一歩、近づけた?
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「っふぅ!」
「あ、松宮さん、お疲れさまー! 戸締りお願いねー!」
ぱっと振り返ると先にあがる先輩が非常口の前で手を振っていた。
「はーい! お疲れ様でしたー!」
小さく振り返すと、正面のガラス製玄関扉の戸締りを確認し、まとめたゴミ袋を裏口から出た店の裏道へ置きに行く。そして店内に戻ると一階の整理整頓と灯りの確認、二階へ行って声を掛けてから裏口の施錠を行い、店の灯りを落とす。
「さて、忘れ物は……ないわね」
エプロンを鞄に仕舞ったあたしは非常口横の機械にカードを当てて施錠解除し、外に出る。
「自動ロックって素晴らしいわ」
うーん、と背伸びをし、外灯を頼りに家に向かって歩き出した。
翌日の放課後、あたしは再び別棟の裏庭に向かった。かれこれ数週間ぶりになる。胸には前回と違う色の紙袋。ただし、中身は同じだ。
(今日こそは受け取ってもらいますわ!)
既に常套手段になりつつある手紙での呼び出し。わざわざ足を運んでもらうことに罪悪感もあるけれど、昼休みに邪魔するわけにもいかず。
前回と同じところで立ち止まると、そっと胸を押える。
(今日は大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……)
「……し。もしも~し」
「!?」
はっと振り向けば目の前にイブキくんが立っており思わず後ずさる。
危うくキュン死するところだった。
「い、イブキくんっ……ごめんなさいお待たせしてっ!」
「え? 待たせたのこっちでしょ~?」
「いえいえいえいえとんでもありませんわ!」
「ん~? まあいいや。それで、何の用~?」
イブキくんの目線が一瞬紙袋へ注がれ、あたしは心の中で大きく頷く。
「もうお分かりになっていると思いますが、今日こそ運動靴を受け取っていただきたいのです! 前回は情けないことにあたしが稼いだお金ではありませんでした……でも今回は違いますわ! あれからアルバイトをして、親からこの靴を買い取りました! もう心配ありませんわ!」
胸を張って堂々と渡せる心地よさに陶酔しつつ差し出すと、イブキくんが気の抜けた声で「あ~……」と呟いた。
(忘れていらしたの!? そんなところも可愛いですけれど!!)
「この間の~……靴?」
「そうです! 今度こそ受け取っていただけますわよね?」
「……えーっと……自分で、アルバイトして買ったの?」
「そうですわ! 前回反省しましたので!」
「ん~……じゃあ、うん……ありがとう」
(紙袋を持つ手にイブキくんの指先が当たっちゃったりしてきゃああぁぁぁぁ!! でも所詮妄想ですわね。ふぅ……)
落ち着きを取り戻し、箱を開けて中身を確認しているイブキをうっとり眺めていると、おもむろに目が合って心臓が飛び出そうになった。
(破壊力が半端ないですわ!!)
「何か問題でもありましたか?」
にっこり微笑んで尋ねると、イブキくんは「ん~」と思案顔。
「あの~、靴のサイズが」
「間違っていますか!?」
ぐっと前のめりに訊いてしまったが、我に返って姿勢を正すと笑顔で誤魔化しておく。
「……合ってるけど~」
「何故サイズを知っているかってそれはほら! ちゃんと調べてお返ししないと、不手際があったら大変ではないですか!」
「うんまあそうなんだけど~…………まあいっか~」
(細かい事を気にしないところも素敵! 男らしいわ!)
「えっと……これで用事は終わったかな~?」
「はい!」
「じゃあ帰ろうかな~。靴ありがとう~」
背中を向けたイブキくんに叫ぶ。
「イブキくん!」
「うん~?」
「もしよかったら……このあとカフェで飲み物でもご一緒しませんか……!」
「今日?」
「はい!」
「ん~、リクがいいって言えば……」
「はい! それで大丈夫です!」
「そう~? じゃあ行こうか~」
歩き出す背中を追いかけながら、緩みが止まらない口元を両手で挟み込んで叱咤する。
(ニヤニヤしないのよ! こんなしまりのない顔イブキくんに見せられないわ! 誰かに見られたら大変!)
「あ、リク~」
(なんですって!?)
いつの間にか正面に立っているリクくんが、微笑みながら片手を振っていた。
「用事終わった?」
「うん」
ふぅん、と呟いたリクくんが口角を上げる。眇められた瞳が、何かを推し量るようにあたしを射抜き、肌が粟立つ。
貼りつけられたような笑顔が怖い。
遠くから見ているだけだったなら一生気付くことは無かったであろう、彼の本質の片鱗か。
「こ、こんにちは!」
お辞儀をしながら脳裏に蘇るカフェでの出来事。正直、今の今まで忘却していた。我ながらなんという都合のよい頭。
(リクくんのこの目……あたしのこと絶対覚えてるわ……)
「で、どうしたの?」
ソレ、と言外に言われているように感じ、体が強張る。
「えっと~、今からカフェに行かないかって誘われたんだけど~」
「カフェ……ね? うん、いいんじゃないかな?」
きらきらな笑顔のリクくんにのぼせ上っていた時ならきゃーカッコいいーって騒いでたけど、今なら分かる。目が笑っていませんわ!
