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マスターのお宅訪問

 マスターの家は、私の勤務先であるぱんどらのすぐ裏手。店の横の細い路地を入っていったところにある、ごくごく普通の建売住宅のような一軒家である。……少しだけ他の家と違うのは、家から各方面に向けられた監視カメラと、窓という窓にはまった白い格子状の鉄格子だろうか。


 マスターにはトークアプリであるココアで、お土産があるので伺っていいか、と聞いたところ、「オッケー♪」と看板を持ったゆるい感じのむっちりウサギのイラストが返信された。実は店には通っていても、家を訪問するのは初めてである。何となく緊張する。

 通りすがりである自宅に一旦立ち寄り、自分のチョコと返す目的に購入した本だけ置いて、私はそのまま店の方まで歩いていく。自宅から徒歩十分圏内にバイト先があるのは私にとっては大変恵まれているのだが、最寄りの私鉄駅からぱんどらまでは二十分以上はかかる。ちっとも最寄っていないので商売的には不利な気もするが、ご近所さんとたまたま散歩で通りかかった人相手でも結構成り立つようだ。田舎では車で十五分圏内はご近所感覚なので、都会の人も徒歩三十分以内は最寄りという感覚なのかも知れない。


 路地を入ってマスターの家のインターホンを鳴らすと、カメラライトが光り、「はいはーい」と声がして一分も経たないうちに扉が開く。


「小春ちゃんお疲れ様、さあどうぞどうぞ」

「お邪魔します」


 相変わらず二十四時間体制で無駄に破壊力のある美形であるが、今日は珍しく長い髪を結んだ上でバレットで上げている。そして何故か割烹着である。


「さっきからお菓子のいい香りがするのでお店用のケーキでも作っているのかとは思うんですが、なんで割烹着なんですか?」

「あらやだ、割烹着をバカにしないでちょうだい。これ服の汚れがフル防御出来て便利なのよ。母さんが使ってたお下がりだけど」


 案内されたふかふかのグレーの絨毯が敷かれたリビングダイニングはかなり広めだったが、壁にかかった大きなテレビとそれを囲むように設置された皮のソファーとローテーブル以外は、椅子を四つ置いたマーブルっぽい木目調の食卓テーブルだけ、というシンプルだがお洒落なものだった。私の狭くてボロい一Kのアパートとは空間の使い方が違う。

 ソファーに案内され少し待っていると、マスターがキッチンから戻る。


「今日はコナにしてみたわ。焼き立てのチーズケーキもあるから食べてって」

「ありがとうございます。でもお土産持って来たのに却ってご面倒かけてしまってすみません」


 そう言いながらも、コーヒーとケーキの甘い香りにへら~っと顔が緩む。こちらも、とチョコレートを差し出し、ベイクドチーズケーキを美味しく頂きつつ、本日の成果を報告する。


「……まあそうよね。簡単に住人や家族の個人情報ほいほい渡してたらマンションの管理会社としては最悪だものねえ。ま、連絡先を渡せたなら上出来よ。これで連絡が来なければ久松さんも納得してくれるでしょ」

「私の個人情報は漏洩しまくりですが」

「名前と携帯番号だけでしょう? それもお姉さんが拡散するとも考えにくいし。万が一何かあれば携帯は責任持って新しいのに買い替えたげるから」


 マスターはそう言うと、オーブンの様子を見に戻った。帰る前のついでで、お手洗いを借りますねー、と声をかけてトイレに向かうと、どなたか知らない女性の生霊が天井近くにいて一歩引いた。だがかなり影は薄く、恨みの念はない。ただ執着の念が感じられる。これもマスターに想いを拗らせてしまった人なのだろう。生霊は本人が飛ばしたくて飛ばす訳ではなく、基本無意識に湧き出ているのが殆どなのである。

 小声で祖母がしていたのを真似てお祓いの言葉を呟くと、その女性はふっと掻き消えたように姿が見えなくなった。私の中途半端なお祓いで消えるのなら大分昔の念なのかも知れない。ただ、また現れたとしても心配するような害意はなかったので問題はない。ない、と思いたいだけかも知れないが。


(……でも、マスターが夜トイレに行けなくなったら可哀想だし、これは内緒にしておこう)


 手を洗いながら、鏡の後ろの窓にも白い鉄格子がしっかり嵌っているのが見えて、でも生きている人間の方が恐ろしいんだよねやっぱり、などと考える。こんな要塞のような家の中でしか安心して生きて行けないマスターは、どんなに過剰なまで顔に恵まれていようと幸せとは言い難い。

 つくづく、普通で良かった、と自分の平々凡々な顔を眺めつつも、まあもう少し美人で愛嬌があれば就職がね、うん、などとも考えたりする。

 人間というのは業が深いものである。





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