青年軍事教育都市~御陵台島~の出来事2
”ボコボコボコ・・・”
8月15日深夜2時。黒いマリンスーツを来た2人組が水切海岸の岸壁に上陸した。打ち付ける波の音が入り組んだ海岸の中で反響し、周囲の静寂をかき乱している。
「ふぅ…コードA、そっちは大丈夫」
「ああ、大丈夫だ、コードB。さて、今回のターゲットは誰だったかな。」
「ITSURI HAMASIRO。」
コードBは小さな紙を手渡す。コードAはアルファベットで書かれた名前を読み上げ、顔写真を見て顔をしかめた。
「はぁ~。こんなちょいぽちゃお嬢さんがターゲットなのか?」
「生きて捕縛が条件よ、コードA」
「アイアイサー」
二人は服を着替え、足早に北と南に立ち去って行った。
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今日は8月22日、登校日。世間一般では夏休みのはずだが、ここ御陵台島の学校では体力および知能低下を防止するため、8月でも週に3日は登校必須となっている。加えて、その中の午後は毎日が運動機能強化、世にいう体育の時間だ。もちろん、これでも全国から5%の選りすぐりだから、ほとんどのものが運動は苦にしない。一方、工作活動やメンテナンス等、体力に依存しない裏方メンバーにとっては、ただの拷問の時間だ。
38度のうだるような暑さの午後は、決まって長距離走が組まれる。内神轍は、目の前をどたどたと走る女に呆れていた。
「おい浜、お前もう何周遅れなんだ」
「うっさいわね。ちょっと後ろから押しなさいよ。」
「痩せればいいだろ、痩せれば。」
「くたばれ!あぁ・・・あれは、チーズインハンバーグ・・・」
よろよろと浜崎はへたり込む。遠くから教官の笛の音が鳴り響く。
「浜城、がんばらんか!まだ2kmしか走っとらんぞ!」
浜崎逸利。こいつは国家も恐れる電子工作員、まあ、天才ハッカーのようなものだが、頭の中のハードディスクはどうも95%ぐらい食べ物で埋まっているようだ。目標距離5km(ちなみに、女子は通常8kmのところ、こいつだけ特例措置だ)にもかかわらず、完走できないどころかいつも途中で食い物の幻影を見てリタイアしている。本当にこいつは戦場で生きていけるのだろうか・・・。
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長距離走が終わり、シャワーを浴びて着替えた内神と馬目木は、教室に戻って下校時間までの暇つぶしにゲームをしていた。教室はクーラーも効いていて気持ちよく、他の生徒も昼寝したり、本を読んだりと思い思いの時間を過ごしていた。
その時、浜崎が息絶え絶えにぐったりした状態で教室に入ってきた。時間の限界(タイムアップ=リタイア)まで走り続けさせられるから、いつも最後に教室に帰ってくる。席にそのまま着くのかと思いきや、そのまま内神と馬目木の席にふらふらになりながらやってきた。
「おい、お前ら。今日は何の日だかわかる?」
「ん?」内神と馬目木は互いに顔を見合わせる。
「今日は週に一度の予約抽選+一人一個限定、”女王の食パン”の販売日だ。お前たちに命令だ、私と共に買え。そしてそれを私に差し出すのだ!」
先程のへろへろな様子から打って変わり、浜城の妙に元気な声が教室に響き渡る。
「は?だけど、あれってオンラインで申し込まない、加えて抽選で当たらないと買えないんじゃ・・・」
「大丈夫だ、馬目木。」おもむろに浜城は携帯を取り出し、操作する。すると、内神と馬目木の携帯が震えると同時に、QRコードが突然表示された。
「は、勝手に画面が変わった!てか、ボタンを押しても何もきかねぇ!電源も切れない!」
「そうだ、任務が終わったら自動的に解除される。諸君、出撃だ!」
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夕方5時だというのにまだ33度もある。3人は華南目町の商店街を通り抜け、細い路地裏を抜けて島の外側の海岸通りを歩いていた。潮風も生ぬるく、汗と混じってかなり気持ち悪い。またシャワーを浴びたくなってきた。
「あ、あれだ!」浜城はうれしそうな声を上げて、早速店の外の列に並んだ。
「たかが食パンだろ。しかも1斤を3つも買って、お前これ食べきれんのか?」内神は浜城に声をかけたが、浜城はガラス越しにパンの焼けるオーブンを目を輝かせて見つめている。
「あぁ・・・この小麦の香り、たまらんですな~」
10分ほどすると、順番が回ってきた。店頭でQRコードを読み込ませると、その場で袋に入った1斤の食パンが手渡される。そして、携帯が突然普通のホーム画面に戻った。
