守護天使《デバフ・マスター》。勇者に追放されたが、幸せなセカンドライフを謳歌する~「クソ雑魚しかいねぇ~www」て人生なめくさってたけど、それって俺が敵をレベル1にしていたおかげだよね?~
「……例え、死んでも。ボクがいつまでも、キミを守ってあげるからね……」
そう言って、俺の育ての親のアルク姉さんは息を引き取った。
悲しかったが、寂しくはなかった。
なぜなら、その日から、俺には守護天使と化した姉さんが、いつもそばにいてくれるようになったからだ。
俺の敵をレベル1の無力な存在に弱体化させる全自動守護天使が……
◇
「ロイ、てめぇはもう必要ねぇ。追放だ!」
宿に戻ると、勇者カインは俺にそう告げた。
このSランク冒険者パーティ『白銀の竜』のリーダーである男だ。
「……なぜだ? 説明してくれ」
ダンジョンで手に入れた大量の戦利品をようやく床に降ろせた俺は、汗だくだった。
16歳の俺は荷物持ちとして、『白銀の竜』に参加していた。
アルク姉さんが亡くなって、山から降りた俺の最初の就職先、それがこのパーティだ。
「なぜって、わかんないのかしら!? あんた、ダンジョンですっ転んで、貴重な【魔力回復薬】を割っちゃたんじゃないの!?」
腰に手を当てて俺を睨みつける美少女は、聖女ルディア。神聖魔法のエキスパートだ。
「それは悪かった。だが、俺ひとりで大量の荷物を抱えたまま、トラップにかかっては……」
「言い訳すんじゃねぇよ! それが、てめぇの仕事だろうが!?」
「あの【魔力回復薬】は、あんたの月給並の値段はしたのよ!」
俺が弁明すると、ふたりは容赦なく罵声を浴びせて来た。
むぅ? いくらなんでも理不尽じゃないか……?
最近になって知ったが、俺の月給は、ふつうの荷物持ちの十分の一以下だった。
《勇者パーティに入って、キミも英雄の仲間入りをしよう! アットホームな愉快な職場です!》
世間知らずの俺は、冒険者ギルドに掲載されていたそんな張り紙を見て、パーティ入りを申し込んでしまった。
給料については相場がわからなかった。
とにかく、生活できるだけのささやかな糧さえ得られれば十分だった。
勇者の仕事を手伝えることにも、やりがいを感じていた。
「はぐはぐっ! そんなことより、ご飯を寄こせですぅ!」
大量のパンを口に詰め込んだ獣人の猫耳少女ミアが、俺に催促してくる。
ミアは拳王の【職業】を持つ格闘の達人だ。
俺は鞄の中から、彼女の好物のリンゴを出してやる。
ミアは目を輝かせて、食いついてきた。
大量の荷物のほとんどは、彼女の食い物で占められている。
俺が苦労している最大の原因が、ミアだった。
「……だが、良いのか? 俺がいなくなるとアルク姉さんが、レベル1にまで弱体化させていた敵が強くなってしまうのだが……」
「はぁ? また、それ? あんた、頭がおかしいんじゃないの? 守護天使なんている訳ないでしょ!?」
「まったくだせ。てめぇの【職業】はクソゴミの【無職】。デバフなんて大層なモンが使えるわきゃねぇだろ!?」
「ご飯、寄こせですぅ!」
カインとルディアが見下したように言ってくる。
この世界では10歳になると、女神から特別な能力である【職業】を与えられる。
カインの【職業】は『勇者』。
ルディアの【職業】は『聖女』。
ミアの【職業】は『拳王』。
それぞれ世界で唯一のユニーククラスで、誰にも使えない特殊スキルを習得できる。
俺の【職業】は『無職』。何のスキルも習得できないゴミ職業だった。
唯一の利点は、『レベル上限がない』ことらしいが……無職ではモンスターに勝てないため、何の意味もないと、カインにバカにされた。
とりあえず、ミアには餌をやる。
