プロローグ それぞれの災難と羞恥 フレデリカの災難
フレデリカの自業自得と体質の偶然
「や、やめて?ね?私たちが悪かったからさ」
「ふん。その程度の魔法しか使えない雑魚の分際で、よくもこの私に挑もうだなんて考えられましたね?先輩方?」
毎度のことながら嫌になってしまう。なんでいつも私が座っている食堂の席に人がいるのかしら。
こちらが退いてと下から言ってあげたのに、生意気だなんだと突っかかってきて挙句、白手袋まで投げてきてたのに、この様。
逃げ場を塞いで、腕の一本くらい持っていく気でちょっと強めに足元に火の魔法を放っただけなのに、腰抜かして泣いてちゃ訳ないわよ。
しかも、お漏らしまでしちゃって情けないわね。
「先輩方の醜態はちゃんと、写し身の魔法で、この銀板に写してあげましたからね?これからは私に逆らうことのないように」
ああ、爽快ね。私に盾突くような生意気な人たちが醜態さらして謝ってる。
学園トップの魔力に、扱える攻撃魔法の数も一番な私にもっと許しを請いなさいな。
「それでは先輩方。ごきげんよう」
歯噛みしてこちらを睨み付けて、自身の力の無さを知った人間の表情はっとっても愉快だわ。
◆
大陸の中心部に位置する帝国は人口5万人を有する大都市だ。大陸にあるすべての国とほぼ同じ距離にあり様々な品物や人間が行き来する、大陸で一番大きな国。
その帝国の中心部から外れ、東部に位置する貴族の住む区画を抜け、帝国が保有する森を数十分歩いたその先に、国立の魔法学園はある。帝国に住む貴族の子息令嬢や魔力を持つ他国の人間が集まる全寮制の魔法の名門。
そこに住むフレデリカ・ハイドレインジアは学園一の攻撃魔法の使い手として有名であった。皇帝側近の魔導賢者に比肩する魔力量と、十四歳にしてすべての属性の魔法を上級まで唱えられる才能を持ち、学園始まって以来の神童と謳われていた。
しかし、その能力に余りあるほどの性格の悪さで彼女の評判は芳しくなかった。
高慢ちきで傲慢。口を開けば年上だろうが小ばかにした態度で接し、決闘を挑んできた相手には、女性として最上の屈辱を味合わせることを趣味とした悪女。
そんな噂が彼女には絶えなかった。
男女別に校舎が分かれており、彼女は女子舎の女王様として君臨していた。
ある日のこと。フレデリカはいつものように、自身に服従を誓わせた同室の女生徒へ命令を下していた。
「ライムちゃん、紅茶を煎れてくださいな」
命令された女性は短く舌打ちをしながら、紅茶をカップへ注いでいく。ティーソーサーに乗せたカップを、込み上げてくる怒りを抑えながらフレデリカの前へ置く。
「どうぞ、フレデリカ様。紅茶を持ってまいりました」
語気を強め、声を震わせながらメイドの役を演じる女生徒。
「つめたっ。何よこれ、冷ましすぎよ。こんなもの飲めたもんじゃないじゃない。捨ててきなさい」
差し出された紅茶を一口付けただけでもういらないと宣う少女に、ライムの頭が沸騰しそうになる。
——まだ、まだよ。ここで怒りに身を任せては、計画がすべて水の泡になっちゃう。
そう自分に言い聞かせ、ライムは上がっていた肩を無理やりに下げる。
「申し訳ありませんフレデリカ様。淹れなおさせていただきます」
ぴくぴくと痙攣する頬を抑え込みながら、ライムは数日後に控えた計画の準備を遂行していた。
◆
「フレデリカさん、ひとつお話をよろしくて?」
「何かしら?急に。私いま、この子の淹れた紅茶を飲もうとしていたの」
講義の終わった夕方。この数日で驚くほどに上達し、美味しくなったライムの紅茶を待っていると、妨害系魔法を専門にしている先輩の一人、イルミネール・ブリッドが自己紹介と共に私に話しかけてきた。
今年で卒業を迎える、私とは何のかかわりも持たない先輩が一体何の用があって話しかけてきたのか。つい今しがた淹れ終えた紅茶を飲みながら、先輩へ訊ねる。
「なんのお話でしょうか?私はあなたには何もしておりませんよ?」
