3話
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「ねえ、あの人よ......」
「え? そうなの? 見た目あんなにイケてるのに~」
「ホント。残念なイケメンと言うか、もったいないイケメンね」
あの休憩室で、三人の女子事務員からの罵倒を受けた日から、一週間くらい経過した。
「何かお前、女子達からエラい噂が出ているな。知ってるか?」
幸宏が大輔に、最近会社内で出回っている、大輔に対するウワサ話の一つを聞いてきた。
「ああ、何となく遠巻きには聞こえてくるが、当の本人のオレには、ハッキリした事までは伝わっては来ないがな」
「だろうな。全部知っていたら、結構凹むぞ。 だが、聞きたいのなら、言うが...」
「イヤいい、遠慮しとくし、分かってしまったら、気になるからな」
大輔は、遠巻きに聞こえる自分への罵倒じみた噂が広まっている事に、薄々感づいては居たが、それをまさか友人から、話が回ってくるなんて、思っても見なかった。
自分に対する女子からの態度などが、この数日で、日に日にガラッと変わった事に、何となくだが気が付いてはいたが、その内容は、全く先日の女子達との会話ではありえないくらいに、尾鰭が付いていた。
その事は、女上司にも知れ渡っているらしく、この会社の女子の殆どが、大輔の事を訝しむ眼差しで見られる様になってしまっている。
その様子を見ながら、陰で不敵な笑みの表情をしているあの三人が、フラれた腹いせに女子ネットワークを使い、社内は勿論、会社に出入りしている他業者の女子達にもその事項を広げていたのだった。
月日がすぎれば噂なんて何ともない...などと、軽い気持ちで日々の業務を坦々とこなしているのだが、その事態は数ヶ月になっても変わらず、最近では、業務的用事以外は全く見向きもされない状態になっていた。
そうなると、さすがに上司たちからも、噂の事を遠回しに聞いくるので、大輔は“そう言う事になっているとは、全く知らない”と、シラを切って過ごすようになる日々が続いていた。
だが実際は、大輔の心情はとても耐えられるものでは無く、今の大輔のメンタルの鎧を崩さないのは、本当の事情を打ち明けて、理解してくれている友人の幸宏と、会社の中では一年目にしては、業務内容を難なくテキパキとこなしている自分が、会社への貢献度と言う、実績が今の大輔のメンタルを保っているのだ。
◇ ◇ ◇
大輔は、入社して二年目に入ろうとしていた。
一向に自分の周りからは、大輔に対する扱いはそのままで、一切変わっていない状態は続いていた。
しかしそんな中、今年も新入社員が入って来た。
大輔たちの部署での新入社員は、男女5人であると言う事が、幸宏情報で聞かされた。
男子2人、女子が3人と言う事も知らされた。
広い会議室で入社式が始まった。
早朝からの業務の電話対応で、出席が10分ほど遅れた大輔は、急いで大会議室に向かい、到着した所で、重役たちの挨拶が始まっていて、その中、スピーチのタイミングを見計らって、静かに部屋に入った。
人をかき分けて、大輔は幸宏を見つけると、忍び足でそこへ近づいて行き、隣に来た所で、小声で...。
「よう、朝から大変だったな」
先ほどの先方からの電話の事だ。
「ま、まあな。 終わったがな」
「そうか...」
そう言った後、今年の新入社員の顔ぶれを見ようと、小舞台へ視線を向け、ゆっくりと横スクロールして行くと、その途中で大輔は目を見張ってしまった。
ただ 驚いた。
さすがに声は出さなかったが、気を緩めていたら、きっと大声を出していただろう。
その時、一瞬だが、大輔はその人物と目線が合った...、気がした。
(なんで、由香がココに?...)
長田 由香がそこに居たのだ。
式中、上司などのスピーチは耳に入って来なかった。だが、由香の隣に居る美菜は、予定通りに入社してきた。
男子社員の目線は、殆どが由香の美貌に釘付けだったのが印象だった。
△
式が終わり、社員がそれぞれの部署に向かっていく。その途中で、幸宏と話し合いながら、部署に向かう。
「俺聞いてないんだが」
「何が?」
幸宏はわざと、とぼけた言い方で、話し始めた。
「美菜は聞いていたが、由香は知らなかったぞ。お前もしかして、黙っていたのか?」
「まあ、何て言うか、お前へのサプライズだと思ってくれ」
「何で俺へのサプライズなんだよ」
隣どうしの席にお互い座り、さらに続ける。
「まあ、良いから。 理由は簡単だ。 ただ由香は美菜と親友だって事だ」
「それで仲良く入社したって訳か? それ、ズルく無いか?」
「まあ待て。 美菜も由香も、コネ無しで、入社試験と、面接を受けて、ちゃんと合格したんだ。何か疑問があるか?」
「...、そ、そうか」
そうなのだ、由香も美菜も、そう言う誰か知り合いを頼って、コネ入社をしようなんて性格じゃない事は、学生時代から良く知っている。
二人とも、馬鹿が付くくらいの正直者だ。 若干の損をしてでも、正直に生きている。 そこが二人の相性がいい所の一つでもある。
そんな事を言っていると、始業時間が来て、部長と課長が先ほどの新入社員の中から二人を連れてきた。
(おいおい! まさかだろ??)