「なんでそもそも俺らが付き合わなければならなかったんだ?ほかにも女友達いるだろ?」
「理由その1、この前の車両情報・輸出入管理情報の提供に対する報酬をもらっていない。その2、長距離走後にここまでついてきてくれる女子はいない、その3、お前らのその余り余った体力と暇な時間を有効活用したかったから・・・だ。」
「・・・」
こういう時だけは妙に論理的に回答してくる。3人は受け取ったパンを持ち、元来た道を戻り始めた。うだるような暑さが続く・・・。
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海岸通りから路地裏に入り、間もなく商店街に抜けるかといったところで、突然車が目の前で立ちふさがるよう、急ブレーキの音をたてて停車した。
「なんだ?」馬目木が驚きの声を上げた瞬間、車のドアが開くと同時に一人の男が突進し、馬目木のみぞおちにフックを浴びせ、そのまま顎を打ち抜いた。
「馬目木!」内神は銃を抜き応戦するが、男は車のドアに隠れ、応戦してくる。
「やめてっ!」
少し離れたところで、一人の女が浜城に飛び掛かり、首筋を殴打し気絶させて車の後部座席に無理矢理押し込んだ。
「浜城!」
車が猛スピードで遠ざかっていく。伸びた馬目木の介抱をし、続けて携帯からGPS情報を添付しメッセージを送った。
”浜城が男女二人組にさらわれた。車の特徴は・・・”
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翌日、内神と馬目木は午前に警務部の事情徴収を受けたあと、いつものファミレスに来ていた。
「まだ浜城の居所が分からないらしいな。」馬目木はメロンソーダを飲みながらため息をついていた。「それにしても、あいつらの動きは間違いなくただものじゃない。」
「そうだな。身のこなしといい、応戦してきたときの銃の腕前といい、間違いなく戦闘に慣れた人間の仕業だな。」内神もメロンソーダにアイスクリームを溶かし込みながら、静かにため息をつく。
昨日の夕方、浜城がさらわれた後、すぐに警務部が町中に検問を張り巡らせ、内神がメッセージで送った情報をもとに、街中にある防犯カメラの情報を解析。結果、1時間後に北東約20㎞ほど離れた場所で車は発見したが、既にもぬけの殻となった後だった。
学校はたちまち大騒ぎになり、緊急校長会が開かれ、教官は全員捜索に駆り出され、捜索活動に全力をあげている。島の警務部も同様で、本州からの支援も要請している状況だ。浜城逸利の頭脳の失踪は、この島、いや、この国にとって重大なリスクをはらんでいる、ということなんだろう。
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薄暗い小屋の一室の片隅で、浜城は静かに三角座りをし、俯いていた。持っていた携帯やパックパック、もちろんパンも全て取り上げられている。
鍵のかかった扉の向こうから、男が問いかけてきた。
「この携帯、いろんなアプリが入っているね。なになに、戦闘機や戦闘車両のリアルタイム位置情報に、補給物資の配備状況。お、この島の監視カメラ情報に銀行口座のハッキングツールまで。非常に興味深い。もちろん、ここの外部ネットワークには繋げていないから、ここの場所を特定することはできないけどな。」
「私をどうするつもり?」
「んー、そうだな。ちょっとばかりこちらの国で働いてもらう形になるかな。もちろん、丁重におもてなしするよ。君のその頭脳は素晴らしいって専ら評判だからね。もちろん、この食パンよりもおいしいパンも準備させていただく。」
「コードA、余計なおしゃべりはするな。」奥から女の声が聞こえる。
「はぁ、こんな仕事したくはないんだがねぇ。ま、本国についたら、えーと、浜ちゃんだったかな、一緒にお食事にでも行こうね。あ、お腹すいたら教えて、食事はいくらでもお持ちしますからね~。」
「・・・。」
男の足音が遠ざかっていく。浜崎は静かに下を向き、脚の間に顔をうずめた。薄ら笑いを浮かべて・・・。
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8月24日、事件から2日が経った。相変わらず警務部や学校の教師は創作活動に全力をあげている。内神と馬目木も島内を電動スケートボードで巡回していた。
島の東側の外周にある道路を走っていた時、急に内神の携帯が震え始めた。
”Yahho...Uchi-shan, How are you? I want to eat Daifuku! Motte-koi!”
