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夏氷

作者: ナイン

「ねえねえ」


そう言って彼女は僕の肩を叩いた。


「ん?」


僕は彼女の方へ振り向く。すると、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


「私さ、いい事考えちゃったんだよね」


僕は嫌な予感がしたので、無視して歩き続ける。

こういう顔をしたときの彼女はろくな事を考えない。無視が最善だ。


「ちょっと、何で無視するのさー」


彼女は僕の肩を掴んで力一杯握る。

彼女は見た目だけは女の子らしいが、なぜか握力だけはそこら辺の男共よりも強い。もちろん、僕よりも強い。


「いだだだだ、分かった分かった!!話聞いてやるよ!」


そう言うと、彼女はふふんと笑って、僕の隣に来て、歩きながら話し続ける。


「今日は何月何日か分かる?」


「分かるよ。7月25日だろ?それがどうした」


「じゃあ、7月25日って何の日か知ってる?」


「は?んー……」


そう言われて考えてみる。しかし、何も思いつかない。

こういう時は大抵語呂合わせなのだろう。例えば、「7月10日は納豆の日」みたいな感じだ。

しかし、7月25日に関しては何も思い浮かばない。


「すまん、全く分からない……」


「んん、知らなかったか。『ナツゴおり』でかき氷の日に決まってるじゃん」


「いや、そんなの分かるかよ……」


さすがにそれは無理矢理過ぎる。そう思いながらスマホで調べてみると、確かに『ナツゴおり』と出てきた。これを考えた人の頭の中を知りたい気分だ。


「で、それがどうかしたのか?」


「む、この話の流れから気付かないの?」


そう言って彼女は僕の方をじっと見つめる。隣にいる彼女をチラッと見ると、目を輝かせている。

僕は「はぁ……」とため息をつくと、先ほどよりも速く歩く。


「分かったよ、かき氷な」


「いえーい!さすが、分かってるねえ!」


彼女は嬉しそうにスキップしている。

そんな中、僕は財布の中身を心配していた。






☆☆☆






僕たちが住んでいる所は田舎だ。故に、かき氷屋さんなんて存在しない。

しかし、今は夏だ。この季節にはかき氷屋さんがやって来るイベントがある。


「いやー、お祭りなんて久しぶりだよ」


そう言いながら彼女は目を輝かせながら屋台を見渡す。

僕たちが住んでいる田舎でも、お祭りは行われる。年に1回、ちょうどこの時期だ。


「僕も久しぶりに来たよ。こんなに人が来るんだな」


「そりゃそうだよ!だってお祭りだよ?今日で学校は終わり。明日から長い夏休み。きっと、他の街と比べたらお祭りの時期は早いんだろうけど、逆に今から夏休みが始まるんだってワクワクするよ!」


