20章 決死の刃
互いに語ることはもう無い。無数の剣戟の声が、集落を満たす。
俺は驚きと共に、焦っていた。
既に死んでてもおかしくない程重傷のシッチの斧が、切り結ぶ度により疾く、より重くなっていく。それに対し、俺の剣は勢いをどんどん衰えさせていく。
勝っていたはずの俺の手数が気が付けばシッチとほぼ同等になっていた。
恐らく、秘湯の効果が薄まり始めているのだろう。その分、『人間作家』の出力も抑えられているのだろう。再生と破壊の均衡をたもたなければ、代償で戦闘不能になる。
一方で、出力が下がり続ければシッチの攻撃を防げなくなる。
ゆっくり、少しずつ、死が迫ってきている。いよいよシッチの手数に体が追いつかなくなってきた。一、二撃目を防いでも、三撃目は防ぐどころか完全に回避することも難しくなってきた。掠っただけでも鋭い痛みが全身に走る。傷はすぐに再生するが、それに生命エネルギーを使った分、『人間作家』の出力が下がる悪循環だ。
『朧霞』で攻撃を外させ、反撃に打って出る。脚を狙い、斬り払うが簡単に防がれる上、先程のようにシッチを後ずさりさせることは叶わない。だが、この隙に少しだけ傷は癒えた。剣を力強く握り、再びシッチと打ち合う。
躱すだけではダメだ。『朧霞』で攻撃を外させたとしても、三撃目を終えた頃には初撃を放った腕が自由になり、攻撃を放っても防がれてしまう。何とかして、決定的な隙を生み出さなければ────残り少ない時間の中で。
更にシッチの攻撃が重くなる。横薙ぎの一撃を剣で受け、吹き飛ばされないように必死に踏ん張る。耳をつんざく音が響き、耳鳴りが木霊する。
ここまで来ると、掠っただけでも致命傷になりかねない。全神経を研ぎ澄まし、体に鞭を打つ。
そして、待ちに待った決定的な隙が訪れた。最も、俺にとってではなく、シッチにとって、のものであるが。
「────?」
何かが弾けたような音と共に体勢がガクンと右に崩れる。攻撃を食らった訳では無い。すぐに立て直そうと力を込めてみるが効果はなく、力なく地に右膝をついてしまう。
一瞬脚に視線を落とせば太腿から肉を突き破り骨が出ていた。開きすぎた膂力の差に、俺の体が耐えられなかった。
シッチが斧を空振りする。丁度、直前まで俺の首があった場所だ。突如体勢を崩したため外れたが、まだもう一本、振り上げた腕がある。
防げるか?いや、無理だ。右足の踏ん張りがない今、剣で受けたところでそのまま潰されてお終いだ。
受け流せるか?無理ではない。だが、今の体勢では技が決まらない。隙が生まれ、次の一撃で死ぬ。
躱せるか?これも同じだ。右足はすぐには治らない。躱せたとしても、次は無理だ。
─────いや、違う。守りじゃない。俺が今取るべき行動は攻めだ。初撃を放った腕はまだ戻っていない。受けた後に体勢を崩したことで受け流ししたような形になったからだ。ここが唯一のチャンス
「『世界観測』!」
魔力を解放し、世界を上書きする。そして次の瞬間、シッチの斧が左肩にくい込み、抵抗なく左腕を斬り落とす。本来であれば、俺の体を両断していたはずの一撃を、腕一本を犠牲に済ます。当たらない可能性の世界は無かった。
これで奴の攻撃を終わりだ。守りに回す腕はない。心臓を貫く、そのために残った左足で地面を蹴り、加速を得る。
しかし、遅い。遅すぎる。俺の想定よりも限界が近かったのだ。このままだと俺の剣が到達する前にシッチの斧が間に割り込んでしまう。
ならば、その動きを阻害しなくては
「『防壁』!」
魔力で作られた半透明の壁が、防御に回るシッチの斧を止める。妨害に気付いたシッチが『防壁』を破壊するが、既に遅い。
剣の切っ先が無防備なシッチの左胸に吸い込まれていき、手に確かな感触が伝わる。