と、大輔は二度見をしてしまったが、そのまさかの事態が起きたのだった。 男子社員一名と女子社員二名、その女子のウチの一人が 長田 由香 と長谷川 美奈 だったからだ。
改めて、部署内での挨拶が終わった後、用意されていたデスクに由香が着席して、その周りの社員に挨拶をした。....が、その座った席が、大輔の向かい側の右だったのも驚きだった。
大輔の向かいは、30代前半の既婚の女子事務員の 鈴木 恵が居る。 この女子事務員が由香の半年間の指導係と言っていた。
だが、明日から2週間、由香たち新入社員は社内研修があり、会社の研修場へ強制連行されることになっている。
どことなく気まずい雰囲気では無いが、普段から家が近いという事もあり、学生の時も時々会っていたので、就職先に関して全く知らなかった事に、少しだけ気分がスッキリとしない大輔だった。
一方の美菜の配置だが、大輔と幸宏とフロアは一緒だが、ブロックは隣になった。
なので、幸宏は、取りあえず、目線の範囲に自分の彼女が居ると言う、幸福感を得ながら業務が出来ると言う状況になった。
会社的に、社内恋愛は禁止されては無いが、同じブロック内での配置は基本出来ないと言う、社内暗黙の配置である。
ただ、一番の困りごとは、由香の容姿が飛び抜けての良型と言う事で、男子の目線が由香に集中している事が明白である様に、他部署からのやっかみが気になるところが、大輔たちのブロックが注目される事にもなるのだった。
△
昼休憩、幸宏は美菜と一緒に昼食を摂りに社食に向かったが、大輔の最近は昼時になると、得意先からの電話が時々来るので、ここ数ヶ月はコンビニのおにぎり3個と、休憩ルームにある、紙コップのお茶だけで、昼を済ます様になっていた。
実はこの昼休憩時の電話番染みた事は、以前の奈緒たちからの不評の広がりから始まった、所謂、先輩からの一方的になる高圧的から来る、『あんた電話番やっときなさいよ!』的なモノだった。
不評を広げられた挙句、業務以外でこんなパワハラ染みた事をされるとは、思っても見なかった。 だが、大輔はそれを、進んで引き受けたのだった。
社内で人の集まる場所に居ると、変な目、特に女子からのイヤな目線が面倒で、話したくも無かったので、この昼のひと時が、丁度よい一人になる時間と言う事でもあった。
「何で一人?」
一つ目のおにぎりの包装を解こうとしていた時に、後ろから声が掛かった。
振り向けば、先ほどまで男子達に囲まれていた由香が立っていた。
「あ、どうも...」
大輔は素っ気ない返事で由香に返した。
「なに? 素っ気ない返事ね」
「昼食行かないのか?」
大輔が不思議そうに聞くと。
「うん、行きたいけど、男の人達から散々誘われて...」
「でも、断ったんだな。全部」
「うん、そうだよ。でも、さっきから全く動かない大輔を見て、何だかな~って思って...」
「ふぅ...、ま、社内ではこんなもんだオレは」
「なんで?.......、ま、とにかく私もお昼してこなくちゃ」
そう言う由香に。
「ほら、お前また動くと、男どもが寄って来るぞ、これ一個やるから、席で大人しく今日はコレで済ませろ」
そう言って、大輔は由香に鮭おにぎりを差し出した。
「あ、ありがと。 でも、大輔は?...、二個でいいの?」
「ま、一応だけど、腹に詰めとけばいいから。....って、お茶は自分で汲んで来いよ」
「ありがとう助かるわ。今度からお弁当にするから」
「そっか...」
そう言うと、給湯器からお茶を持ってきて、自席に座り、譲ってもらったおにぎりを、笑顔で頬張る由香を見て、なぜだかホッとする大輔だった。それに、今のやり取りで、学生時分と変わらない対応に、何処かホッとした安堵感も覚えた。
同じ会社に入社した由香が、まさかの同じ部署に来ると言う事が起きて、朝の幸宏の“サプライズ”と言う言葉の意味が、何となく少し分かった気がした。




