図々しいとは解っているけれど
よろしくお願いします(*^▽^*)
喜多見理玖くん。校内一の人気者で運動神経抜群、成績も上位クラス。顔も凄くかっこいいのに皆に優しくて、いつみても穏やかに微笑んでいるの。学校内ではこっそりファンクラブもあって、なんと、全女子生徒が入っているのよ! 流石あたしのリクくんよね!
実は、ファンクラブには暗黙のルールがあって……告白は禁止なの。だって、皆のリクくんだから。
それなのに……、それなのに、あの男……斎藤伊吹は!
あたしたちが涙をのんで近づくのも慎重にしているっていうのに、幼馴染だからって毎日毎日毎日毎日リクくんにべったりくっついて!! 許せない!!
この間だって折角奇跡が起きて下校途中のカフェでリクくんに会えたのに、あの男のせいで台無しになった!!
だから……だからあたし、少しだけあの男を困らせてやりたかったのよ。
ある朝、あの男の机から引っ張り出した教科書に落書きをしてやったの! 誰かが来ないかと思ってすっごいドキドキしたけど、溜飲が下がったわ! ふふ……あの男の反応が楽しみ!!
……だったのに……ねぇ信じられる? あの男、授業中寝てばっかりで全く教科書開かなかったのよ!? 今か今かとワクワクしてたのに……ありえないでしょ!!
こうなったら絶対気がつくようにしようと思って、通学靴盗んでやったの!
あのニブチンでも流石に気が付いたみたいで小躍りしたい気分だったのに……数分くらい消えて戻ってきたと思ったら、あの男! 運動靴履いて帰っちゃったのよ!? 信じられない! 今度こそ大成功すると思ったのにー!!
そろそろ手段を選んでいられないと思ったわ。
あたしの余念のない情報収集の結果、あの男は昼食にお弁当を持ってきていることが分かったから、体育の授業の隙を狙ってお弁当をゲットしたの!! 匂いにつられて蓋を開けたら色鮮やかで綺麗だった……なんかむかつく。
……タイミングを見計らって弁当箱を捨てといたんだけど、ちゃんと気づいてくれたかしら? あ、もちろん中身はあたしの胃の中よ。
翌日もお弁当だったら頂こうと思ってたけど、よりにもよってリクくんからお弁当の差し入れですってええええええええうらやましいいいいいいいいい!! もおおおおおおおおおおおおおお!!
こうなったら最後の手段に移るしかないわ!!
「……というわけで、アナタたちにはこの男を痛い目に遭わせてほしいのよ!」
「なげぇんだよ貸せっ!」
ひったくるように奪われたあの男の写真を見つめる、香水臭いゴリラのような男。
あんまり近づかないで欲しいわ。あたしの小さいお鼻がひん曲がったらどうしてくれるのかしら。
ゴリ男が、背中に控えているのっぽと太っちょの男に写真を見せている。
うんうん、ちゃんと確認してくれてよかったわ。頭悪そうだし、しっかり覚えてて欲しいもの。
「で、カネは?」
「いやぁね品がないわ……」
「あぁん?」
「いい、ヤメロ」
前に踏み込んだ太っちょを止めたゴリ男に、素早く茶封筒を突き出す。
「これは前金よ。写真の男を懲らしめてくれたら、残りの金額を払うわ」
枚数を確かめ終わったのだろう。ゴリ男はぞんざいにポケットへ突っ込む。
「で?」
「あたしが手紙で公園におびき出したから、待ってればくるわ」
怪訝な顔をするゴリ男に「こっちよ」と、男たちを連れて公園へ向かった。
町はずれにひっそりとある公園の時計台前まで来ると、時間を確認する。
呼び出しの時間は17時。
はぁ~かったるぅ~、と面倒臭そうにする男たちに対し、呆れて出そうになった溜め息をこらえた。
ちゃんとお金を払っているんだからもう少し真面目にやってもらいたいわね、まったく……。
約束の時間まであと10分程だ。そのくらいならば、男たちも黙って従うだろう。
そう思っていたのに。
「おぉい……どういうことだよ。待てど暮らせど一向にこねーじゃねぇか!」
突然の怒声で体が飛びはね、心臓がぎゅっとなる。血の気が引いて、嫌な汗が背中を流れた。
少しずつ蓄積していたゴリ男の鬱憤が、ついに頂点に達したのだ。
「どうなってんだよアアァ!? お前17時って言ってたよなぁ? よく見ろよもう17時半じゃねぇかぁああぁ!?」
……っ怖いっ……!!
救いを求めて周囲を見渡せど、他に誰もいない。
それはそうだろう。誰にも助けを求められないよう、町はずれの公園を、わざわざ指定したのだから。まさかそれが裏目に出るとは思ってもみなかった。
……っ舐められては駄目よキリエ! お金を払っているのはこっちなのよ! 弱みを見せては駄目! つけ上がるだけだわ!!
