1話
ご挨拶が遅れましたが…俺の名前は、豊城隼一、職業は町のお巡りさんやってる26歳です。姉は豊城紫乃。動物看護師で、兄はフリーのカメラマン…名前は気絶してるし、割愛。まぁわりかし普通の家族構成の筈なんですが…この生物が、もうちょっと人間社会に適応してくれると、心置きなく普通って言えるんですけどね‼︎
ぶっ倒れたのは親父だけではなく、お袋も釣られるように気絶し、兄貴は椅子に白目を向いて凭れた……(俺1人だけに濃ゆい案件残しやがって…!)俺の座るソファーの横のフローリングに若干の怨みを籠めて3人を転がして落ち着くために痛むコメカミを揉みほぐした。
「…整理させてもらうと、姉ちゃんはこの1年間異世界にいた、と。で、その世界でレオンハルトさんに世話になって、その上、レオンハルトさんがドストライクな見た目、性格…おまけに、移住環境も最だった為に旦那としてゲットし、永住決めたけど今回は紹介しに帰ってきた、と…」
「うん」
大正解、と、呑気にぱちぱちと手を叩く姉。冷静に冷静にと語りかけていた良心の俺さえも真顔で親指下に向けてヘルゴーサイン。(よしきたオッケー任せろ)ふっかく息を吸い込んだ。
「大っ正解じゃねーからな⁉︎何他所の世界の人ゲットしてんの⁉︎つうか、どうやって行ったの⁉︎行ったら帰って来れるもんなワケ⁉︎そして、お好みだったからって別世界の人連れてきていいワケ⁉︎そんなんだったら世界中、異世界行き来&異世界婚し放題だわ‼︎」
「それなー」
「同意求めてねーわ‼︎この規格外生命体が‼︎」
誰がこんな規格外な事に同意求めるか‼︎居たわ、目の前に‼︎存在自体規格外が‼︎ソファーから勢いよく立ち上がり頭を抱えて叫べば、自分の事なのに暖簾に腕押し、糠に釘…全く慌てておらず呑気に紅茶を啜る姉と、横でオロオロして俺と姉を心配そうに見比べるライオン。これが他人の出来事ならシュールすぎて腹抱えて笑えるのに、当事者な今は全く笑えない。
「普通は帰ってこれないよ。今回は知り合いに行き来できるヒトが居たから帰って来れたの」
「…行き来できる人?」
「できるヒト」
微妙にアクセント違う気がするが…とにかく、規格外なのは姉以外にも存在するらしい。え、やだ恐い。(レオンハルトさんは、もう見た目がただ単にライオンなだけで常識人だ。もう、とにかく良心の塊だわ。仏だわ。破天荒すぎる姉はカーリーでレオンハルトさん、シヴァだわ…お願いですそのまま暴れ狂うカーリーを鎮めて宥めておいて下さい。うん、拝んどこう…そうしよう)心の中で拝んでいたら、いきなり何のアクションもなしに座ったまま真横のアルミサッシをすぱんと開けて空を見上げた姉。
やめて、突然の奇行。
本当、心臓止まりそうなるからね。弟、あなたの大好きなおばあさまのトコロ逝っちゃうからね。(逝ったとしても、この姉なら足掴んで引きづり戻しそうで恐ろしい…‼︎)
「クラマ」
意識が遠くに飛んでいるうちに、姉は俺を無視して静かに呼んだ瞬間。まるでファンタジーゲームのワンシーンの様に庭に落ちてきた黒い羽と、その羽を散らす黒翼を生やしたクール系美青年…俺は静かに両手で顔を覆った。(もう、ツッコミきれねーよ。俺も現実逃避したい。気絶して邪魔だから床に並べといた両親と兄貴の隣に今すぐ倒れたい。)
手を顔から離したらすぐに切れ長の黒い瞳と目が合った。瞬間、クールに整っていた顔はヘラヘラした顔に変わった。マジか。
「どーもどーも!天狗のクラマでーす!お姉さんにはいつもお世話になってます!」
テンション高い上に見た目に合わないチャラさのおかげで、思考の彼方に走り去っていた筈の冷静さとツッコミ力が全速力でカムバックしてきた。そして、もう一回言わせて。
マジか。
「世話、っすか?」
「そ、そ、俺、こっちで言う所のお巡りさんやっててねー!お姉さんが犯人逮捕上手くって上手くって!いつも助かってます!」
「動物の習性がそのままあるから行動が読みやすいよ?」
「異世界の住人をペット扱いしていけません‼︎」
とんでもないことをけろりと言いやがる姉に頭痛と腹痛、そしてこのチャラい美青年が同業者と言う衝撃に目眩が怒涛のタックルけしかけてきやがった。頭と腹を抱える俺にレオンハルトさんは苦笑しながらフォローを入れた。
「でも、俺も助かってるんですよ。大怪我で運ばれてくるヒト達の中には偶に手がつけられない程暴れるのが居るんですけど、種族が違うとからっきしにわからないこともあったので、治療するこっちが怪我を負うことも多々あったんですよ」