「ふふ、わたくしはあなたに何もされておりませんわ。ただ、そちらにいるわたくしの妹が大変お世話になっていると聞き及んだものですから、ご挨拶をさせていただこうかと伺った次第ですわ」
そういって私の対面の席に腰を下ろしライムに紅茶を淹れるように促す。
「妹?そんな方、私は存じ上げませんが」
「あら、美味しい。ライム、あなた紅茶を淹れるのが上手になりましたね」
こちらの話を遮るようにイルミネールが給仕したライムへそう告げた。
「ありがとうございます。お姉さま。これもここにいるフレデリカ様のおかげなのですよ。毎日紅茶を淹れさせていただきましたから。それはもう懇切丁寧に」
「ああ、ライムがあなたの妹だったのね。こんなに出来の悪い妹がいて、さぞ大変でしたでしょう」
「ふふふ、妹は手のかかる子ほど可愛いものですよ。フレデリカさん?ああ!そういえばわたくし、日課の魔法の訓練をまだしておりませんでしたわね。フレデリカさんもご一緒にどうですか?貴女ほどの実力のある方と一緒に訓練を行えれば、さぞ実のあるものになると思うのですが」
落ち着いた笑顔で訓練に誘ってくるイルミネール。私は断る理由もなく、学園随一の妨害魔法の実力を持つ先輩を相手にできることに少しばかり喜びを感じていた。
「それでは、妹の淹れた紅茶を飲み終わりましたら、第6番訓練所でお待ちしておりますので、そちらへお越しください」
そういってイルミネールは訓練所の方角へ向かっていった。
◆
紅茶を飲み終わり、食堂から出ると少しお花を摘みに行きたくなってしまったが、食堂から第六訓練所までの道にトイレはなく、一番近い場所でも往復で十分以上かかってしまう。
そうなれば訓練所の使用の受付時間が過ぎてしまい、逃げ出したと思われてしまうかもしれない。
——それだけは絶対に嫌。逃げ出すなんて、小物みたいなことできるわけないじゃない。
——それにこの時間からなら一時間しか訓練所は使えないはず。それぐらいなら全然間に合うわ。
そう自分に言い聞かせ、訓練所への道を歩いていく。
訓練所へ到着すると中には人が溢れていた。第六訓練場は広く、魔導大会などの催しの会場にできるほどの敷地があり、学園の生徒の三分の二を収容できる大きさがあるはずなのに、中央にあるステージ以外の観覧席や出入り口は、学園の生徒たちでごった返していた。
「どこかの馬鹿な生徒が、学園の実力者同士の決闘とでも勘違いしたのかしら?」
「そのようですわね。このような状況では訓練になりませんし、このままお開きにでも致しましょうか?」
困ったような顔で、訓練の中止を申し出たイルミネールへ告げる。
「私は別に構わないわよ。それにこれだけの人の前で、あなたを倒したら、私に逆らう輩ももう出てこないでしょうし」
「ふふ、楽しい(・・・)お方ですね」
含みのある笑いを漏らしたイルミネールはステージに上がり、指揮棒のような小振りの杖を構える。
私もステージを上がり、ライムに持たせていたロッドを受け取り、呪文の詠唱を始めた。
◆
戦闘が始まってどれくらいの時間が経ったのか、気にするほどもないくらいだった尿意は、下腹部に重りを入れたかの様に、ずっしりとしたものに変わり、異様なほどの速さで重さが増していく。
呪文を唱えようとするたびに、イルミネールは呪文妨害の魔法を唱え、発動する前にその殆どは打ち消されていってしまう。気が付けば明るかった外の景色が、夜のものへと変化していた。
このままでは最悪の事態を招いてしまう。どうにかして早く終わらさなければ。そんな感情が私の焦りを加速させていく。
「どうしました、フレデリカさん?そんな魔法では子供の火遊びみたいですわよ」
悪意に満ちた笑みを浮かべるイルミネールの顔をみて、私は理解した。これは嵌められたと。急激に催した理由も、時間をかけるような魔法の使い方も、ここにいる生徒すべても、私を嵌めて、醜態を晒させるための罠だった。
そんなことに気が付けなかった私自身に歯噛みし、この状況を打開するための策を考え、文献で読んだことのある詠唱方法を試してみることにした。
