5.潜む狼
1943年 10月4日 2200 対馬海峡
「…目標ポイントに到着しました。」
米潜水艦「ワフー」は、潜望鏡深度で海中にその身を沈めていた。
「よし、ご苦労。」
モートン艦長はゆっくりと頷くと、海図を指し示しつつ副長以下乗員に作戦を説明した。
「いいか、我々が今いるのは、釜山と下関の直線上だ。ここには日本によって関釜連絡船航路なるものが設けられている。今回狙うのはそいつだ。」
乗員の間にどよめきがおこる。
副長が乗員の疑問を代弁して質問した。
「それは…連絡船というのは、いわゆる民間の客船ではないのですか?」
モートン艦長は首を振る。
「いや、ジャップの連絡船は国の機関、鉄道院が管理しているんだ。客船ではあるが、民間籍ではない。」
副長はなおも質問する。
「しかし、乗っているのは…その、民間人でしょう?軍隊は主に輸送船を使いますから。」
艦長は少し不機嫌そうに答える。
「そうだが、だったらなんだというんだ?」
おどおどしながらも、副長は言った。
「それは、その、いくらジャップとはいえ、民間人を殺すのは、戦争犯罪ではないのですか?」
モートン艦長は鼻で嗤って答えた。
「いいか、古今東西、のちの世に戦争犯罪だといわれるのは『負けた側』の行為だ。第一次大戦のドイツのルシタニア号事件みたいにな。」
艦長は冷ややかに続ける。
「そしてこの大戦、間違いなく我が海軍が勝つ。ミッドウェーやガダルカナルでジャップの戦力は底をついた。もう勝ちは決まってるんだ。」
とどめとばかりに、艦長は乗員全員に聞こえる声で言った。
「我々がジャップの民間人をいくら殺そうが、絶対に戦争犯罪として裁かれることはないし、同情の念を抱く必要すらない。わかったらとっとと配置につけ。」
冷酷で理知的に指示する艦長に畏怖の念を覚えつつ、「ワフー」乗員は急いで戦闘配置についた。
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