二話
森の中を勇者が彷徨っている。何も言わず飛び出した手前、戻るのが辛いとかそう言う訳ではない。彼には、後戻りをするつもりなど一切ない。
彼が思うのは、「自分一人の方が間違いなく効率が良いはずだ」という事だ。だからこそ、戻る理由など欠片も無い。
「さて、此処まで来たらあいつ等は足を踏み込む事すら無理だろうな」
今、勇者が居る所はモンスターが蔓延っている森、それも最も深い場所だ。どれだけ軍を編成したとしても、勇者が居なくては誰一人として、森を生きて抜ける事が出来る場所ではない。
それ故に、この森は〝還らずの森〟と言われているが、勇者に取っては散歩するように歩ける場所だ。だからこそ、この〝還らずの森〟へと飛び込んで、今はほっと一息ついている状況だ。
だが、そんな一息ついている勇者を狙うモンスター達が待ってくれるはずも無く、一匹一匹と近づいては襲い掛かってくる。
勇者もモンスターが近づいて来たとしても、ただの素材か食材にしか思っていない訳で、剣を抜く……そんな動作を見せる事も無く、一瞬の間にモンスターの死体が積み上がっていく。
「まぁ、俺は素手でも倒せるが、こいつ等のレベルは人間からすれば脅威だからな」
もしもの話だが、勇者パーティーの女性三名が真面目にレベリングをしていれば、彼女達もこの森で戦い抜く事は可能だっただろう。しかし、現実の彼女達は勇者に殆ど任せっぱなし。当然、レベルが上がっている訳が無い。そんな彼女達がこの森に入るのは、即死を意味している。
因みにだが、この森の必要レベルを言うなら、三百と言う数字は必要だ。勇者は現状だと五百台と三百程度ならば、目隠しをしても余裕である。
一般人のレベルで言うなら、戦闘を一切しない生活をしていると五レベルから十レベルの間で、国に仕えている兵達は五十前後と言ったところだ。
そして、勇者のパーティーメンバーだった三人はと言うと、八十レベルと一般的に見れば、上位クラスの力は持つものの、国の最上級クラス騎士や魔法使い、それにギルドに所属するAクラス以上の実力者には及んでいない。当然、勇者のお供としては全く使えないレベルである。
これでも、旅をし始めた頃は同じレベルだったのだから、どれだけ彼女達が手を抜いてきたか解る話だ。
閑話休題
「む……森の一部が騒がしいな」
勇者は森の一部で何かが蠢いた事を察知する。それは、この森に何者かが侵入したからなのだが、この森に人間が入る事は先ず無い。
「ふむ……魔族の者でも入り込んだか?」
魔王を頂点とする魔族達。彼等は人間よりも様々な点で能力が勝っている。その中でも身体能力や魔力は、特に優れていると言っても間違いないだろう。
そんな彼等であれば、この森に入りレベリングをしていても可笑しくは無い。と言うよりも、勇者達との戦いのために、率先して入ってきている可能性もある。
「……様子を見に行くか。もしチャンスがあれば、倒しておいた方が良いだろうしな」
勇者は侵入者が高確率で魔族だと判断し、戦闘をする覚悟をした。
この森でレベリングをする様な相手だ、放っておけば後々に強敵として勇者の前に立つ可能性がある。ならば今のうちに倒しておけば良い、そう判断をするしかなかった。
しかし、この出会いが後々、勇者にとって、勇者が向かう先に居る者にとって、そして世界にとって全てを狂わせる事になる事は、誰も気がついて居ない。……この世界の神ですらも。