「しかし……本当に良いのか? 信じてもらえないかも知れないが、守護天使は本当にいて、みんなを守ってくれていたのだが?」
「クドい野郎だな。もう、そんな妄想には、付き合ってらんねぇんだよ!」
「残念だったわね。あんたより、もっと安くこき使える【レンジャー】の子を雇うことにしたのよ!」
ルディアがあざわらう。
「次のご飯を寄こせですぅ!」
もう、彼らには何を言っても無駄らしい。
「わかった。いままでありがとう。終わりかたは残念だったが……《白銀の竜》で、平地の常識について、たくさん学ばさせてもらった」
「……はっ? ありがとう?」
カインがきょとんとした声を発する。
俺はこみ上げる気持ちを押さえつけて、その場を後にした。
◇
『もう、あいつら本当にヒドイね! あんなヤツラが、この国の英雄だなんて間違っているよ!』
街道を歩いていた俺のかたわらに、白い翼を持った少女が出現した。
アルク姉さんだ。
彼女の声も姿も、俺以外の人間には感じ取ることができない。故に、俺に守護天使が付いていると言っても、誰も信じてくれなかった。
「そうだな……人に雇われる、というのは予想以上に大変だった」
俺はため息を吐く。
平地では何か仕事に就いて、金を手に入れないと生活ができないらしい。
だが、スキル無しの無職は、どこも雇ってくれず、仕方なく半年も勇者パーティの荷物持ちをやっていた。
「もう仕事をするのはごめんだし、しばらくは狩りでもして、自由気ままに生きようと思う」
勇者パーティにいたおかげで、冒険者のノウハウを学ぶことができた。
「魔物を倒せば、誰でも冒険者ギルドから討伐報酬が出るしな」
もうこれからは、無理に常識や他人に合わせず、好きな時に寝て、好きな時にご飯を食べる。
自分のペースで毎日をのんびり過ごすとしよう。
「ロイ! そういうことなら、ボクも最大限、協力するね!」
アルク姉さんが、ガッツポーズを決めた。
◇
次の日。
「マジかよ! な、なんで俺の攻撃が通らねんだよ……!?」
『白銀の竜』は、新たに雇ったレンジャーの少年と共にダンジョンを攻略していた。
最初、リーダーのカインはうきうきだった。
これは国王からの直々の依頼だ。
ここに封印されている邪竜の封印が解けそうになっており、もし討伐に成功したら、なんと王女を嫁にもらえるというのだ。
美少女をゲットして、ゆくゆくは国王に。まさに勝ち組人生だった。
「チクショウ! とっとと、くたばりやがれ!」
そんな薔薇色の妄想とは裏腹に、リザードマンを一匹倒すにも、苦労する始末だった。
このダンジョンの敵は、なぜか異常に強い。
この半年、苦戦らしい苦戦などしたことがなかったというのに……
早くも息が切れ、剣を持つ手が重くなっていた。
「こら! 荷物持ち! 遅れているわよ! ちゃんと付いて来なさい!」
「ひ、ひぃ! こんな大荷物を抱えて歩くなんて無理っすよ!」
「はぁ!? 帰りは、最低でもこの10倍の量の戦利品を持って帰るのよ!」
「……冗談すっよね!?」
ルディアが、泣きべそをかく少年に苛立ちをぶつける。
この女も、普段以上に魔法を使うハメになって、焦りが募っているらしい。
「おいおい、ロイの野郎は、この程度の荷物なんざ、顔色ひとつ変えずに運んでいたぞ? てめぇ手を抜いてじゃねぇだろうな!?」
「さっきから、ムチャクチャっすよ!? そんなことできるヤツは人間じゃないっつうか……なにが、やりがいのあるアットホームな職場だ!」
「あっ? こちとら前金を払ってんだぞ!」
「ああんっ。もう、お腹空いたですぅ!」
「ひぇ! ミアさん、まだ食うんすか!?」
その時、暗い通路の奥より、巨大な狼型の魔獣がぬっと姿を現した。
グォオオオオ!