「“火”遊びだなんて、いやですねイルミネール様。私のはそんな軟なものじゃないのよ
言葉に紡いだ呪文の欠片をロッドの先の宝石に魔力と共に溜めていく。
呪文を唱え、イルミネールの胴体目掛けて風の刃を飛ばしていく。当たれば怪我では済まされない威力を持って飛んでいくそれを、イルミネールは無理もなく避けていく。地面に当たり砕けた破片が辺りへ散らばる。
「直線的で読みやすい、とてもフレデリカさんらしい技ですわね。これでしたら先ほどまでの魔法の方が、とても避け辛かったですね」
「言ってなさい、今に泣いて許しを乞うことになるんだから!あんたの魔法のせいで詠唱の長い“炎”の呪文を唱えられないんだから」
発動体の宝石が小さく光り、文字が刻まれていく。
次の呪文を紡ごうとした瞬間、まだ余裕のあった膀胱が悲鳴をあげ、動きが止まってしまった。イルミネールの方へ顔を向ければ、少しだけ不思議なことでもあるように首を傾げていた
「あら?どうなさいましたの?そんなにそわそわと、真剣な勝負に集中力を欠いていては怪我をしてしまいますよ」
「何を言っているのかしらイルミネール様?集中力が欠けているのはそちらの方ではなくて?」
地面に散りばめられた破片がイルミネールの足元に集まり、鞭のような形を作り出す。うねうねと動くそれはイルミネールの横腹へと勢いよく叩き付けられる。何度もイルミネールのいる場所を叩き続けられ、観覧席をも飲み込む様に土煙が覆っていく。
「どうかしら?降参するならもう止めてあげてもいいけれど」
叩きつける震動に下腹部の貯水庫が刺激され耐えるのが苦しいほどに暴れまわっている。それを顔には出さずにいるが内股がぷるぷると震えている。
遂に耐えきれずに杖を持つ方とは逆の手で出口を押さえてしまう。
「あら?そんなところを押さえて、はしたないですわね」
不意に、耳元で囁くように言われ、びくりと背を伸ばす。少しだけ温かい感触がドロワーズの中に広がる。声がした方を振り替えれば、いたずらに成功した子供の様な笑みでこちらをみていた。
「どうなさいましたの?そのように驚かれて。わたくしはずっと貴女の傍におりましてよ」
ゆっくりとまとわりつくような声で私の体を抱き寄せる。
荒い息を吐きながら頬を赤らめるイルミネールは腹部を触ると何かに気がつき、小さく笑う。
「ふふ、我慢も体に悪いですから、優しいわたくしが手伝ってあげますね」
言葉と共に小さな杖の先に魔力がたまっていく。暗く低い声色で呪文を発し、唱え終わると、杖先に溜まっていた魔力がゆっくりと私の頭へと染み込んでくる。
数秒身構えるも何も起こることがなく、おそるおそる、目を開く。耳元でぼそりと「幻影」と呟くイルミネールの声が聞こえた気がした。
意識が濁っていく気がする。
周囲を確認する。皆が一様に私を見て笑っていた。その視線の先は私の下半身に向いている。見下ろすと、着ていた白い制服の全面が黄色く染まり、足元には液体が水たまりを広げていた。
「い、いや!見ないで!見るな!」
そう叫ぶも誰一人として視線を逸らすことはしない。そしてそのまま流れている自身の不浄を、茫然と見つめていると、呼び水の様にお腹を刺激する。
どこか違和感があったが、今なお出ているはずのものは未だ溜まっているように感じ、諦めて力を抜く。波は抵抗の無くなった堤防をするすると流れていき、太腿の付け根を温かく濡らしていく。
我慢していたものが解き放たれる解放感に、感じていた違和感が押し流され、ため息が出る。
「はあぁあ」
長い溜息。急に辺りが騒がしくなり始めた。「漏らした」「きたない」「さいてい」「おもらし姫」解放感に酔いしれながら、脚を温かく濡らす感触に生々しさが帯びていた。
先ほどまではなかった、濡れていく感触が、広がっていく。
ぱちんっと、手のひらを叩く音が聞こえると目の前に広がっていた光景がゆがみ、私を見つめる軽蔑の眼差しをした生徒たちが見えてきた。
「あらあら、きたないわねえ。とうとうおもらししちゃったのねえ」