濃密な筋肉を突き進み、その奥にある確かなものを穿つ
『時間切れです。これ以上の活動は不可です。』
直後全身の力が抜け、剣を握る力も無くなり背中から落下する。魔力も尽きた。吐き気と痛みで辛い。肩の傷口からは血が止まらない。少し前までは全身熱くて仕方がなかったのに、今は寒い。風がどうとかでなく、体の芯から冷えるような感覚だ
「……ワシは後悔しておらぬ。みなを裏切ってもなお、救いたい同胞────友がいたのだ。」
シッチが何か言っているが耳鳴りで聞こえない。そもそも心臓を貫いたのにまだ死なないのかこいつは。
もう一撃、食らわせないと─────そう思い、立ち上がろうとするが指一本動かすことが出来ない
「さらばだジーン。もっとも、お互いこのザマじゃすぐに再会するかもしれないがな。」
全く聞こえないが、何かを言い切ったのだろう。視線を俺から外し、それからゆっくりと後ろに倒れる。手負いであったにも関わらず、強かった。勝てたのは奇跡に近い。
早く少女を連れ出し、逃げなければ。シッチは倒したが、悪魔がまだいるかもしれない。アイリーンの元へ、行かなければ。それに、魔力漏れが治っていなければ大変だ。
動け、動け、動け、動け
そう命令するも、体が全く動かない。そういえば、死相がどうとか言ってたな…ここまでのようだ。
まさか治療に来たはずなのにそこで命を落とすなんて、笑えない冗談だ。視界もぼんやりしてきた
あぁ……寒いなぁ……
『シンクロ率向上。【人間作家《ゴーストライター】、ステージ2へ移行します。』
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灯りのない暗闇の中、少女は目を覚ました。混濁する頭で、状況を思い出し、すぐに外へと飛び出す。
まだ夜は明けていない。月明かりしかない薄暗い視界の中、少し離れた場所に倒れている存在に気付く
「お兄ちゃん!」
小さな体で走り寄れば、そこには片腕を無くした黒髪の少年と、胸に剣が突き刺さった水色の巨人が一緒に倒れていた
「まだ、生きてる。でも、死相、濃すぎる…!」
死相が見えるということは少年はまだ生きている、ということだ。だが、彼の死相は今までのものと違い、死ぬ間際の生物に見えるそれと同じだった
「嫌、嫌、死な、ないで。お兄ちゃん…!」
少女は嬉しかったのだ。半人半魔。禁忌である存在の自分を守ると言ってくれた。奇しくもそれは、母と同じ言葉だった。自分の正体を知れば、少年は他の人と同じ、軽蔑の目で自分を見るかもしれない。それでも少年から感じた、母の言葉に、少女の胸は暖かくなった。
でも、死にゆく少年に何もすることが出来ない。母と同じく、死んでしまう。そしてそれを、眺めることしかできない。
深い深い絶望が少女の心を覆い尽くす。両手から漏れ出る魔力の量が急増する。常人であれば、すぐに枯渇してもおかしくない量の魔力が漏れ出ていく。
漏れ出る魔力の量はどんどん増えていく。そして、突然ピタリと止んだかと思えば、少女は意識を失い、倒れ込んでしまう。
無人の集落に、完全な静寂が訪れる。そのうち、悪魔が少女を見つけ、この静寂は破られるに違いない。だが、それよりも早く、静寂は破られることになった。
黒いもや状となり、漂っていた魔力が、少女の意思と関係なしに、力を発現させる。
静寂を破り、立ち上がる人影が一つ。
少女の願いを叶えるために、それは動き出した。
完成間際に下書きが全部消えました。ショックのあまり数日もの間手がつかず、再開した際に前半の内容がうろ覚えとなり、変更も混じえて書き直してたら遅くなりました。いつかも書きましたが、基本的に週一投稿を心がけていますが、二話連続遅れてしまい申し訳ありません。m(*_ _)m