凄まじい咆哮が空気を震わせる。
ミアが先制攻撃とばかりに魔獣に、必殺パンチ【獣王拳】を叩き込んだ。
「……あれっ?」
その顔が曇る。
「おい、ミア。なに遊んでやがるんだ!?」
いつものミアなら、どんな魔物でも一撃で粉砕できるハズが、相手はピンピンしている。
カインは前に出て、自慢の聖剣を振りかざした。
「【神撃】!」
邪悪な魔物に効果てきめんの光の刃が、魔獣に叩き込まれる。
だが、魔獣はケロっとした様子で、まるでダメージを受けた気配がない。
「……ぁ?」
カッコいいポーズのまま固まったカインは、魔獣の突撃を受けて吹っ飛んだ。
壁にめり込んで、一瞬、意識が飛ぶ。
「がはっ!」
「はぁ!? ちょ、ちょっと、どうしたの!?」
ルディアが慌ててふためく。
カインはどんな魔物も「クソ雑魚しかいねぇ!」と、鼻歌混じりに蹴散らしてきた。
特にロイを雇った半年くらい前から、急に魔物が弱くなったように感じ、高難易度ダンジョンを次々に制覇してきた。
おかげで勇者パーティの名声は、うなぎ登りだった。
「も、もうやってられないっす!」
「あっこら、荷物持ち!?」
レンジャーの少年が荷物を投げ捨てて、逃げ出す。
「うわぁああぁ! ママぁあああ!」
ルディアが彼を引きとめようとするが無駄だった。
少年は泣きながら、出口に向かって爆進する。
「荷物持ちがいなきゃ、ダンジョンを攻略なんてできっこないわよ……!」
荷物持ちは、アイテムを必要なタイミングで使ってパーティを支援する役割を持つ。
荷物持ちがいなければ、戦闘をこなしながら、アイテムの管理、使用も自分たちで行わなければならない。
長いことロイに頼っていたカインは、そのことに今更ながらに気づいた。
「ルディアさん! ぼぅっとしてないで、回復魔法を使ってくださいですぅ!」
ミアが魔獣の攻撃を必死にかわしながら叫ぶ。
「そうだ……とっとと、回復を寄こせ!」
「わ、わかったわ!」
ルディアが回復魔法をカインにかける。
だが、なぜか傷が治るのが遅い。
カインは内心、首を捻った。
いつものルディアなら、どんな傷でも一瞬で治してしまうのに……
「カインさん! 大変ですぅ! ミアのレベルが1になってますよ!」
「はぁっ!? そんなことがある訳が……!」
カインは愕然とする。
自分のステータスを確認すると、レベル42だったハズが……『勇者、レベル1』と表示された。
「や、やべぇぞ! 俺もレベル1になってやがる……!」
「私もよ!」
ルディアの顔からも血の気が失せる。
「レベル1デバフって、ま、まさかロイが言っていた守護天使の力なんじゃ……」
確か……全自動守護天使は、ロイの敵を無条件で、レベル1にするとか言っていた。
デタラメだと思っていたが、もしかしてロイを追放したことで、守護天使から敵と認定されてしまったのか?
一瞬、カインはそう考えたが、頭を振る。
「そんな訳はねぇ! あいつはただのホラ吹き無職だ!」
ロイは勇者パーティに就職する際に、履歴書を出していた。その内容はこうだ。
=========
ロイ:16歳
【職業】:無職
職歴なし
スキルなし
レベル9999
=========
レベル9999の無職。
有り得ない。
就職するために履歴書を盛ることは、よくあるが、いくらなんでもやり過ぎってもんだ。
人を舐め腐っているとしか、カインには思えなかった。
「そ、そうよね……! 無職のゴミの言うことなんか!」
「多分、こりゃあ、このダンジョン特有のトラップだ! ここから脱出すればれ、元に戻る!」
「じゃあ、逃げるですぅ!」
3人は出口を目指して、駆け出す。
その後ろを魔獣が、大口を開けて迫ってきた。
「ちょっとカイン! あんた勇者でしょ! こんな時こそ、か弱い女の子を逃がすために盾になりなさいよ!」
「バカ野郎! お前こそ聖女だろうが! お偉い自己犠牲の精神で、足止めしやがれ!」
「ふん! バカね。私は他人に自己犠牲を求めるのは好きでも、自分が犠牲になるのは、死んでもごめんなのよ!」
「ミアもご飯を食べるのは好きでも、ご飯になるのは嫌いですぅ!」
狭い通路で、押し合いへし合いして走るカインらの前に扉が現れた。
「あそこに逃げ込むぞ!」
扉は魔獣がくぐれる大きさではない。
「いいわよ!」
ガンッ!
