4話
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午後5時半、一般業務は終わって必要業務以外は退社になる。
由香たちの新入社員はもちろん退社して行くが、大輔はココからまだ一時間ほどは業務が残っている。
付き合いの良い幸宏も、時々は一緒に手伝ってくれるが、今日は美菜が居るので、先に上がってもらった。せっかく一緒の会社に入ったのに、帰りがそれぞれになるのは気の毒では、と言う大輔の気遣いで、断って帰ってもらったのだ。
一緒に帰ろうとする幸宏と美菜を見送った後、右向かいの席には、数人の男子が由香の周りに集まっていた。
「長田さん、この後一緒にご飯どう?」
などと、色んな誘いを受けている真っ最中である。
困りながらの苦笑い的な笑顔が少し可哀そうな気がしたが、大輔はまだ残った業務があり、声を掛けているのは、同僚でもほとんど先輩なので、声も掛け辛い。 しかも現在進行形で、変な噂の立つ男からの声掛けなどは、先輩の怒気を買う事は必至だ。
だが、由香が相当困ってきている状態になって来ているのを見て、意を決して口を開こうとした時に。
「あんた達、ちょっとうるさいから、さっさと散ってくれる?」
「!.....」
そこにこの声を掛けたのは、大輔の向かいに座る 恵 の言葉だった。
この鈴木 恵 も大輔と一緒で、業務が残っており、殆ど一緒に残業をしている、仲間だ。
しかも、恵の性格は周りに全く流されない性格。 今の大輔にとって、唯一普通に会話が出来、信頼している先輩OLだ。
言いたい事は、たとえ上司でも、ズバッと言い返す。しかも、理不尽な事では無く、的を得ているので、相手は反論できない。ある意味、正義の味方女史だ。
「ちょっとくらい良いじゃないですか、鈴木さん」
そう言う声も...。
「あのね、わたしと細井クン、まだ仕事中なの。 続けるならあっちでやってくれる?...、あ、でも、長田さん困っているみたいだから、解放してあげなさい」
「でも、俺たち...」
この男子の言葉に、恵が若干のイラつきが出始めたのか。
「早く帰ってくれる!!」
この恵の言葉に、男子達は一気に怯み、由香の周りからそそくさと去って行った。
「ありがとうございます、助かりました、鈴木さん」
「いえ、いいのよ。わたしも、気が散るから。 って、家で子供が待っているから、私も早く終わらせたいの、それに夕飯の支度もあるし、あなたも終わったのなら、早く帰りなさい」
「え~~っと...、は、はい...」
そう言いながら、由香は、チラッと大輔の方を見て。
「あの、だい...、細井さん」
呼ばれた大輔は、PC画面から目線を由香に合わせた。
「待っているんで、帰り一緒でもいいですか?」
由香のこの言葉に大輔が驚き....、少し考えた後。
「それは俺ん家と、長田さんの家が近いから、ボディガードしろって事ですか?」
「.....」
一瞬の間があったが。
「はい、そうです。お願いします」
と言う返事が返って来た。
「分かった、後30分くらいで終わるから」
そう言った後、大輔はまたPC画面に視線を戻し、作業に集中した。
それを恵が横目で見て、なぜか溜息をついたように見えた。
△
それから30分後に、恵が。 そして、そのさらに後5分後に大輔の業務が終わった。
「あ~~~!おわったぁ...」
「うふふ、大ちゃんお疲れ。いつもありがとね、手伝ってくれて」
「あ、いえいえ。 オレだってどうせ家に帰ってもそんなにやる事ないんですから、稼げて時間つぶし出来て、一石二鳥ってとこです」
「ごめんね~私の仕事なのに、ホント感謝してるからね」
「いいですよ、そんな...」
「じゃあ私、もうじき旦那も帰って来るから、行くからね」
「あ、お疲れです」
その時、大輔は横から ジト~とした鋭い目線を感じた。
ちょっとだけそっちに顔を向けたら...。
「あの、わたしずっと待っていたんですけど、何二人で盛り上がっているんですか?」
そう言えば、由香を待たせていた大輔が、気まずそうにその返事をする。
「忘れていた訳じゃないからな。 それじゃあ、コレで帰りますね、恵さん」
「あ、そうね。じゃあ後の戸締りとかやっとくから、早く行きなさいな。 お疲れ様」
「はい、お疲れです。失礼します」
「狼にならない様に...」
「またぁ...。じゃあ」
「はい」
その後、大輔は、由香と駅に向かったが、お互いに小腹が空いていたので、由香に了解を得て、ちょっとだけ大輔が最近良く訪れる、ファミレスに寄る事にした。
△
「ごめんな~、待ってる時間退屈だったよな」
「う~ん、良いけど...」
「けど?...」
若干躊躇した由香が、上目使いに小言を言ってきた。
「なぁんか、鈴木さんの事、“めぐみさん”とか、大輔の事、“大ちゃん”って呼ばれていたり、何か...、なんか...、やだな」
「?」
「別に、同じチームなんだから、良いと思うけど」
店員が、マルゲリータピザのⅯと、ノンアルコールビール2つを持ってきてくれた。
「ごゆっくり」
そう言って、店員はカウンターに戻って行った。
「でも、わたしは何かイヤだな」
(それって、“好き”の裏返しの様に聞こえるが.....)