”おい、浜城、どこにいる?”
”Kitanai-koya. GPS XXX.XX.XX,XX YYY,YY,YY.YY Daifuku Wasurezuni. A, Jikan ha yoru 8ji ne”
”今すぐ行く”
”Mate Mate, Hokano Warui yatsuramo Kururashii. Barenai Youni Koiyo. 8ji is best da. Ato, Daifuku, wasureruna.”
”Sousou, ato, kono message ha tenso suruna. tekini barerukara na.”
内神は馬目木にメッセージを画面を直接見せ、顔を見合わせた。
「じゃあ・・・馬目木、まずは大福を買いに行くか。あいつはふざけてるぐらいピンピンしてるらしい。」
「そうだな。でも、なんでこんな変なメッセージなんだ。」
「さぁ、おそらく携帯とか電子機器は取り上げられているだろうからな。なんか変な方法で信号を送ってきてるんだろう。」
送られてきたGPSの情報をマップアプリに入れ込むと、そこは島の南東の入り組んだ海岸だった。周囲には何件か海辺にロッジハウスが立てられている。この島が軍事訓練用に作りかえられる前からあった、寂れた保養施設の一帯だ。
「では内神ちゃん、大福買いに行くの頑張ってね。俺は警務部に一言伝えてくるから、じゃあな」
「え、待てよお前、ずるいぞ!なんで俺が大福係なんだ!」
蝉の声が響き渡る中、こんな状況下でも大福を欲する浜城の神経の図太さに畏怖の念を覚えながら、内神は島の北東にある、水切町の大福屋に向かうことにした。
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夜8時、男はマリンスーツを片手に、鍵のかかった部屋の中を覗き込んだ。視線の先では、浜城が足をカタカタ揺らしながら、下を向いている。先程差し入れたパンは半分程度しか食べていないようだ。
「さあ浜城さん、申し訳ないがいまからこのマリンスーツに着替えてくれないか。いい子だから抵抗はしないでくれよ。」
男はさっと扉を開け、マリンスーツを中に投げ入れた。
「サイズは少し小さいかもしれない、我慢してくれ。潜水艦についたらすぐに着替えられるからね。15分後に出発だ。」
「・・・」
浜城は手に取ったマリンスーツを見て、そのまま床にそっとおき、静かに呟いた。
「大福ちゃんと買ってきてくれたかな。」
ロッジの外では、女が海に置いている個人用潜水機のチェックをしていた。男がコーヒーを片手に話しかける。
「コードB、どうだ、準備の方は。」
「潜水機のエンジン始動確認。彼女の私用品も全て収納したわ。」
「そうか。潜水艦との交信は。」
「問題ない、ここから東側20海里のところで待機中。」
「さあ、では帰るとしますか。」
ロッジに男が戻ろうとした時、微かに草むらが動く音を感じ取る。
「伏せろ、コードB!」
拳銃から弾丸が放たれる。女は潜水機の陰に隠れ、すぐに応戦を始めた。
別の草むらからは、空気を切り裂いて黒い鞭が男を目がけて襲い掛かる。男は警棒ではじき返しつつ、海辺の女の方に向かっていった。
「どうしてわかったんだ、この場所が。」
男は草むらに向かって叫んだ。
「なんでだろうな、お前が監禁した奴に聞いてみればいい、聞けるもんならな。」
絶え間なく馬目木の鞭が地面を打ち付ける。男は地面を蹴り回避しつつ、潜水機の方へ近づいた。
離れた場所から投光器が男と女にライトを当て、闇夜の中でシルエットを浮かび上がらせた。男と女はそのまま背中から海の方に入り、真っ黒な海の中へ消えていった。