カインが扉を開けた瞬間、ルディアが尻を魔獣に蹴飛ばされる。
「きゃあああっ!?」
聖女は悲鳴を上げながら、小部屋に転がり込んだ。
そして、大きな壺に激突して割った。
ぱりっーん!
「ぷぷぷっ……! ルディアさん、大丈夫ですか?」
「おい、尻が割れなかったか?」
カインとミアが笑いを噛み締めながら、ルディアに近づく。
すると、割れた壺から黒い瘴気が立ち上ってきた。
「なっ……こいつは、まさか?」
カインは壺に書かれた古代文字を目にして、真っ青になった。
『黒竜王サヴァンティルを封ぜし壺』と、書かれていたのだ。
それはかつて国をたった一匹で滅ぼしかけた邪竜であり、今回の討伐目標だ。
無論、レベル1の勇者パーティがかなう相手ではない。
「なに、どうしたのよ? ……アホみたいな顔して?」
ルディアが尻をさすって立ち上がる。
「に、逃げろ!」
カインが大絶叫を放つのと、禍々しい巨体がダンジョンの天井を突き破るのは同時だった。
飛び立った黒竜王の尻尾が、カインの聖剣をかすめる。
バッキィイン!
その瞬間、聖剣は粉々に砕け散った。
「俺の聖剣がぁ!?」
カインの絶叫が崩落するダンジョンに響き渡った。
◇
俺が街道を歩いていると、向こうから立派な馬車がやってきた。
「無礼者! 道を開けぬか!?」
ぼっー、とそれを眺めていると、騎士が俺に駆け寄って槍を突きつけた。
「……危ないじゃないか?」
なぜ、こんなことをされるのかわからず、俺は困惑する。
「この国の第一王女ティファ様のお通りなるぞ! 王家の紋章が目に入らぬか!?」
「王家の紋章?」
「おやめなさい。良いのです」
馬車の中から凛とした少女の声が響いた。
「旅のお方、家臣が失礼しました。道を開けてはいただけませんか?」
「すまない。そういうことなら……」
俺が街道の真ん中にいたため、馬車が通れなかったようだ。
世間知らずのため、そのことに気づくのに遅れた。
ドォオオオオーン!
その時、向かいの山が、爆音と共に割れた。
その中から、傲然と翼を広げた黒い竜が飛びだしてくる。
「こ、黒竜王!?」
少女が息を飲む声が聞こえてくる。
「貴様が俺を封じた王家の末裔か!? 八つ裂きにしてくれるわぁあああ!」
黒竜が音さえ置き去りにするような猛スピードで迫ってきた。
「ひ、姫様を守れ!」
騎士たちが抜剣するが、相手の威容に明らかに腰が引けている。
俺は、馬車を丸呑みにしようとした黒竜を殴り飛ばした。
「「「はぇ……?」」」
黒竜は吹っ飛んで森の木々をなぎ倒し、地面にめり込んだ。
しばらく眺めていたが、そのままピクリとも動かなくなる。
『危なかったね! 何、あいつ?』
「さあ?」
アルク姉さんの言葉に、俺も首をひねる。
姉さんが、あの竜をレベル1にしてくれお陰で、ワンパンチで倒すことができた。
「伝説の黒竜王サヴァンティルを一撃で!? あ、あなた様は一体……?」
馬車から女の子が飛びだしてくる。
銀髪のツインテールを赤いリボンで結わえた断トツにかわいい少女だった。歳の頃は、14、5歳だろうか。
「……俺はロイ。山から半年前に出てきた田舎者で、【職業】は無職だ」
自己紹介では【職業】を名乗るのが礼儀らしいので、それにならう。
「無職ですと……そんなバカな!?」
「最底辺の【職業】ではありませぬか!?」
騎士たちが俺を侮蔑の目で見る。
失礼な連中だ。
少女が、それを手で制した。
「私たちの命の恩人、いえこの国の救世主殿に対して無礼ですよ。
ロイ様、ありがとうございました。私はこの国の第一王女ティファと申します。【職業】は魔法剣士です」
「これはどうもご丁寧に。それじゃあ……」
そのまま立ち去ろうとすると、慌ててティファに引き止められた。
「お、お待ちください! 救国の英雄をこのままお帰したとあっては、王家の名折れです! お礼をさせていただきますので、ぜひ王城にお越しください」
