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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

波打ち際の私、桜色の彼女

作者: 山本輔広
掲載日:2020/02/17

 あなたはいつもそうやって、やっと掴めたと思うと私の手を通り過ぎていく。

それはまるで寄せては返す波に混じる砂のように。

波打ち際に手を曝せど、手の中のあなたは5秒後には消える。


 ねぇ、あなたをこの手に留めておくことは出来ますか。

 ねぇ、いつか波打ち際から陸にあがることは出来ますか。

 ねぇ、いつか陸に上がって、二人で。


「みぃ、相談があるの」


 その一言から私とミキは放課後の図書室に二人。

隣に腰掛けたミキは恥ずかしそうに、その表情を桜色に染めると話し始めた。


「先輩に告白されたの」


「先輩……前言っていた部活の?」


 悩ましい桜が揺れ頷く。

以前、ミキは所属している吹奏楽部の先輩から好意を寄せられている気がすると話していた。

その件の先輩は本当に好意を寄せていたようで、いよいよミキにその思いを打ち明けたのだ。


「ねぇ、どうしたらいいかな?」


 どうしたらいいかな、というのはこちらの方だ。

幼馴染であるミキにそんなことを言われ、私はどんな表情をつくればいいのか分からない。

消えた表情から漏れる言の葉は虚無。


 黙っていると、ミキは視線を読書机に落とした。

指先いじらしく、人差し指が机にいびつな円を描いている。


 まるで私だけが時間が止まってしまったようだった。

ほんの一瞬が長すぎて、次の言葉を口にするまでにかかった時間は長い。


「そう……だね、ミキはどうしたいの?」


「分からない。だから、相談したの」


『あんな先輩格好良くないし振っちゃいなよ』


『無理に付き合うことはないよ』


『嫌、付き合ったりしないで』


 浮かぶ言葉は漏れることなく、無情な感情で押し殺す。

本当は言いたい言葉たちを無理に殺しながら、私は言った。


「少し考えてみても……いいんじゃない、かな」


 少しも考えないでほしいのに。


「そうだね、すぐに答えは出さなくてもいいもんね」


 困ったように笑う顔は、胸の内に何を思っているのだろう。

ミキの顔は桜色のまま、感情の風に揺れているように思える。

どうせなら、風に吹かれてそのまま散れと思う私は。


 いつもは二人で一緒に帰るのに、私の頭にはミキの話題は重すぎた。

だから、用もないのに『ちょっと用事があるから』なんて言って、ミキが乗るのとは反対のバスへと乗り込んだ。

その時のミキの顔は、なんだか哀しそうに見えた。


 初めてみる、いつもとは違う景色。

反対方向へ向かうバス。窓から見える景色は濁っていて、空は今にも雨を降らせそうで。

私の目からはもう雨が流れていて。


 はじめてこの気持ちに気付いたのは高校に入ってからだった。

幼稚園から一緒だったミキ。幼馴染のミキ。家が近くて徒歩5分で会えるミキ。

中学にあがって色恋のシーズンが到来すると、私は異性よりも同性のミキが頭を過るようになっていた。

いつも一緒にいたはずの近しい存在は、年を重なるたびに綺麗になっていって。

憧れの気持ちだと思っていた。

でも、高校一年の夏、二人きりのお泊りで、私は胸のときめきを感じた。

あぁ、これが恋なんだって。私は同性のミキを好きになっていたんだって。


 行先なんてどこでもよくて、たどり着いた終点の駅は同じような帰りの学生に賑わっていた。

耳にはいる会話や車の音がどれもこれも雑音に聞こえた。

マフラーをまいていても感じる冬の寒さは、優しく私を抱いて、凍てつく心を笑うような乾いたビル風が吹き付ける。

この世界のどこにも、私の居場所なんてないんじゃないかって。そう思えた。


 また、ミキに呼び出されて、二人図書室の放課後。

顔を見るのが嫌で、私は西日が山の向こうへ消えていくのを見つめていた。


「あのね」


「うん」


 今、ミキは昨日と同じように桜色なのだろうか。

差す西日のみかん色させも掠めさせるような、ホットな感情なのだろうか。

きゅっと噛む唇はどうして。


「お付き合いするの、やめたの」


 ミキの言葉に私の時が止まる。

嬉しい言葉だった。うれしいはずなのに、私は昨日と同じように固まってしまう。

それにどう答えていいのかなんて。分からない。


「そっか……」


「ねぇ、みずほ」


「なぁに?」


 振り向くと、どうしてか泣き出しそうな顔をしたミキ。

桜色なんてどこか遠くに消えていて、西日のオレンジが紅茶色の髪を焦がすように照らしていた。


「今日、泊りにいってもいい?」


「……いいよ」


 そこに何が含まれているのか分からない。

何故泣きそうなのかも。何故急に泊りたいなんて言い出したのかも。


 泣き出しそうな16歳が人差し指と親指だけで、私の腕をつまんだ。


「みずほは、どう思った?」


「正直、安心しちゃった」


「そっか……うん、そっか」


 指先が制服越しに肌をいじる。触れたくても触れられないような、いじらしい指先。


「ミキ、今日うちに来たら、私の相談にも乗ってもらってもいい?」


「うん、いいよ」


 これから私が何を話すのかしったように、彼女は笑っていた。

 西日差す空には群青が伸びて。それはまるで海原みたいで。

輝く星たちが砂のようだった。

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