まるで小学生かのようなはしゃぎ具合だった。一緒にいる僕は、多少の恥ずかしさを覚えた。周りの人達が彼女の発言を聞いてクスクス笑っていた。


「ねえねえ、早く行こうよ!」


そう言いながら彼女は僕の制服の袖を引っ張る。

引っ張られながら僕は彼女と共にお祭りに来ているという事実に優越感を感じていた。


彼女は誰とも壁を作らずに接してくれる。優しい心の持ち主で、彼女の事が嫌いだと言っている人を聞いたことないくらい、男女問わず好かれている。おまけに可愛い。

きっと、2年連続で同じクラスになって、委員会まで同じにならなければ僕と彼女はここまで仲良くなれなかっただろう。


1番楽そうだからという考えで選んだ委員会。しかし、1クラスにつき男女1名ずつしか選ばれない。勿論、クラスの男子は全員入ろうとしたが、くじの結果、僕が選ばれた。


そんなこんなで僕と彼女に接点が出来て、今に至るのだが、なぜ彼女は僕と共にお祭りに来ようと思ったのか。成り行きで来てしまったが、今でも謎である。

しかし、彼女の楽しそうな表情を見ると、その考えは全て吹き飛ぶ。


「あ、私射的やりたい。一緒にやろ」


「あ、ああ……」


そう言いながら彼女は屋台のおっちゃんにお金を渡して射的用の銃を受け取る。そんな彼女は普段の学校で過ごしている時よりも生き生きしているようだった。


「おう兄ちゃん。兄ちゃんはやらないのかい?」


「あ、はい。やります!」


そう言って、僕はお金と引き換えに射的用の銃を受け取った。






☆☆☆






「いやー、私の3勝0敗かぁ。私の方がお祭りマスターだったみたいだねぇ」


射的の他にも、金魚すくいと型抜きで遊んだが、僕は全て全敗した。射的は一個も命中せず、金魚すくいは1回で網が破け、型抜きは最後までやり遂げることができたが彼女の方が早く完成させていた。


「今日は私の勝ちだね。という事で!!」


彼女は勢いよくある屋台の方を指差した。そのお店はかき氷屋さんだった。


「お待ちかね、かき氷!!」


そう言うと、彼女は楽しそうにスキップしながら屋台へ向かう。僕もそれについて行く。


「いちごシロップでいい?それともメロンとかの方がいい?」


「ん?僕はいちごかな……」


「了解!!私もいちごにしよ!!」


そして、彼女は僕より先にお金を払い、かき氷を2つ受け取った。


「はい、どうぞ!」


「ありがとう。いくらだった?」


僕は彼女からかき氷を受け取り、ポケットに入れてあった財布を取り出そうとする。

しかし、彼女はポケットに向かう僕の手を掴んだ。


「いや、これは私からの奢りだよ」


「え?それは申し訳ないよ。さすがに払うよ」


「いやいや、奢らせて。その代わり、今度私にご飯奢って」


「まあ、そう言うことなら……」


そんな会話をしながら僕たちは座れる所を探す。かき氷屋から少し歩いた先に座れる所を発見し、2人で座る。


「「いただきます」」


かき氷なんて久しぶりに食べる。

そもそも夏にしか食べない上に、お祭り以外で買うことはない。僕の人生において、かき氷を食べた記憶は幼い頃の数回程度しかない。


「うっ」


つい、声を漏らしてしまった。かき氷ってこんなに冷たかったっけ?頭がキーンとなっていて痛い。


「ははは、何その顔!」


頭痛を我慢している僕の顔が相当面白かったのか、彼女は食べながら笑っている。彼女は頭が痛くならないのだろうか。


「いやー、美味しいねえ。私、かき氷がこんなに美味しいなんて思っていなかったよ」


それはその通りだと思う。氷にシロップをかけただけなのに、何故か美味しい。不思議な食べ物だ。

彼女はとても幸せそうに食べている。頭痛に悩まされている僕とは大違いだ。


「どうしてかき氷を食べると頭が痛くなるんだろうね?」


彼女は急に僕に問う。


「んー、何でだろうな」


そう思い、スマホを使って調べてみる。そこには僕たちではあまり理解しづらいような内容が書かれていた。


「生物を勉強している人だったら理解できてたのかな?」


「多分ね。お互い物理選択だし、生物なんて1年以上勉強してないや」


その後は、お互い無言でかき氷を食べ続ける。ネットにはゆっくり食べれば頭痛を抑えられると書いてあり、先ほどその記事をお互いに読んでいた。試しにゆっくり食べてみると、確かに頭痛は抑えられている気がする。あくまでも「気がする」だけかもしれないが。