「お礼? それは今、いただいたが……?」
俺が困惑して言うと、ティファは目を見開いた。
「まだ、なにもお渡ししておりませんが?」
「いや、感謝の言葉だけで十分だ」
「ま、まさかロイ様は何もいらないとおっしゃるのですか?」
「俺は襲ってきた魔物を返り討ちにしただけだ。それに、勝てたのは俺の力じゃなくて、姉さんのおかげだからな」
『ボクの力なんて無くてもレベル9999に達したロイに勝てるヤツなんか、平地にはいないだろうけどね』
アルク姉さんが苦笑いを浮かべる。
「だから何もいらない」
「そ、それでは、せめて城に一晩、お泊りいただけないでしょうか? 父からもお礼を述べさせてください。ぜひ、お願いいたします!」
ティファは頭を何度も下げた。
「ロイ様、さきほどのご無礼、平にご容赦を……! ま、まさか褒美は何もいらぬと申されるとは。その無欲さ、高潔さ、騎士として感服いたしましたぞ!」
隊長と思わしき老騎士が、感動にむせび泣いている。
『ロイ、ここまで言ってもらっているのだし、泊まっていったら? きっと美味しい物が食べられるよ?』
美味しい物か……
勇者パーティの雀の涙ほどの給料では、ろくな物が食べられなかったからな。
それも良いかも知れない。
「……俺は田舎者で、貴族の常識など何も知らない。無作法をしてしまうかも知れないが、それでも良ければ」
「は、はい! ありがとうございます! では、馬車にお乗りください」
俺が承諾すると、ティファが顔をぱっと輝かせた。
「それにしても、勇者殿たちには黒竜王の討伐を依頼したというのに……! 討伐どころか復活させてしまうとは。
莫大な報酬を前払いで、お渡ししていたというのに許せませんな!」
老騎士が怒鳴り声を上げる。
その時、黒竜王サヴァンティルが、ゆっくりと身を持ち上げた。
俺と姉さん以外の全員が、恐怖に顔を強張らせた。
「きゅるるっ……ボ、ボクの負けです、ご主人様! 忠誠を誓いますので、どうか命ばかりは、お助けください」
黒竜王の身体が縮み、手のひらサイズの幼竜の姿になる。パタパタと翼を羽ばたかせて飛んで来た黒竜王は、俺に向かって頭を垂れた。
山にいる間に何度も経験したことだが、魔物は自分より圧倒的に強い者に対して服従する。
幼竜の姿になったのは、服従の証。敵意が無いことを示すためだ。
「そうか。わかった。じゃあ今後は、人間を決して襲わないと約束してくれ。
人を喰らう魔物を連れては歩けないからな」
「……はっ、そ、それは……」
「嫌なのか?」
「め、滅相もないです。代わりのご飯さえ、いただければ……」
幼竜の姿なら、そんなに食わなくても大丈夫だろう。古竜の中には、エネルギー消費を抑えるために、幼竜化する能力を持った者がいる。
「わかった。じゃあ、よろしく」
「きゅるる! 黒竜王サヴァンティルはロイ様に忠誠を誓います。
この地域は古来よりボクの縄張りです。このあたりの魔物は、ボクの配下。すなわちロイ様の下僕です。
どうか、いかようにもお使いください」
黒竜王は殊勝に、お辞儀した。
「サヴァンティルっていう名前は、長いからティルでいいか?」
「あい!」
「ま、まさか……黒竜王を討伐するどころか、下僕にしてしまうなんて……」
ティファが信じられないといった面持ちで、口をパクパクさせていた。
騎士たちともあ然としている。
「ロイ様は何者ですか?」
「……通りすがりの無職だが?」
◇
「お主が黒竜王を倒してくれたロイ殿か。この通り、いくら感謝してもしきれぬ。ありがとう」
謁見の間に通されると、国王が俺に向かって感謝を述べた。口髭を生やした恰幅の良い男だ。
「できれば爵位と領地を授けたいと思うが受け取ってはくれぬか?」
『こ、これは破格の待遇だよ!』
アルク姉さんが目を白黒させている。
そういうものなのか?
