると。
テーブルに片肘ついたイブキくんが、今まで見たことがないほど優しい笑みを浮かべていて、あまりの尊さに床を転げ回って身悶えしたい衝動が湧きあがり、抑えるのに必死だった。
(どうしてイブキくんは否定しないのかしら……!)
そんなことを思いながら虫の息でメニューを勧めると、イブキくんはココアフロート、あたしはイチゴフロートを選んで注文し、届いたそれを舌に転がしてじっくり楽しむ。
今は体中が火照ってるから熱さましに丁度いい。
窓の外を眺めつつ、未だ冷めない熱を手で扇いで誤魔化していると。
「まだ熱い~?」
そう訊いてきたイブキくんは、なんだかとろけそうに甘い表情をしていて。
あたしは息も絶え絶えに、再び赤味を帯びた面を伏せ、頷いた。
「ムフフッ! またカ・レ・シ、連れて来てねぇ~! ムフフッ!」
「っ~~~~~~! もう! 店長! からかわないでください!」
「ウフフッ! 若いっていいわねぇ~! ありがとうございましたぁ~!」
カシャン、と閉まった扉の向こうで、お尻を振ってカウンターへ戻る店長を見送りながら、平常心平常心、と言い聞かせる。
「楽しそうなお店だね~」
「そ、そうです……ね。い、イブキくんが、楽しめたのなら……良かったですわ、はい」
ようやく凪いだ心でイブキくんと向き合うと楽しそうに笑っており、あたしの心も弾んでいく。
「じゃあ帰ろうか~」
「はい」
茜色に向かって並んで歩き出すと、おもむろに鞄から紙パックを取り出したイブキくんが、ぢゅーと吸い込んで喉を鳴らす。
(これはさっきリクくんに渡されてた……牛乳? もしかして好きなのかしら!?)
「ミルク、お好きなんですか?」
わくわくして尋ねると、唸り声を上げるイブキくん。
どうやら違うらしい。
「大きくなるかな~と思って」
「大きく……」
(ああ、背が小さいことを悩んでいるのね。そうね、やっぱり男の人は背が高いのを好むんでしょうね……)
「イブキくんは今のままでも十分素敵ですわ!」
先行したあたしが振り向いて微笑む姿を、ジッと見つめてくるイブキくんの髪の毛が茜色に輝いて、カッコいい。つい見惚れてしまう。
「……同じサイズは嫌だ」
「えっ? 何か言いましたか?」
「ううん~」
首を傾げたあたしに並んだイブキくんが歩き出し、そのあとを追う。
暫くすると犬を連れた女性とすれ違った。思わず犬の、ふわふわなクリーム色の毛並みに見惚れていると、隣からぽそりと声が聞こえた。
「あの子、可愛いな~」
(またですの!? ……あれ? でも、先日の女性と髪型が違うけど……)
「ど、どこが……好き、ですか?」
「どこ? ……キリエさんは犬嫌い?」
「えっ犬ですか!? 犬は大好きで、えっ、犬? …………キリエさん?」
混乱し、足を止めたあたしへ一歩踏み出したイブキくんが、手を掴んでぐっと顔を寄せてくる。
「キリエさんって呼んでいい?」
近距離で甘く囁かれ、ぼっと一気に熱が篭ったあたしの心臓は、今にも爆ぜそうなほどドキドキしていた。緊張でカラカラになった喉をなんとか潤して、蚊の鳴くような震え声で「はい……」と答えるのが精いっぱい。
「それなら良かった」
そう言って、とろけそうな笑顔を浮かべるイブキくんを見ても、倒れなかったあたしは偉いと思います。
今度は、手を繋いで歩き出した帰り道。
ふと先刻の犬の話が気になって口を開いた。
「そういえば、イブキくんさっき犬がどうのって……?」
「ああ~、うん。犬のね、毛がふわふわしてるのって可愛いと思って~」
「ああ……そういうことですか……、……もしかして前リクくんと三人でカフェ行った時も、犬のこと言ってました……?」
「あ~、うん。毛がふわふわしてる子だったね~」
(…………人間の女性じゃなかったのね…………)
あたしは、近いうちに肩まで切ってパーマをかけようと心に決めた。