「でも、お前なんか、オレの事 呼び捨てじゃん。男の友人以外で呼び捨てにされるのって、由香だけだぞ」
ちょっとだけ、気分が良くなる由香。
「じゃあ、それで納得しとくから。...、で、今日から大輔と一緒の会社に入った訳なんだけど、何か言いたい事はないの?」
朝からこの事が聞きたくて、待っていたのに、一向に聞いてくれない事に、しびれを切らした由香が、とうとう大輔に聞きただす。
「私の入社、知ってたの?」
「今日、由香がウチに来て初めて知った」
「じゃあ、美菜経由で、幸宏さんから聞いてなかったの?」
この質問には、朝の幸宏との会話を思い出す。
「何か、サプライズとか何とか言ってたな。だから、幸宏は知っていたんだな。ま、当然だろうよ、美菜の叔父さん、ここの専務だからな」
「それじゃあ、幸宏さんて、わざと私の事を黙っていたのね。で、サプライズ? って事かな」
「まあ、そんなところだと思うな...」
「でも...、でもね、わたし頑張ったんだよ...、わたし...」
両手を握りしめ、懇願する様に言って来る姿は、まるで大輔の居る会社に狙いを定めていたかの如くだ。
それを理解して、宥める様に、大輔が。
「そうか....、冷めないうちに、食べようか、由香」
「........、うん」
その後、二人の学生の時からの事など、今までの事を他愛も無く、話し合うのであった。
△
「ねえ大輔って、今彼女とかいるの?」
ファミレスの帰り道、由香が心配そうに聞いてきた。
「いない、と言うよりも、面倒くさい。 オレの容姿だけを見てくる女子なんて....」
大輔は、中学の頃、付き合った学内の人気の女子と付き合った事を思い出していた。
“もう、アクセサリーな付き合いは、御免だ!.......”
イヤな思いが込み上げてくる。 とても思い出したくない出来事だ。
「全く変わってないね、社会人になっても。でも、そんなところ(が好きなのよ、大輔).....、ま、いいか」
「何だよ。 歯切れ悪いな。 それより、初日から散々のモテっぷりじゃないか、由香は」
ふぅ....と、溜息をつきながら。
「確かにモテますよ、わたしは、この容姿ですから」
「ほう、自信がありますねぇ」
「茶化さないの。.....でも、でもね、カワイイから付き合ってって、どれだけ人を馬鹿にしているの?って、大声出して言いたいくらいだわ」
お互いの異性に対する意見は、この事項で合致するのだが、大輔にとって、若いうちの恋愛に、トラウマが残ってしまったのが、大きな恋愛に至らない障害と言えるのだ。
最近では特に、先輩OLの谷川 奈緒 の一件である。
未だに現在進行形の会社でのデマの根源である、去年のあの休憩ルームの出来事が、また蘇って来た。
いつになってもこんなことが繰り返されるのなら、いっそ誰とも付き合わないで、一生を送るのもアリなんじゃないかと、最近は思う様になってきている。
大人になっても、全く変わっていない自分への仕打ちに会い、今回も心情を掻き乱されると思うと、このままではいけない、このまま止まってしまってはいけないと、この状態から抜け出して、次の恋愛に向けて、前向きに邁進して行かなければと、由香の横顔を見ながら思うのではあるが、なかなか前に向く事が出来ないのが実状であった。
△
電車から降り、二人して家までの道のり約10分足らずの道を並んで歩く。街灯が並ぶ明るい通りで。
「明日から2週間、研修だな」
少しだけ溜息混じりに返す由香。
「そうなんだ。 何か憂鬱ぅ.....」
「はは、そんな事言うなよ。 俺たちだってやって来た事なんだ、すぐに終わる。あっという間だぞ」
「え~...、終わった人から言うと、そう思うけど、コレから始まる私達って、なにか不安と言うか...」
「はは、まあ仕方ないさ。 始まってしまえば、一日一日はすぐだぞ」
「えぇ、憂鬱ぅ......。 あ、そうだ!!」
突然声を張り上げて、懇願してくる由香。
「ねえ大輔、連絡先交換しよ!」
「な.......」
いきなりの由香のこの発言に、大輔は驚いたが、その次の言葉に納得した。
「ねえ大輔お願い。 研修での愚痴聞いて欲しいからぁ」
「あ、なるほど。 そう言えば、オレも研修の時には、良く幸宏と夕飯時に食堂で愚痴っていたなぁ...、なんて、去年のいい思い出だ。うん、オッケイだ、交換しようか、そして、思いっきり愚痴聞いてやるからな」
「よろぴくね~」
「なんだそりゃ」
こんな事を話しながら、連絡先を交換していると、先に由香の家の近くまで来た。
「じゃあ明日から暫く居ないけど、私が居ないからって、寂しがらないでよ」
「泣くかも...」
「あはは...」
「「............」」
「じゃあな、頑張って行って来い」
「うん、連絡するから」
「おう、じゃな、おやすみ~」
「おやすみ~」
お互い笑いながら、別れた。




