18章 騎士の志
油断していた。あの規模の『黒霧』を使えるなんて聞いていなかった。その前には不意打ちに近い一撃を人間に防がれてしまった。今頃標的と合流して逃げてると考えてもいいだろう。全く、面倒なことになった
「それもこれもあのじーさんのせいだ。問答無用で殺しにきやがって。」
全身に残る激痛に舌打ちする。じーさんから食らった傷は決して軽くない。全力には程遠い状態にされてしまった。そうでなけりゃ、あの人間を仕留め損なうなんてことはなかったというのに。
いや、それは言い訳というものだ。仕留め損なったのではない。殺したくない、そんな甘い気持ちが残っていたのだ。その結果、失敗し、こうして限りある時間を浪費することになってしまった。
だからこそ、己の心を殺す。狸のじーさんの時と同じ、目的のために、命を選ぶ。もう、引き返すことは出来ない。
悪魔共が四方八方へと、標的を探しに動き出す。だが、やつらの行き先を知っているワシには関係ない。じーさんを半殺しにした時、番兵の若造が戻って来て教えてくれたからな。
小人のとこに何があるかは知らんが、辿り着く前に追い付き、人間を殺し、標的を攫う。魔法を使えないように次は気絶させるとしよう
「すぐに殺してやるからな、坊主。」
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山羊人族の集落まで戻って来た頃、四度目の轟音が響き渡った。これで『黒霧』が全て払われ、敵が自由になっただろう。すぐにでも動き出すに違いない。
偵察型の悪魔を全て撒き、今も見つかっていない。現状、敵が俺たちの居場所を知る術はない、となると、選択が生まれてくる。
一つ目は山羊人族の集落に身を潜め、助けを待つこと。
どういう訳か、今この集落には山羊人族も悪魔もいない。一本道である以上、敵がこちら側に来た場合、道中で追いつかれる可能性が高い。
二つ目はこのまま小人の集落へ向かうこと。敵が反対側に探しに行ったことに賭け、アイリーンに合流し安全を得る。
この集落は安全かもしれない。だが、同時に不気味すぎるのも確かだ。
二つに一つ。敵は既に動き出している。本体が来なくても、偵察型に見つかればアウトなため、すぐに行動しなければならない。
何があるか分からない場所で潜伏か、命懸けで逃走か。少しの沈黙の後、答えを出す
「ここに隠れるぞ。少なくとも、出歩くよりは安全のはずだ。事態が収束するか、助けが来るまで隠れ続ける。」
「駄目。あいつ、ここに、来る。真っ直ぐ、来る。隠れ、ても、無駄。」
だが、そんな決断を少女は否定する
「…敵は俺たちの居場所を知らないはずだ。どうしてそう言い切れる?」
「ごめん、なさい。魔力、漏れるの、止まら、ない。隠れ、ても、バレる。」
それは、『黒霧』の代償なのだろうか、少女の両手からは魔力の流出が止まらない。ずっと漏れていたとなれば、大気中の魔力を辿って少女を見つけ出すのは容易いだろう
「止まらなさそうか?」
「うん。魔法、暴走、させた。これ、は、罰。ルール、を、破った、罰。ごめん、なさい。」
「大丈夫だ。それよりも、自分の心配をしろ。」
場所がバレるのは不味いが、それよりも少女の状態の方が深刻だ。このまま漏れ続ければ、魔力が枯渇してしまうだろう。
少女を背から下ろし、手を握る。手探りで魔力漏れを治そうと探るが、止まる気配はない
「アイリーンなら治せるかもしれない。先を急ぐぞ。」
少女に手を差し伸べる。だが、一向に握ろうとしない
「お兄ちゃん、逃げて。あいつ、の、狙い、は、私。今、死相、とても、薄い。きっと、逃げ、切れる。」
「お前を見捨てけって言うのか?」
「私、足手まとい。ごめん、なさい。」
そう言って俯いてしまった。少女の魔力を辿っているのならもう時間はない。少女の言う通り、悪魔たちの狙いは俺じゃない。このまま一人で逃げれば生き残ることが出来るだろう。
だが、俺は動かなかった。俯いた少女の頭に手を乗せ、優しく撫でてやる
「お兄ちゃん?」
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はジーン。ホーファーツ王国からやってきた『戦士』のジーンだ。夢は騎士団に入団して、父親のように人々を守ることだ。」
まぁ父親の記憶はないんだけどな。突如自己紹介を始めた俺を、少女は不思議そうに見上げている
「俺は、お前のことを知らない。何故狙われているかも知らなければ、そもそも名前も知らない。」
分かっているのはオセロの知り合いということぐらいだ。種族も分からない
「だけどな。俺の目指す『騎士』ってのは、少女を見捨てて逃げるようなやつじゃない。」
ここで少女を見捨てることは、志を捨てるということだ。記憶にない父への憧れ、それだけのために師匠の弟子になり、村を出た。志を捨てれば、過去も、未来の俺も、死んでしまう
「まぁ何が言いたいかって、すぐに敵を倒してやるからそこの家の中で待ってろ。」
「駄目!死相、濃く、なった。早く、逃げて。死んじゃう。死んじゃう。」
少女の瞳から涙がボロボロと零れる。お互いのことを全く知らないと言うのに、この子は俺のことを心から心配しているのだ。そんな優しい少女を、ますます見捨てることはできない
「悪いな。」
涙を流す少女のうなじに手刀を入れ、気絶させる。力の抜けた小さな体を抱き、近くの家の中に寝かせる
「さて、そろそろ時間だな。」
家から出れば、集落の入口に立つ存在に気付いた。見覚えのあるその姿に驚くが、すぐに心を落ち着かせる
「助けに来た…ってわけじゃないんだろ?おっさん。」
「そうだな。とりあえず、遺言なら聞こう。」
入口に立っていたのは、悪魔なんかじゃなかった。見るに堪えないほどの切創。象徴である四本腕のうち一本がちぎれかけており、動かせそうではない。
多腕族族長、シッチ。ここにいるはずの無い男が立っていた。