「……悪いが俺は、姉さんと一緒に、のんびり自由に過ごしたいと思っているんだ。だから、そういうモノはいらない」
『いらないの!?』
貴族は、お付きの者をたくさん従えている。とてもじゃないが、自由とは言えない身分だ。
「そうか。では金はどうかな? 金貨1万枚をお渡ししよう」
『金貨1万枚!』
俺の月給が銀貨1枚だった。金貨は銀貨の100倍の価値がある。
もはや俺には理解が追いつかない大金だ。
「……それもいらない。大荷物を抱えて歩く生活は、もうコリゴリだ」
何しろポーション一個、紛失したり、壊しただけで怒鳴られてきたからな。
大事な物を抱えながら歩くのは胃に悪い。
「ふむ……なんとも無欲な若者よ」
王様は感じ入ったようにうめいた。
「それでは我が娘、ティファを嫁にもらってはいただけぬか? 我が国は小国。力ある英雄を王家に迎え入れなくては、やってはいけぬのだ」
「お、お父様……! 何をおっしゃるのですか!?」
ティファが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「本当は勇者殿を婿に迎えて、他国への抑止力にと考えておったのだが……黒竜王を従え魔物どもの王となったそなたの方が、よほど相応しい」
「……ありがたい申し出だが。ティファの気持ちを蔑ろにして決めるのは駄目だと思うぞ」
初対面の男といきなり結婚しろと言われては、ティファも災難だろう。
「い、いえ、そういう訳では……も、もしよろしければ。ロイ様、この地にしばらく逗留なさっていただけないでしょうか?」
「それは、ぜひ願いたいものだ」
「……逗留? いや、しかし。俺は毎日、昼寝したり、釣りをしたり、狩りをしたりして、のんびり過ごすつもりだぞ?」
「構わぬよ。もし気が向いたら、娘を鍛えてやって欲しい。魔法剣士として優れた才能を持っておるが、最近、伸び悩んでおってな…… 英雄殿の弟子としていただければ、望外の喜びだ」
「私からもお願いいたします。ロイ様の弟子として、まずは、身の回りのお世話など、させていただけないでしょうか?」
『はぁ!? 王女様が弟子って……!』
「そんなことを言われてもな。俺は無職で、何のスキルも魔法も使えない。教えられることなんか、何もないぞ?」
「ロイ殿。ご謙遜されるな。わしは最強の【職業】とは、勇者ではなく、無職だと思っておる。鍛えれば、神に匹敵するまで強くなる無限の可能性を秘めた存在。
それが無職だ」
王様が厳かに告げ、ティファが深く頷いた。
「黒竜王を一撃で倒されたその剛腕。さぞかし辛い修行に耐え抜いて身につけられた力かと思います。
私もロイ様のように、自分の可能性を信じて、自分を磨きたいのです。どうか、未熟なこの私を導いてはいただけませんか?」
『ここまで言われたのなら、弟子にしてあげたら?』
健気なティファの態度にほだされたのか、姉さんが、そんなことを言ってくる。
「そうか……正直、ティルに勝てたのは姉さんのおかげであって、俺がすごい訳ではないのだが」
「その先程から、ときどきおっしゃっている姉さんとは……?」
ティファが不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「俺には、敵対する者のレベルを強制的に1する力を持った守護天使が。アルク姉さんが付いているんだ」
『ボクのことだよ!』
姉さんが手を振るが、無論、王様とティファは気づかない。
ふたりは俺の言葉に呆気に取られていた。
「まさか神の御使い。絶対なる力の化身である守護天使を従えておられるのか!?」
◇
「おっおお、俺の聖剣、聖剣が……!」
命からがらダンジョンから脱出したカインらは、ようやく街にたどりついた。
カインは壊れたように同じセリフを繰り返している。
勇者のシンボルであり、見せれば誰もがひれ伏した聖剣がぶっ壊れたのだ。
目の前が真っ暗になっていた。
「ちょっと、あんた。いい加減、うるさいわよ!」
「お腹空いたですぅ!」
