14章 援軍到着
「ぐヌゥ…バカナ…オれガ……」
膝から崩れ落ち、大猪が地に沈む。膨れ上がった上半身が萎み、元のイノヒコの姿に戻る。立ち上がろうと、手をつけ、力を入れようとするが一向に立ち上がることが出来ない。それもそのはず、彼の両腕の骨は折られており、歪な形となっていた。
地に伏したままの彼の頭を、彼を倒した張本人、カーラが踏みつける
「あー、痛てぇ。これが『狂戦士』のスキル、『狂化』か。パワーはあったが、ちと繊細に欠けるんじゃないか?」
全身を覆っていたローブはそこら中が破かれ、その下に傷はあれど、イノヒコに比べればずっと軽傷だ。イノヒコが苦悶の表情を浮かべながらカーラを睨みつける。そのイノヒコと目を合わせたカーラは嗜虐的な笑みを浮かべる
「くく、負け犬にそっくりな顔だぜ。ここのとこ、ムカつくことが多かったが今はとても心地良い。」
「悪趣味な女め…。」
「なんとでも言いな。さて、満足したがオレの仕事は終わってねぇ。とりあえずあんたには死んでもらうぜ。」
頭を踏んだまま、杖の先をイノヒコに向ける。カーラから流された魔力が集まり、光が生まれる。徐々にその光が大きく、眩くなっていく
「まずい!族長を助けるんだ!」
「くそっ、邪魔をするな!」
他の猪人族が助けに行こうとするが、魔物と悪魔に阻まれてしまう。そうしているうちに光が熱を帯びた。消耗したイノヒコにトドメを刺すのに十分な魔力が集まる。ちょっと強い程度の初級魔法、彼女であれば瞬きの間に唱えることが出来るが、わざとゆっくりと力を溜めた。
イノヒコ、そして周囲の亜人の絶望を堪能する為に
「『岩弾』」
光が変質し、小さな、拳ほどの石となる。高速で射出されたそれは、イノヒコの背中、心臓にあたる場所へ目がけて一直線に向かう。
背中を突き破り、心臓を穿ちイノヒコの命が絶たれるまでもう一秒と時間はない。
己の死を悟り、イノヒコが悔しさに目を瞑る。
その時、黄金の風が吹いた。
魔物も、悪魔も、猪人族も、己の隣を吹き抜ける風に気付くことはない。風がカーラの目前に到達する。目を瞑るイノヒコはその正体に気付いていない。この時点で気が付いたのはカーラだけ。
風は止まらない。そのまま、カーラとイノヒコの隣を吹き抜けようとする刹那、風が象を結び、一人の虎人族がその姿を見せる
「『居合二文字・双蒼牙』」
上りの斬撃がイノヒコに迫る石礫を切断。両断され、二つの欠片となった石礫はイノヒコの体に侵入するが、心臓部からは外れた。続く二刀目、上段から振り下ろされる音速の刃がカーラの首を落とさんと迫る。
だが、寸前で杖が滑り込み、防がれてしまう。強引に刀を振り切れば、華奢なカーラは宙に浮き、後方へと飛ばされる。イノヒコを庇うように間に立ち、刀を構えるのは『サムライ』シャモだ
「お前…シャモ……!この…馬鹿野郎が………俺なんか放っておけば……!」
「嫌ですよ。あの魔法を先に斬らないと間に合いませんでした。それよりも、心臓には当たってないですけど深手なので大人しくしていてください。」
『居合』によって補正がかかった状態でも、間に合うかギリギリであった。もしイノヒコを見捨て、カーラに斬りかかっていれば防がれる間もなく首を落とせたに違いない。その事実がイノヒコの心を苦しめる。
シャモは腕利きの剣士だが、それでもミストリオーレの族長たちにはまだ及ばない。そして、目の前のカーラは間違いなく族長クラス。今のシャモでは太刀打ち出来ない。不意打ちで仕留め損ねた以上、二度目の『居合』が通じるか怪しい
「ハハッ!残念だったな。そんな死にかけの猪一匹の犠牲でオレを殺すチャンスだったのにな。」
「逃げろ……俺が時間を稼ぐ…」
