神の使い
ここからだとやはり商店街が一番近いだろうか。商店街には、小さいスーパーもあるから、日常品もある程度揃えることができる。無理して遠くに行く必要もない。
その前に、俺は自室に戻り、自分の異能力をいろいろ試すことにした。
自分の能力をしっかり把握しておかないと、いざ使おうとして思うように使えなかったら死に繋がる。
俺は脳内で自分が消えることを強く念じる。
思ったとおり、能力が発動する。この状態で机に触れてみようとしたが、やはり貫通してしまう。持つことも触ることもできない。
いま机と自分が重なった状態で能力を戻すとどうなるのだろうか。戻すことができないのか、それともどちらかが消えてなくなるのか。
一瞬試すのを躊躇ったが、小指の爪だけを机と重ね合わせ試すことにした。
能力を戻すと、机に俺の爪が埋め込まれる形で俺は実体を取り戻した。机からそっと指を離すと、元々傷一つなかった部分にちょうど俺の爪の形にそうように隙間ができていた。
その隙間が小さく、俺の能力が原因となってできたものか判然としなかったので、次は小指で試すことにした。
能力を発動し、左手の小指を机と重ね合わす。そして、能力を戻した。
すると、ピッタリ小指が挟まる形で机に穴が空いた。なかなか小指が抜けなかったので、もう一度能力を使い、机から小指を離す。
俺の能力は、透明人間となり、物理的な干渉を受けつけず、能力を戻すタイミングで他の物体と重なっているとその物体の部分は消えてなくなるというものだ。最強じゃねえか。
俺はにやけ顔で飛び跳ねる。自分の能力が思った以上に強くてテンションが上がってしまった。
今のところデメリットも見つかってないし、これなら化け物や理不尽な天災にも対抗できるかもしれない。
これなら外に出ても安心だ。
俺は早速、食料を調達するために外出の準備をする。
外出る前にトイレに行っておこう。
トイレの前まで行くと、中から玲奈が出てきた。
俺と目が合ったが、無視して俺の脇を通り抜ける。
「なあ」
俺は玲奈に呼びかける。しかし、華麗にスルーされていく。胸が痛い。
「玲奈!」
「何?」
二度目の呼びかけで玲奈はこちらを振り向く。
「この前言い忘れたけど、おまえの兄貴は最後までおまえらのことを考えていたぞ。ほんと極度のシスコンだよな。あいつはきっと玲奈の悲しい顔より笑った顔が見たいはずだ。だからあんま一人で思い詰めんなよ」
「この世界で笑えるわけないでしょ。それに兄貴のことなんてどうでもいいし」
「昨日の夜、部屋で泣いてただろ?」
「は? な、泣いてないし。え? 覗いたの? しねよ」
相当な慌てっぷりだ。流石に今のは失言だった。言わない方がよかったかもしれない。
一瞬後悔したが、そのまま続けて玲奈に言いたかったことを話す。
「俺だって義隆を化け物にした謎の現象が死ぬほど憎い。その現象が未だに何かわかっていない自分も憎い。だが憎しみに呑まれてしまったら、それこそこの世界に負けたことになる。こういう時こそ誰かに頼るのが一番だ。もし玲奈がこの現象の原因を突き止めるために行動するなら俺もついていく」
「好きにすれば」
それだけ言い残すと、玲奈は自分の部屋に戻っていった。
「じゃあ行ってくるわ」
玄関まで迎えに来てくれた琴音に一言声をかけ、非常口から外に出る。
「気をつけてね。もし何かあったらすぐ戻ってきて」
「わかってる」
外は相変わらず暗く、不気味だった。風一つ吹いておらず、聞こえるのは遠くで鳴く化け物の呻き声だけだ。
無惨にも崩れ落ちた鉄骨はすべてそのままだった。
俺はまた商店街に向かって歩き出す。
太陽が一向に現れないのはなぜだろうか。もし仮に本当に地球の自転が停まっていたとしたら、慣性力ですべてのものが吹き飛ぶ大惨事になっているはずだ。
この現象について考えれば考えるほど、新たな謎が増える。
痛っ!
上を見ながら歩いていると、股間あたりに違和感をおぼえる。何かにぶっかったような感触だ。
目線を下げると、そこに幼女がいた。
ブロンドのロングヘアーにアンテナのようなアホ毛が立っている。謎の幼女は俺の腹に顔を埋めたまま喋りだす。
「やっと見つけたわい。うぬが速水辰じゃろ」
「えっと、どちらさんですか?」
「わらわはギルバード・ファン・ステラじゃ。この世界の崇高なる神の使い、つまり天使じゃ!」
ゼロ距離で自慢げに話し終えた自称天使は、二歩後ろに下がり、ドヤ顔で決めポーズをする。
俺はまためんどくさいことに巻き込まれたようだ。