ボロボロの聖女ルディアと、拳王ミアも不平不満を吐き散らす。
「荷物も全部、無くしちゃうし、最悪だわ……!」
カインらは地図とコンパスを失ったために、森で道に迷い、帰ってくるのに2日もかかってしまった。
「そ、それに、おかしいぞ? ダンジョンから出てしばらく経つのに、俺のレベルが1ってのは、どういうこった?」
「私もよ! ねえ、これ何かヤバい呪いでも受けたんじゃないの?」
「だったら、聖女のてめぇが原因もわからねぇってのは、おかしいだろ!?」
何かデバフ系のスキルか魔法を喰らったのだとしても、効果が1日以上続くなど有り得ないことだった。
聖剣を失い、レベルも1。もはや、落ちるところまで落ちたと言って良い。
「ま、まさかロイの言っていたことはホントなんじゃ……?」
「あん? 守護天使なんざ、伝説の存在だろ? あんな無職に付き従っている訳がねぇ!」
守護天使、それは神の力の一部を担うルールブレイカーだ。
「もう、どうでも良いから、早くご飯にするですぅ!」
「おい、あんたら、もしかして勇者カイン様、御一行かい?」
何やら殺気だった様子の兵士たちが、カインらを取り囲んで来た。
「あっ? だったらなんだってんだよ?」
「ミアたちは、偉い勇者パーティですよ。ご飯をおごれですぅ!」
カインとミアが脅しつけるが、兵士たちは怯まない。
それどころか、職人や商人、冒険者や主婦らも何やら怒気をにじませて、カインたちを包囲してきた。
「聞いたよ。あんたら、黒竜王を復活させちまったんだってな……」
「ロイ様って英雄が、たまたま居合わせて黒竜王を倒しくれなかったら……ティファ姫様が殺され、この国はヤツの好き放題に蹂躪されていたって話だぞ!」
「今はまで何してやがった!? 国王様は大変なお怒りだぞ!」
人々が口々にカインらを責め立てる。
「な、なんだ! てめぇら!? 俺様は勇者だぞ! この国の魔物を討伐してやってたんだぞ!」
カインにとって、このような態度を他人に取られるのは、初めてだった。
「恩着せがましいんだよ! 大罪人が!」
「世間知らずの若者を荷物ちに雇って、薄給でこき使っていたそうじゃないか!?」
「お前らみたいに新人を使い潰すヤツがいると、冒険者ギルドの信用に関わるんだよ!」
「勇者ってだけで、さんざん偉そうにしやがって! 溜まった店のツケを払いやがれ!」
そのうち、腐った卵を投げつける者も現れた。
「ひゃあ!? 卵はぶつける物じゃなくて食べる物ですよ!」
「出てけ! 疫病神! この国から出ていけ!」
さらに石などが投げつけられる。
「て、てめぇら。俺たちにこんなマネして、ただですむと思ってやがるのか!?」
「きゃあ!? ちょっとやめなさいよ! それより黒竜王を倒したヤツがいるってホントなの!?」
あんな化け物を勇者パーティ以外の者が倒せるとは思えない。
「無職のロイ様だ! お前らに使い捨てにされたって聞いたぞ!」
「はぁ!? あいつが!?」
カインが素っ頓狂な声をあげる。
「バカな。あいつは荷物持ちもまともにできねぇ、能無しのホラ吹き野郎だ!」
「そうよ! そうよ!」
「ひぃい! カインさん、逃げましょうよ!」
「ふざけんなミア! こいつらボコしてやる!」
カインは近くにいた兵士を殴りつける。しかし、しょせんはレベル1の攻撃。たいして効いておらず、カインは逆に殴り返された。
「ぶべぇ!?」
カインが鼻血を吹いて仰け反ると、大勢の兵士たちが、彼をボコボコにした。
「ひゃ!? ……ご、ごめんなさい! もうここには来ないから!」
それを見たルディアが、手を合わせて謝る。
3人は泣きべそをかきながら、逃げ出した。
ロイはその後、救国の英雄としてティファ王女に婚約を迫られることになる。
一方で、勇者カインは、黒竜王を復活させた罪人として国を追われ、さらに落ちぶれていくが、それはまた別の話。
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