歯を食いしばり、背後を振り返って男たちに対峙すると、大袈裟に息を吐いた。
恐怖などおくびにも出さぬよう胸を張り、昂然とした態度を見せるため髪の毛を払う。
「少しくらい待てないの? こっちはお金払ってるんだから、もうすこっ……」
ドサッ! と、尻を殴打して走った痛みに息が詰まった。
何が起きたか理解できなくて、遅れて頬がジンジンすることを認識し、そっと触れる。
「ふざけんなよぉ? こっちはさぁ、貴重な時間を割いてやってんだぜ? それをだなぁこんな風に浪費させちゃーいけねぇだろうがよぉ? 割に合わねぇぜ……金、払えや。倍でな」
「っ……つっ…………!」
ぽろりと、目尻から一筋の雫が流れる。
恐れおののき、足がすくんで、はくはくと口を動かす。
あたしは悟った。
今更後悔しても、遅いのだと。
「っつ……ぃやぁっ……ぁっ……!」
這いつくばって、動かない脚を引き摺る。遠くに霞んで映る公園の入り口へ伸ばした手が、後方へ傾き虚空を掻いた。
「あぁっ……いやっ! いやだぁっ!! はなしてっ!!」
「うっせぇんだよっ!!」
「きゃあっ!!」
横っ面をはたかれて体が吹っ飛んだ。
口の中に広がっていく錆びたような味。震えることしかできなくなった指先が、砂を削る。
やだ…………こわい……やだ……!! おねがい、だれか、だれか……たすけて…………!!
「おらぁ! 立てよ!! まだ話は終わってねぇんだぜ!?」
「ぐっ!? かはっ……ぁっ」
後襟が喉に食い込み、酸素不足で頭がクラクラする。ずるずると引きずられ、いつの間に脱げたのか地面に転がっている靴を目にし、絶望した。
「おらぁっ、立てやコラァ!」
胸倉を掴まれ無理矢理立たされた背中に硬い感触が伝わってくる。
まるで他人事のように、「あ、これ木だ……」と思う。
バシッ! と左頬にきた追撃になすすべもなく、地面に倒れた。
とめどなく溢れる涙に視界が歪んでゆくと同時に、意識が遠のいてゆく。
なんか、きもちわるい……。
「っあ、あんちゃっ……ぐっ!!」
閉ざされていく視界に、見たことある気がする、誰かの白い背中が映る。
「くそっお前――っ……れ……クソ……ね……」
何かが聞こえた気がしたけれど、あたしの意識はそこで途切れた。
びちゃ。
「っ!?」
頬に当たる冷たい感触に目を見開くと、遠のこうとしていた小さな体が振り返った。
ひゅ、と息を吸い込む。
「っ……」
止まっていた筈の涙が、ぽたぽたと地面に吸い込まれる。全身が震え、言葉にならない。
「ひっ……くっ、ふっ……っん、で……っ」
なんでっ…………あなたが…………。
一歩近づこうとした男は、あたしの体がビクッと跳ねたのを見て、その場にしゃがみ込んだ。
「……ん~と……遅れちゃって、ごめん……?」
その言葉で、手紙で呼び出していたことを思い出す。
「っ……お、そぃの、よ…………ばかぁ…………」
顔を覆って泣き出したあたしの頭に、ぽんぽんと、優しく手が触れる。
「……ん……」
あたしがずっと敵視していたその男は、あたしが泣き止むまでずっと頭をぽんぽんしてくれた。
「……じゃあ……あたしの家、ここだから……」
「うん」
薄暗い中、終始無言ではあったが、家まで送ってくれた男の顔を改めて見つめる。
リクくんの幼馴染である、斎藤伊吹くんを。
「……明日、病院にでもいってきなね~、……ちょっと、赤いから~」
「っ……」
彼の、首を傾げた仕草に心臓がきゅっと高鳴る。真っ赤になった顔を見られたくなくて咄嗟に目を逸らすと、彼の声が耳朶を打った。
「ん~……じゃあ、僕はこれで」
「まっ! っ……て……」
「ん? なに~?」
手を伸ばせる距離に立ち止まった彼が、口をぱくぱくさせるあたしを黙って見守ってくれる。
どうしてだろう。たったそれだけなのに、堪らないほど、心が熱くなる。リクくんにすら、こんな風になったことなかった。
こんな、こんな……口から飛び出てきそうなほど心臓がばくばくして、彼の眼差しを受けるだけで泣きたくなる気持ちには。
「あ、たしっ……ご、めん……なさぃ…………」
震える唇でなんとか言葉にしたものの、反応がなく、おそるおそる面を上げれば、きょとんとした表情とぶつかる。
その瞬間、ストンと胸に落ちた。
彼は…………あたしがしたこと、知らないんだわ。
そもそも、カフェで会ったことも覚えているかどうか。いや、あれだけ嫌な態度をとっていたのだから流石に記憶に残っているだろう。
時間が巻き戻るなら、絶対にあんな態度取らないのに。やり直したいと、心から思う。
謝罪の意味が伝わらないのなら、それはあとにしよう。
「あ、の……助けてくれて……本当、に……あり、がとぅ……っ、ござい、ましたっ……!」
しゃくりあげそうになりながらも言い切ると、達成感と共に恥ずかしさが生まれる。
「うん。……じゃあ、またね~」
っ! また!? またって言ってくれた……!!
ばっと顔を上げると、遠ざかってゆく背中が見える。
「っ……っ……は、はいっ……! ま、またっ……お話しさせてくださいっ!」
声が聞こえたのか、ぐるりと振り向いた彼がこてんと首を傾げる。
「え? ……僕と?」
何度も顔を縦に振るあたしを見て、ふぅん? と不思議そうに呟く。
「ん~……うん、いいよ~。じゃあね~」
「はっ、はい! ありがとうございました!!」
「ん~」
小さくなる背中が完全に消えるまで、その姿を目に焼き付けるようにずっと見続けた。
いつか、いつか……あの背中に、触れられるようになりたい。
……図々しいとは、解っているけれど。
友人との間で作ったお話なのですが、メモ的な意味で連載して残そうかなと思い、投稿しました。
ほんの少しでもお楽しみいただければ幸いです。
読んでくださってありがとうございました!
夜、二話目もアップしたいと思います。