ボロボロの体に鞭を打ち、イノヒコが立ち上がる。『岩弾』で空けられた穴から血が噴き出す。満身創痍、肩で息をし、いつ倒れてもおかしくない彼ではもはや一分と時間を稼ぐことも難しいだろう。
それでもなお、カーラに向かおうと『狂化』をしようとし───────
次の瞬間白目を向いて気絶した
「俺の可愛い可愛い息子が大人しくしろと言ったんや。黙って寝とればええんや。」
気がつけば後ろにもう一人の虎人族が立っていた。トサカ頭に藍色の浴衣の虎人族。虎人族族長ティーゴが背後から殴り、イノヒコを止めたのだ。
猪人族の集落の危機に駆け付けたのはこの親子だけではない。次々と虎人族が集落に現れ、魔物と悪魔を切り捨てている
「虎人族、加勢しにここに参上。帝国のメスゴリラ、こっからは俺が相手や。」
「だ・れ・が!ゴリラだってぇ!?」
カーラが杖を操り、合図を送れば三匹の狼の魔物が現れる。主の意に添うため、眼前の獲物を食いちぎらんと顎を開き、その鋭い牙を見せながら飛びかかる。
だが、それらは一息のうちにティーゴによって切り捨てられる。刹那の三閃。自分が斬られたことに気付かないまま、鳴き声一つ上げずに三匹とも絶命した
「獣風情にしては中々やるみたいだな。次はあんたが楽しませてくれるってことでいいか?」
「楽しませることは叶わないやろなぁ。」
「あ?」
「──ここで死んでしまうんやから。」
地が爆ぜ、ティーゴが爆発的な加速を果たす。その速度は、『居合』中のシャモをゆうに越している。大上段からのシンプルな一撃。カーラが杖で迎え打つ。長剣と杖が合わさり、甲高い音と共に衝撃波が生じる。
鍔迫り合いになる、そう思われたが両者の力を拮抗しておらず、カーラが吹き飛ばされる。次々と家屋を突き破り、魔物をクッションに五つ目の家屋で止まる。
イノヒコが敗北した相手を軽々しく吹き飛ばすその光景を見た猪人族から大きな歓声があがる
「さっすがティーゴさん!帝国のメスゴリラを一撃だぁ!」
「いかにメスゴリラといえど、相手が悪かったな!」
ティーゴの一撃で士気が上がり、虎人族の加勢もあって戦況が変わっていく。防戦一方で次々と増えていた魔物と悪魔が次々と倒れていく。
カーラが吹き飛ばされた家屋が爆発し、瓦礫が四方八方へ飛び散る。その爆発の中心ではカーラが立っていた。
大きく吹き飛ばされはしたものの、ティーゴの刃は届いておらず、魔物がクッションとなったため軽傷で済んだようだ。
戦場をゆっくりと歩き、ティーゴの前に戻る
「まだ生きてやがったかメスゴリラ!」
「だけどティーゴさんに敵うと思うなよメスゴリラ!」
「ティーゴさんはこの国で一番の大剣豪!後悔してももう遅いぜメスゴリラ!」
「だああああああああ!ゴリラゴリラうるせぇ!」
完全に復活した猪人族によるメスゴリラコールに、顔を真っ赤に染めて憤るカーラ
「おい、あんた!相当強いみたいだからオレも本気を出すぜ!」
「ええよええよ。俺も帝国人とはいえ弱いもん虐めは嫌やから。」
「余裕ぶっこきやがって、オレを怒らせたツケはでかいぜ。」
ローブを勢いよく脱ぎ捨て、取り出したのは七枚の羊皮紙。それぞれには魔法陣が描かれており、全てに同時に魔力を流し込む
「『召喚』!」
魔力を流し込まれ、魔法陣が起動する。羊皮紙が燃え上がり、魔法陣の中心から恐るべき力を持った魔物がそれぞれ一体、合計七体召喚される。
召喚されたそれは立派な口ひげを持ち、空中を優雅に泳ぐ魚類──鯉だった。七色七匹の鯉が召喚され、カーラの周囲を守るように泳いでいる
「さぁ!こっからが本番だぜ!」
「嗜虐的」がし〇じの一発変換で出てこなくて驚きました。




