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現実は厳しい

読んでいただきありがとうございます(*^▽^*)

 病院で診察を受けて午後から授業に参加し、ドキドキしながら放課後を迎えたあたしは、一目散に教室を駆け抜けた。

 (あぁ……胸が苦しいわ……! イブキくん……!)

 最早、走った所為か愛しい君を見つめている所為か分からない早鐘を打つ胸を、上から抑える。

 (あぁ……寝てる! 可愛い! 側に行きたい……!)

 扉から半身を覗かせてイブキをガン見している自分の横を、ギョッとした顔で誰かが通り過ぎたが知ったこっちゃない。

 (あっ! リクくんだわ! いやー! お願いリクくん、イブキくんを隠さないで! 見えないじゃないー!)

 リクがイブキの鞄を肩に引っ掛けイブキが席を立つのが見えて、素早く遠く離れた柱に移動し様子を窺う。

 (あ~……イブキくん……行っちゃう……)

 ぎゅ、と下唇の内側を噛む。

 (このままじゃダメだわ! イブキくんとの距離が縮まらない! そうよ……まずは!)

 あたしは一目散に駆け出した。


 

 翌日の放課後、あたしは緊張でうずくまりそうになる自分を叱咤しながら、別棟の裏庭に立っていた。心臓が爆ぜてしまいそうだ。

 思わず紙袋を抱いている両腕に力が入り、グシャリと音が立って慌ててしまう。

 (いけない! 大切な物なのに……)

 その時、土を踏みしめる音が聞こえて振り返ると、心臓がバクバクし出した。

 「え~と……一昨日の人~? 」

 胸から何かが潰れた音が鳴る。

 (きっきっきっ来たわー! イブキくん覚えててくれたー!)

 「そ、そそそそうですわ! ままま松宮キリエといいます! おおお、一昨日はた、助けてくださってありがとうございました……!」

 (どもり過ぎよあたし! 恥ずかし過ぎるわ! 顔も熱いし汗すごい! 臭くないかしら!?)

 後ずさりしたくなる気持ちを堪えつつも、視線はイブキくんに釘付け。

 「あ~、うん、それはもういいかな~。……それで、何か用~?」

 「こ、ここここれなのですがっ! うううう受け取ってくださいっ!」

 がばっと紙袋を突き出す。

 しかし、数秒経っても反応がない。心臓が嫌な音を立て始め、冷や汗が浮かぶ。

 (えっ……な、なにこの間! 怖すぎる!)

 決死の覚悟で顔を窺うと、眉間に皴を寄せ小首を傾げているイブキくん。

 とりあえず、帰られたわけじゃないことに安心したけど、視線が痛い!

 「……それなに?」

 低い呟きに一瞬キュンとしたが、焦燥感に襲われる。

 「く、靴ですわ! 怪しいものではありません! 受け取ってくださいませんか!?」

 「どうして?」

 (くっ、その一言が心臓に突き刺さりますわっ……!)

 イブキくんの疑問も当然だろうと思う。あたしが運動靴を捨てたことに気付いていないのだから。

 (なんで捨てちゃったのよあたしの馬鹿ー! 今なら家宝にするのに!)

 紙袋を胸に寄せ、腹をくくる気持ちでその場に正座する。小石が肌に突き刺さって顔が歪んだ。

 「なにしてるの!?」

 慌てて駆け寄って来たイブキくんが差し出してくれた手に、頭を振る。

 「ごめんなさい。順番を、間違っていました。……実は、斎藤くんの、運動靴……あたしが盗みました! ごめんなさい!」

 「…………え~…………そうなんだ~。…………なんで?」

 言葉を失くした彼の様子に、あたしは穴があったら入りたくなる。

 でも、逃げてはいけない。これは、あたしへの罰だ。

 「その……、ずっと、喜多見くんのファンで……斎藤くんがいつも側にいたことに、嫉妬、してしまって……」

 「あ~……」

 「ほ、他にもっ……! い、色々……しました。っ……お、お弁当……とか、きょ、教科書の……落書きも…………、っ…………」

 涙が滲む。

 自分のしてしまった行動があまりにも恥ずかしくて、顔が上げられない。イブキくんの顔に侮蔑の表情が浮かんでいると思うと、背筋が凍る。

 紙袋を抱き締め、深く深く低頭した。

 「ほ、本当にっ、すみませんでした!」

 もし嫌悪感を抱かれたらと思うと、恐怖に体が震える。

 「……う~ん……まあ、とりあえず立ってくれない?」

 「は、い……っぅ……」

 「あ~あ…………そんなとこに座るから~…………」 

 土にまみれたあたしの脚を、イブキくんの袖がはたく。彼の優しさに心が震え、後悔に涙の膜が張った。

 (嫌だ……。こんなに優しい人を、他の誰にも取られたくない!)

 感極まってあたしは叫んでいた。

 「あ、あたし斎藤くんが好きです!!」

 はっと口を覆い、目と鼻の先にあるイブキくんの瞳と見つめ合うと――その顔がこてんと傾く。

 「えっと~……? 怪我はなさそうだし~僕、もういくね~?」

 「!? ちょ、ちょっと待って!?」

 わたしは咄嗟に踵を返すイブキくんの腕を掴んでいた。目を丸くしているイブキくんが瞼の裏に焼き付く。

 「あ、あたし斎藤くんのことが好きなんです! だ、だから……、だからっ……!」

 喉が詰まって言葉が出ない。

 泣きそうで、くしゃりと顔を歪めているあたしはいま、絶対醜い。

 そう考えていると、幻聴じゃなかった、という声が鼓膜を揺らし。

 「えっと~…………さっき、リクが好きって言ってなかった~?」

 「ち、違います! いえ、違わないけど違うんです! リクくんのことは好きです、でもそれはアイドルに憧れているような“好き”で! イブキくんに対しての気持ちとは全然違うんです! あたしは恋愛感情の意味でイブキくんが好きなんです!」

 肩で息をしながら言い切るも、戸惑った表情で頬を掻いているイブキくんを目にし、後悔が押し寄せた。

 ここで伝えようと思っていなかった。いなかったのに……気がついたら口が滑っていた。

 「……ごめん、なさい……」

 引き留めていた手をそっと放す。

 迷惑になりたくない。

 「…………う~んと…………」

 「き、嫌いに、ならないで……くだっ、さい……。あた、あたしっ……す、すきでっいて、もっ……いいっ、ですかっ……?」

 零れる涙を拭う。どうしよう、止まらない。もっと、しっかり伝えたいのに喉が引きつって言葉に出来ない。

 「あ~……うん、まあ~……」

 「あっ、ありがとうっ、ございます……!」

 「う、うん……じゃあ、僕帰るね……」

 「あ、靴をっ……!」

 差し出した紙袋に首を傾げたイブキくんは視線を上げ、怪訝そうに言う。

 「ん~、その靴って~……きみのお金で買ったの?」

 ひゅ、と息を吸い込み、唇をわななかせ、項垂れる。

 返す言葉がみつからない。

 「だからね、気にしなくていいよ~。じゃあ、気を付けて帰ってね~」

 「っ……」

 小さくなるその背中に掛ける言葉は、最後まで見つけることが出来なかった。

 暫く一人で立ち尽くしていたあたしは、心に固く誓う。

 (バイト先をさがしますわ!)




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