観覧席から大きな声をあげるライムの姿が見えた。その顔は獰猛な笑みを浮かべていた。
混濁していた意識は急速に覚醒していき、脚を流れる水流が本物であることを実感する。
「み、みないで……、みないでよお……」
周囲の軽蔑を込めた視線が私に向く。自分の中の何かが折れる音が聞こえた。途端に、目から涙が溢れてくる。小さいはずの周りの声が耳に痛いくらい大きな音となって聞こえてくる。
「ぶざま」「いい気味」「くさい」「あんなんでよくいままで威張ってこられたな」
罵倒が、罵声が、罵る声が漏らしたショックで空いた穴に入り込んでくる。
軽蔑と侮蔑と汚物をみるような視線が、穴をふさぐように突き刺さる。
「いやあ……、お願い、みないでえ」
「ああ!可愛そうなフレデリカさん。お姉さまとの戦いで怖くてお漏らししてしまったのね!」
大きな素振りで試合を見ていた全員に伝えるようにライムが叫んでいた。
その言葉を皮切りに、あちこちから笑い声が響いてくる。
——やめて、笑わないで。わらわないでえ。
あまりに精神への負荷が大きかったためなのか、私の意識はゆっくりと落ちていく。全身の力が抜けていき、自分が作った水たまりの中に仰向けで倒れていく。水の撥ねる音を発てて、完全に倒れこんだ私の口の中に自身の出した尿が少しだけ入ってしまう。
「お下が緩いのねフレデリカ。また漏らしているわよ?」
観覧席から降りて私をのぞき込んできたライムの笑顔を最後に私の意識は完全に闇に飲み込まれていった。
◆
フレデリカのあの顔、無様ったらないわね、おしっこだけじゃなくて鼻水まで出しちゃって。いい気味だわ。
今までさんざんこき使ってきたんだもの当然の結果よ。
ああ清々した。お姉ちゃんには感謝しないとね。
「ありがとうお姉ちゃん。私のために」
「何を言っているのかしら?ライム、あなたがフレデリカさんに負けなければこんなことはしなくて済んだのよ?」
あれ、珍しくお姉ちゃんが怒ってるわどうしましょう。
「あれは、ちょっとその日に調子が悪かっただけなの。調子が良ければあんな小娘たおせてたんだから」
すこし言い訳がましくなってしまった気がするけれど、お姉ちゃんなら許してくれるよね。
「そうそう、先ほどフレデリカさんを部屋へ運んで行った際に、中でこんなものを見つけましたの。この銀板に見覚えはないかしら?」
差し出された銀板には、フレデリカに負けて泣き顔で漏らしている私が写っていた。
これはもう助からないかもしれないわ……。
「あなた家訓を忘れてはいないのかしら?ブリッド家は代々、喪心術に長けた家系。『相手よりも強い精神力を持ち、不屈でいること』を訓示にしているのに、恐怖に屈しこのような醜態を晒すなど笑止千万。あなたには今日一日私の【恐怖】に耐えてもらいます。覚悟なさい!」
ダメですねこれ。姉の顔が、昔に会ったおじい様みたいになってますもん。
あ。
「あなたはまた!粗相をするなんて!」
怖い。お姉ちゃん怖い。
あれ?脚の力が抜けてく?目の前が暗く……。
「これしきの【恐怖】で失神してしまうとは……。姉として情けなくてなりませんわ……」
◆
目を覚ますと見慣れた寮の天井だった。まるで悪夢でも見ていたかの様に全身が濡れている。寝苦しく感じ寝返りをうとうとすると、お尻と背中の辺りに体温よりも低い温度の液体の感触がある。寝ぼけた目で恐る恐るベッドの中を確認した。
みれば、お気に入りのネグリジェの股部分に水が溜まっていて、据えた臭いが漂ってくる。今よりもさらに小さいときに味わった懐かしい感触。もうあと一年もすれば成人になるこの歳でおねしょをしてしまうなんて。濡れて汚れた布団を洗う自身の姿に悲しみが込み上げてくる。同時に昨日犯した失態の記憶もよみがえり、この日は一日ベッドの上で泣いていた。
翌日も部屋から出る気にはなれず。その次の日も、次の次の日も出る気にはなれなかった。
気が付けば一週間も寮の部屋に籠っていた。その間に、先日の決闘は悪夢として何度も夢にみた。それを見るたびに、私はベッドとパジャマを濡らしていた。