思わず自分の体を抱き締める。
「じゃあ行こうか~」
イブキくんが肩越しにあたしを振り返る瞬間、さっと姿勢を正し笑顔で頷いた。
前を行く二人の邪魔にならぬよう気配を消してついて行き、耳をダンボにしておく。
話題は学校のことやご飯のことが殆どで、随時胡乱げな目線がくるもののイブキくんの姿を間近で見れるだけで心が満たされた。眠そうに欠伸をするのも可愛い。
(隣りは怖いですけれどなんて役得なのかしら……!)
そう感じていたのは、一瞬だった。
「で。イブキを呼び出してたのは、きみだったんだね。ちょっと驚いたよ」
記憶に新しい席に腰かけているあたしは、微笑みを貼りつけているリクくんから左斜向いに座るイブキくんへそっと目を逸らす。彼はぼ~と窓の外を眺めていて、その眠そうな横顔にもキュンキュンきます。
「人が話しをしている時は、目を見て聞こうね?」
「ひゃいっ!」
左斜向かいからぢゅーとイチゴミルクが吸い込まれる音が聞こえたが、眺めることが出来ない。辛い。
「今日は、何の用事だったの?」
何故ここでそれをリクくんに吐露しなければならないのかと頭をもたげるが、拒否権は無い。
「あの……それはですね……、く、靴を……」
「靴?」
(ひぃっ!?)
リクくんの瞳に剣呑な光が宿ったのを見て、あたしは縮こまった。
(これは……これは、あたしが靴を盗ったこと絶対バレましたわね!?)
「あ~あの子かわいいなあ~」
(なんですって!?)
イブキくんの声に光の速さで外を見ると、犬の散歩をしている女性が視界に映る。風に靡いたストレートヘアが茜色の光を弾いて美しい。
(ああいう髪型が……好みなのかしら……。だったら、あたしだって……)
「あー……そうだね」
一瞬だけリクくんの視線が、胸にかかる縦ロールの髪をいじっていたあたしに向いたけれど、それに気付くことはなかった。
その唇が、弧を描いていたことも。
「遅くなってきたし、そろそろ解散しようかイブキ」
「ん~? うん~」
(っこのままお別れは嫌っ!)
「あのっイブキくんっ!」
「ん~?」
「そ、その……あ、あたし最近自分のお弁当を作っていまして! それでよよよよろしければイブキくんのお弁当も作って来てもいいでしょうかっ!!」
(いっったわああああぁぁぁあぁぁあたしがんばったわああぁぁぁぁ!!)
「あ~お弁当はいらないかなぁ~リクが持ってきてくれるし……」
(ガーン!!)
「そ……そう、ですか……」
(た、魂が……口から出そうですわ……ううっ。他に、他になにかないかしら……!?)
「……まあ~、たまになら今日みたいにお茶するのもいいけどね~」
「本当ですかっ!?」
ガタッとテーブルが動いてしまい、小さく謝罪を口にしてあたしは身を引いた。
(興奮して、つい身を乗り出してしまいましたわ……危ない危ない)
気になってリクくんの様子を窺うと、笑顔を貼りつけたままあたしを見つめている。
感情が読めなくて怖い。ただ、先刻までとは少しだけ雰囲気が柔らかくなった気がする。
「あの……行きたくなったら、いつ、お誘いすれば……いいですか?」
上目遣いに尋ねると、イブキくんは「ん~」と外を眺めたまま唸る。
「お昼休み~? 僕たちお昼ご飯教室で食べてるし~」
「まあそうだね」
イブキくんと目を合わせたリクくんがそうフォローしているのを聞き、あたしは満面の笑みを浮かべた。
「わかりました! あたしもバイトがあるので、空いている日のお昼休みにお伺いしますわね!」
「うん、わかった~」
「ところでねぇイブキ」
「なに~? リク~」
「いつから名前で呼ばれてるのかな?」
はっと目を剥いたあたしに二人の視線が集まり、緊張で心臓が暴れ出す。
飲んだものが口から出てきそうだ。
「え~と……ちょっと前から?」
背中を丸めたあたしはテーブルの上をガン見しつつ説明する。
「に……二週間以上、前から……で、しょうか……。ず、頭が高くて、ご、ごめんなさい……」
(心の中ではいつもイブキくんって呼んでるからつい口に出ちゃったんです……でも突っ込まれなかったからもうそのままいっちゃえーって思ってしまったのです……)
ぷっと微かに笑われた気がして顔を上げれば。
イブキくんの笑顔にハートを撃ち抜かれて萌え死ぬかと思いました。キュンキュンしすぎる! あたし鼻血でてないかしら!?