五話
女魔族の説明は彼女の言う通りで、何も面白い事は無かった。
だが、その説明におかしな反応を示したのは勇者だった。
「……と言うと何か? 貴様は魔族の癖に、赤子の狼が可愛いから守っていたと?」
「魔族の癖にって……それは偏見すぎない? 私だって可愛いと思えば手助けぐらいするよ」
この、赤子の動物を守るという行為に、かなりのショックを受ける勇者。
それもそのはずで勇者が受けた教育とは、〝魔族は絶対悪で弱いモノは助けず甚振る者達〟と言うのが常識の様に語られていた。
しかし、今現在において彼の目の前に起きている光景は全くの正反対。これはショックを受け混乱しても仕方ない話だろう。
「なによ? 私がこの子を可愛がるのがそんなにも意外なの? 其れとも人間にはこの可愛さが解らないのかしら」
「いや、そのモフモフが可愛いのは認める。だが、余りにも常識外過ぎて理解が追いつかん」
「常識外ね……まぁ、それを言ったら私にとっても同じよ。なんで人間がこんなところまで入り込めるのか……私達からすれば、余りにも考えたくない状況よ」
お互い様。と言うのはこう言った状況の事を言うのだろう。
魔族にとって人間はひ弱な者で、群れなければ何も出来ない弱者。
人間にとって魔族は心の無い荒くれ者。人間を襲い殺戮の限りを尽くす排除すべき相手。
そういった認識だったはずなのに、今この二人の状況がその〝当たり前〟を否定している。
ただし、女魔族にとっては一つだけ……そう、一つだけ心当たりが有る。
故に、相手の正体に当たりを付け、話を振ってしまう。
「一つ聞くけど、こんな所で人間が散歩をするかのように歩いている。しかも魔族の私より強い人……勇者で良いのよね?」
実際の所、戦闘中にも女魔族は勇者だと考え、相手に勇者と呼びかけていたのだが、余りにも勇者と言えるような言動ではなく、勇者自身もそれに対して否定も肯定もしなかったので、今再び勇者に対して確認の意味を込めて質問をした。
「まぁ、こんな場所に来る事が出来るのは勇者のみだろう? もしくは勇者に付き従っているパーティーメンバーだ」
「あら……そういえばパーティーメンバーは居ないみたいね」
「ふん。俺は単独の方が戦えるからな。っと、そんな事は良い。貴様……そのモフモフを如何する積もりだ?」
「貴方に会わなければ、家に持ち帰って育てるつもりだったけど……私を逃がすなんて事はしないのでしょう?」
育てる。その言葉を聞き勇者の心は揺れた。
魔族が何を言っているんだという思いと、目の前の状況、主に子狼を優しくなで微笑みかけている女魔族の表情。
果たして、ここでこの女魔族を殺害し、子狼を奪って良いのだろうか? その思考が勇者の脳内を駆け巡る。
従来の勇者であれば、有無も言わずに斬り殺していただろう。しかし、旅をする中における度重なるストレス。漸く一人になれたという安心感。
そんな勇者の前に突如として現れた女魔族。そして、彼女との会話による異常な状態。
もはや勇者には、正しい思考と言う物が出来る状況では無い。と言うよりも、何が正しいのかすら解らなく為っている。
「少しだ。少しだけ時間をやる。お前は俺の質問に答えていけ。後、余計な事は言うなよ」
なので、少しでも疑問を解消する為に、勇者は対話をする事を選んだ。それが、どれだけ今までの認識を覆すのか、薄っすらと感じつつもそれを否定するかのように。
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