少しだけ気力が回復した私は、カーテンも完全に閉まっている薄暗い部屋のドアを開き、七日ぶりの校舎へ重い脚を引き摺るように向かっていく。
すれ違う生徒に笑われているような気がする。視線が濡れていないはずの脚に向いている気がする。
誰にも顔が見られないように、俯きながら授業舎へと向かう。
「いたっ」
前を見ないで歩いてせいか、誰かにぶつかって転んでしまった。誰だかわからないが、視線が合わないように下を向いたまま立ち上がろうとする前に、腕を摑まれる。
「大丈夫ですか?あら?貴女はフレデリカさんじゃありませんか。体調の方はお戻りになられたのですか?」
この声を聴き間違えるはずはない。あの日、私に屈辱の塗れた敗北を味合わせた、今一番合いたくない人間。イルミネール。
摑まれた腕を振りほどこうと藻掻くが外れない。じたばたと罠から逃げ出そうと羽ばたく鳥のように暴れる。
寮から学園までの道で暴れている私を何事かと、生徒たちが見てくる。
多くの視線が私に集まっていく。逃げ出そうと藻掻いていた手足が、がくがくと震えだし、力が入らなくなっていく。
「どうしましたの?急に怯えた小動物の様になってしまわれて。まだお身体が優れないのですか?」
心配そうに訊ねるイルミネールの声は、耳に届かず。すとんと腰が抜けてしまう。力が入らなくなった下半身が温かくなっていく。
それに気づいた周囲の生徒の視線がさらに多くなっていく。
「——あああ……」
泣くこともできず、ただ震える声で掴まれていたイルミネールの腕へ縋り付く。
あまりに多くなりすぎた注目に耐えることができず、私の目の前が真っ白になっていった。
◆
急にどうしたのでしょうか。捕まえられた子猫のように手足をばたつかせながら、暴れていらしたのに、今は怯えたウサギのようにぷるぷると震えだして。
まさかまだ体調が優れないのかしら?頼まれたこととは言え、さすがにあれはやりすぎましたし。精神攻撃は喪心術師の基本ではありますが、まだ成人していない少女へあれはやりすぎました。精神的な不調が今もまだ続いている可能性も否定できませんわね。
「どうしましたの?急に怯えた小動物の様になってしまわれて。まだお身体が優れないのですか?——え?」
大変、フレデリカさんが漏らしていますわ。それに先ほどまでの震えもなくなって、ぐったりしています。はやく救護室へ連れて行かなければ!
「誰か!手を貸してくださいまし!」
呼びかけに応ずるものがいませんね。仕方ありません。緊急事態ですので已む無しですわ。
「【洗脳】」
これで運べますわ。術が解けましたらこの男子生徒にお詫びをしなくてはなりませんね。
◆
目覚めて初めに目に入ってきたのは、イルミネールの顔だった。
「ひうっ」
恐怖の対象になった彼女の顔をみた途端に息が苦しくなる。数分間の過呼吸をどうにか保険医に治めてもらい、少しだけ会話ができるくらいには落ち着くことができた。
「な、なに?な、なんの用かしら?」
声が上ずり震えて、怯えた情けないものになってしまう。
「申し訳ありませんでした。フレデリカさん。理由は不明ですが、貴女に掛けた精神魔法が予想以上に効きすぎてしまったようですの」
イルミネールが申し訳なさそうに深々と頭を下げながら、私に謝ってきた。声が聞こえるたびに、頭の中で畏怖の感情が巡り、身体が震えてくる。
「少し辛いかもしれませんが、聞いてください。貴女の精神に深くかかってしまった魔法を解くことはわたくしにはできません。ですが帝国領辺境のダンジョン都市にいる知り合いに解魔を専門としている方がいますの。学園の長期休暇に入る一週間後にわたくしがその方の元までお送りいたしますから、着いてきてくれますか?」
ほとんどなにも頭には入ってこなかったけれど、この不安感と恐怖心が消えてくれるならと、頷いた。
14歳の少女同士の口汚い喧嘩にする予定だったのになぜ、相手がお姉さまになってしまったのか。
あとどうにも文体が安定しない。