六話
勇者と女魔族が対話をする事を選んでからどれほどの時間が経っただろうか。
二人の間にあった空気はガラリと変わり、今は子狼についての会話をしている。
「だから、この子は私が育てるって言ってるじゃない! そもそも、この子を見つけて保護したのは私だし!」
「まて、そのモフモフは俺が連れて行く! 立派な猟犬……いや、猟狼に育ててやる」
「こんなかわいいのに!! 狩りなんてさせたら怖い顔になるじゃない!」
「いやいや、狼なんだから狩りは本分だろう!」
二人は言い争いを続けているが、数時間前までと違い子狼にめろめろと言っても過言で無い状況で、言い争いの内容の実に柔らかい物だ。
ただ、勇者の中にはもやもやとした思いが無い訳でも無い。
今までの常識と違う反応をする魔族が居る。国や教会が教えてきた内容とまるで正反対の彼女を見ていると、勇者は一向に答えが見つける事が出来ずに、今は全てを棚上げする事に決めた。
それ故に、思考を少しでも休める為にも子狼の話題に踏み込んだ。
「で、このモフモフには名前が必要だな……〝もふ〟とかで良いんじゃないか?」
急に子狼の名前をつけようとする勇者。もはや思考がオーバーヒートし過ぎているのだろう。そんな勇者の態度に困惑を覚えながらも、名付けは譲れない! と、女魔族は反論した。
「ちょっと待ってよ! 私が保護したんだから私が名前をつける! しかも〝もふ〟って、貴方ネーミングセンス皆無じゃない!」
「まて、俺のセンスが皆無だと!? 素晴しいセンスだろうが! ペットの名前と言うのは解り易い物にするというのが相場だろう!? もふもふしているから〝もふ〟完璧じゃないか!」
「何言ってるのよ! そんな狼の名前あるぅ!? せめて〝ルフ〟とか〝コル〟でしょう!?」
「まてまてまて! お前のセンスも微妙じゃないか!!」
傍から見れば二人のセンスは五十歩百歩だろう。しかしこの場に他人は居ない。唯一居る子狼も、二人の言い争いを他所に気持ち良さそうに眠っている。
子狼の名付け。この流れで一気に二人にあった偏見や険悪な空気は吹き飛んでしまった。
そうして、その事に気が付いた勇者が少し会話を止め深呼吸をした後、纏う空気を変えて真剣な表情をし女魔族へと顔を向けた。
「な……何よ。そんな真剣な顔をしてもこの子の名付け権は譲らないわよ?」
「いや、それは良い。少し聞きたい事があってな」
女魔族と関わって常識が崩壊した勇者。その中で生まれた……生まれてしまった疑問を彼女へと話していく為に、今一度勇者は停止した思考を再会し真剣な思いで彼女へと向き合った。
「何、簡単な話だ。俺達人間は魔族を絶対悪と決め、殲滅する対象として戦ってきた。まぁ、その事は今は良い……お前に聞きたいのは、何故魔族は人間と戦うのかだ」
普通に考えれば、「お前達が攻めて来るから」や「人間なんて踏み潰す対象だから」などの答えが帰ってくるだろう。しかし、それでも勇者は知りたいと思ってしまった。
何故、人間と魔族が争うようになったのか、その切っ掛けについてを。
ブクマ・評価ありがとうございます!!
さて、この作品……登場人物の名前が出てきてません。まぁ、色々と理由はありますが……いやはや、まさか子狼の名付けが最初に出てくる名前とはw