4.下関にて
1943年 10月4日 2100 山口県 下関港
下関と日本領朝鮮の釜山をつなぐ、関釜連絡船は今晩も出航しようとしていた。
「船長、乗員の手荷物検査完了しました。2230には出航します。」
「うん、了解した。夜通しの航海になるから、少し休んでおけ」
出航の時を待つ新鋭大型客船、「崑崙丸」を桟橋から見上げながら、荒木船長は物思いにふけっていた。
「どうされました?」
乗組員の最終確認を終えた篠原副長が話しかけてきた。
「いや、我が関釜連絡船もずいぶん立派なフネを持ったものだと思ってね」
「7900トンの排水量に、軍艦顔負けの23ノットの速力ですからね…」
荒木は感慨もひとしおといった様子で答える。
「まさに大陸と我が国を繋ぐ期待の星だな。今回の乗客も、満蒙開拓団かね?」
「ええ、みな、大陸で豊かな暮らしを送ろうと希望に目を輝かせてましたよ」
戦争は長引いて庶民の生活は苦しくなるばかりだ。開拓団として大陸で少しでも楽な暮らしがしたいという想いは、荒木には痛いほどよくわかった。
「…だからこそ、絶対に無事に送り届けねばいかんな…」
篠原が不思議そうに訊く。
「なにか不安要素があるのですか?」
荒木船長は少し顔を曇らせて答えた。
「先日、大島沖で撃沈された太湖丸のことだよ。日本海に敵潜が潜んでいるというのは、あまりいい気はしないね。」
篠原副長は頬を緩めて返した。
「それは大丈夫でしょう。太湖丸は軍事物資を運んだ輸送船でしたが、崑崙丸は民間人を運ぶ客船ですから。いくら米英でも、沈めるとは思えませんよ。」
荒木は少し表情を崩して言った。
「そうだな…民間人の殺傷は国際法違反だし、崑崙丸は見た目にも明らかな客船だからな。」
「そういうことです。ここは大船に乗ったつもりで、あ、実際大船ですけど、気楽に行きましょう」
篠原副長は楽しそうに笑って、駆け足で去っていった。
独りになった荒木船長は、再び硬い表情で崑崙丸を見上げた。
本当に、杞憂だといいんだが…
秋の夜の下関港には、満天の星空が広がっていた。
明日もこのくらいの時間に投稿する予定です。感想、評価よろしくお願いします!