「浜城!」内神は鍵を拳銃で打ち抜き、ロッジの中の小部屋に入った。
「よっ、お疲れ様!さぁて、いまから大福のお時間ですね~。お腹すいた~。」
・・・いつもの浜城、本当にこいつは今まで監禁されていたのだろうか。内神は呆れ果てた顔で、ウエストポーチに入れた大福を浜城に放り投げた。浜城はおろおろしながら受け取り、早速ぱくっと大きな大福を半分かじりとった。
「なあ、浜。お前どうやってこの場所を伝えられたんだ。携帯とか全部持ってかれただろう?」
浜城は口をもぐもぐさせながら、足踏みをしてみせる。
「この靴の中にさ、歩数計測用のセンサーが入ってるんだよ。ま、普通はただの歩数計だけど、これは私のスマホとかタブレットとかとも連動してるって訳。メッセージとかコマンドはこの足踏み・・・ま、簡単に言えばモールス信号みたいな感じでインプットできる訳よ。ま、さすがに連中も私のスマホと外部回線との接続を切ったみたいだけど、まさか自分たちの携帯がbluetooth経由でハッキングされてるとまでは思ってなかったようね。あー、大福おいしい・・・。」
浜城は近くに転がっていたお茶のペットボトルを開け、一口飲んだ後、すぐさま大福2口目にうつる。
「そうか、でもお前の大事なスマホとか、全部とられちまったな。まあ無事でなによりだけど。」
「ん、ああ、いいのよ。あんなのいくらでも代えがあるし、全然気にしてない。それに・・・」
「それに?」
浜城はのこった大福を口に放り込み、薄っすらと笑みを浮かべ呟いた。
「人のものを盗ったりするドロボーさんは、必ず報いをうけるんだから。」
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外海に待機していた潜水艦に到着した男と女は、そのまま艦長の元へ向かっていた。
「あ~あ、これはこっぴどく叱られそうだな、コードB。」
「・・・まあ、敵情視察という観点ではそれなりの収穫だったんじゃないかしら、コードA。」
「まあな、サンプルも持ち帰ったし、今回は減給ぐらいで見逃してほしいもんだ。あとは我が国のヴァーチャルな世界の住人に調べてもらいましょっと。」
男は傍らに抱えたカバンをポンポンと叩きながら、狭い廊下の中を歩いていた。
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「なあ、理事長。本当に撃たなくてよかったのか?」
遠く離れた崖の上で、男はスマホ片手に月を見上げ、寝ころんでいた。傍らにはいつものM110SASS狙撃銃が、黒光りをしながら銃口を海辺に向けて佇んでいる。
「ああ、S。君は万が一の時に浜城だけ助ければよかったんだ。あの2人がうまく撃退したからな、それで十分だ。」
「ふーん、あのふたりを生け捕りにしてもよかったんじゃないか?そうすりゃどこの国の阿呆か調べられただろうに。」
「ははは、君は浜城を少し舐めているようだね。」
「なに、もしかして・・・」
「浜城は、すごく今回の事件を楽しんでいるようだったよ。彼女には申し訳ないが、全くもって似合わない、突然車で連れ去られる悲劇のヒロイン役。二人の家来が迎えに来てハッピーエンディングという訳だ。」
「・・・そして、さらにわざとあいつのスマホという危険物を持たせて、泳がせようってことか・・・。」
男は電話を切り、傍らにおいてあったロイヤルミルクティーを一口飲んだ。銃を鞄にしまい込み、近くに止めてあったレンジローバーに乗り込むと、夜の峠道を、オーディオの音を爆音にして走り去っていった。
おわり