僕が食べ終わる頃には、彼女も既に食べ終わっており、僕の顔をまじまじと見ていた。


「……何か食べづらいんだけど」


「私は気にしなくていいから。あと少し食べちゃいなよ」


そう言われても、何となく食べづらい。僕が食べるのを渋っていると、彼女は自分のスプーンで僕の残っているかき氷をすくった。


「私が食べさせてあげるよ」


「……はあ!?」


つい、反応が遅れてしまった。からかわれているのだろうか。


彼女はニコニコした表情で僕が口を開けるのを待っているようだ。周りに人もいるし、恥ずかしくて仕方ない。


「あ、あの……」


「何?」


「凄く恥ずかしいんですけど……」


素直に気持ちを伝える。すると、彼女も我に返ったのか、一気に顔を真っ赤に染める。


「ご、ごめん……」


何か、凄く気まずい雰囲気になってしまった。その後、しばらくするとお互いに笑った。


「ははは!……何か、可笑しくなっちゃったね」


「そうだな」


お互いに仲が良い。少なくとも僕はそう思っている。そんな中でも、こういった雰囲気になってしまった時に笑える関係で良かった。普通の男なら騙される所だった。


僕は彼女のスプーンを受け取り、最後の一口を食べる。そして、お互いに立ち上がる。


「そういえばさ、最後に花火やるよね?見に行こうよ」


「そうだな。どこか見やすい所あるかな?」


「それなら、この先に高台があるんだけど、そこが見やすいって友達が言ってたよ」


「じゃあ、そこに行くか」


そして、僕たちは高台へ向かう。しかし、動き出しが遅かったのか、歩き始めて少し経った頃に花火が始まってしまった。


「始まっちゃったね」


「どうする?ここで見るか?」


「うん、そうしよう。別に見にくいわけじゃないし、むしろさっきの場所よりは見やすいもんね」


そこで見た花火はとても綺麗だった。


ここが田舎だからかもしれないが、空が真っ暗なため、花火がとても綺麗に映る。都会では中々味わえない、田舎ならではの特権かもしれない。


「綺麗だね」


「ああ……」


綺麗すぎて、僕たちの語彙力が無くなってしまった。そのくらい今見ている花火が綺麗に見えていた。


つい花火に見とれていると、僕の手を誰かが掴んできた。掴んできたのは隣で見ていた彼女だった。


「お、おい……」


何で手を繋いできたの?


そう言おうとして、やめた。それを言ってはいけない気がした。


手を繋いできた彼女の手はとても冷たかった。先ほどまでかき氷を食べていたからだろう。きっと、僕の手も冷たいと思う。彼女もそれを感じていることだろう。


お互いの手は冷え切っている事だろう。しかし、僕は冷たいと感じながらも、心が温かくなるのを感じていた。


花火を見終わった後、どうなるのだろうか。お互いの関係は変わってしまうのだろうか。


未来の事は僕には分からない。


関係を変えないという選択肢もあるのだろう。


でも、きっと変わっていくのだろう。


こうやって、世界中にいる人間の関係が変わっていく。


こうやって変わっていく関係を、何と呼ぶのだろう。


彼女が僕をお祭りに誘った時から、もう関係は変わっていたのだろう。かき氷の話題が出た時から、きっと変わっていた。


冷たく、でもなぜか温かい。そんな彼女の手を繋ぎながら、僕は彼女の方を向いた。すると、彼女も僕の方を向いていた。


「手、冷たいね。かき氷持ってたからかな?」


「ああ、きっとそうだな」


そう言って、僕は彼女の手を強く握った。彼女も握り返してくる。


そして、もう一度彼女の方を向いた。


彼女の顔は真っ赤に染まっていた。まるで、いちごシロップがかかっているか疑ってしまうくらい真っ赤っかだ。


「いちご味にしてたもんな……」


「何?何か言った?」


「ん?ああ、何でもないよ」


「何でもないって何さ!!」


そう言ってお互いじゃれ合う。


きっと、あと数時間もしたら僕たちの関係は変わってしまうと思う。


良い方向に進むのか、悪い方向に関係が進んでしまうのか、今の僕には分からない。


それでも、今だけはこの時間を楽しませてほしい。


いちご味のかき氷のような、甘い時間を。


お久しぶりです。


本当は7月25日に投稿する予定の話でした。しかし、気付いたら過ぎていたどころか、夏も終わっていました。


最近寒くなってきていますので、体調管理には気をつけてこれからお過ごしください。


では、また次のお話で。

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