「あー…成る程」
動物看護師の姉は、種類問わずで暇さえあれば動物の生態と飼育の勉強していた…まさに変人の動物好き看護師。そして、そんな姉にとっては病院をしているレオンハルトさんの所は人間は一切いない楽園な上に趣味の動物観察もできる願ったり叶ったりな環境。なるべくしてなったという事か…
ため息を吐く俺に、クラマさんは残念そうに笑った。
「若先生のとこだから諦めたけど、本当はウチに来てほしかったんですよねー」
「ボランティアでたまに手伝うよ」
「ま、こればっかりは本人の意思が最優先だし、仕方ないですよねー。で、弟君は?弟君はお姉さんと同じ職業?」
「ちがいます。警察です」
やべぇ、今一瞬目が金色になってた。がっちりロックオンされそうになってた。心の底から、動物関係の仕事に就いてなくてホッとした。
警察と聞いて、ぱちくりと瞬きを繰り返したクラマさんは「何だ同業さんかー」とヘラッと笑って、俺の肩を叩いてきた。力強っ⁉︎え、俺の右肩ちゃん大丈夫?生きてる?つか繋がってる?メキとか音したんだけど?クラマさんの手はかなり軽い動作だったのに関節ずれた時並みに痛いんですけど?鈍い音を発てた自分の右肩に慄きながらも、若干涙目になり引き攣らないように笑うしかない。
「残念だなー、お姉さんと同じだったら是非ともウチに欲しい人材だったんだけどなー…お姫さんに顔も似てるし」
…おひぃさんとは、恐らく、いや確実に姉の事か。確かに、俺と姉の顔は比較的似てるが、瓜二つというワケではないので、その猛禽類の目はやめて下さい。怖い、怖すぎる…よし、最後の言葉とその目は聞かなかった、見なかった事にしよう。(身内の恋愛模様なんぞ知りたくないっしょ⁉︎)
「ま、冗談は程々にして」
いや、絶対半分以上本気だった気がするが…触らぬ神にたたりなし、言わないでおこう。へらへら笑っていた顔が引き締まり、最初の印象通りの鋭利な美青年になったクラマさん。懐からスマホみたいなタブレットを出してスライドした瞬間、半透明の画面が目の前に出現して目を見開いた。(あっぶねぇ!叫ぶところだったわ⁉︎)
「今回は、異世界に多可干渉した犯罪者を逮捕する為に、Eh出身者、豊城紫乃に協力を仰ぎ、つきましては弟君にもお力添えを何卒お願い致したく参上しました」
「イ、イーエイチ?」
え、何語?思わず首をかしげて鸚鵡返しした俺に、クラマさんは口元を少し緩めてタブレットを操作した。目の前の半透明の画面の中で見慣れたアルファベットがバラバラと集まった。
「Eden earth human略してEh、人だけが進化し発展している世界を指す言葉で、若先生みたいに獣だけが進化した世界はEden earth animal、Eaって呼ばれてるんですよ」
「ん?あれ、んじゃクラマさんは?羽あるからレオンハルトさんと同じ世界なんじゃないんですか?」
「あ、俺はちょっと特殊でEdenっていう始まりの世界出身者なんで、んで、異世界の各管理、治安維持の部署所属です」
成る程、規格外の集まりの1人という事だな。もう、それゲームで言うチートだろ。神様みたいなもんだろうがよ…つか、何処がお巡りさんだ。それ警視総監とかのど偉い人の位置だろ。
「んで、お姫さんはEh出身のはずなのに、Eaに来れちゃって…それだけでも驚きなのに、なーんでかEden出身と同じ能力があって、もうこっちは大慌ての天手古舞!お偉いさんも大パニック‼︎…の隙に犯罪者さんが異世界に渡っちゃってね…」
いやお恥ずかしい限りで、と苦笑いするクラマさんに俺は滑るようにソファーから落ち、横たわる3人の横に正座し…
誠心誠意、フローリングで三つ指揃えて土下座した。
「海よりも深く山よりも高く、心より、謝罪申し上げます」
やっぱ姉が一番の規格外だ‼︎規格外な存在に規格外扱いされる時点で可笑しすぎるだろ⁉︎(え、俺本当に姉と血が繋がってるの⁉︎)
「なんで謝んのさ。逃げられるような警備してるのが問題でしょ」
「黙れ完全破壊兵器‼︎」
なに心外だ、みたいな顔して爆弾通り越して隕石落としてんだ!そのままお口チャックしていやがって下さい‼︎とか、思っていたら、姉の隣に座ってるレオンハルトさんが視線を逸らし遠くを見つつそっと姉の口を両手で塞いでいた。その手つきは物凄く慣れてた…もしかして、こういう事しょっちゅう言ってんの?(……考えん‼︎ありがとう!ありがとう‼︎俺あなたに足を向けて眠れない‼︎)
心の中の俺が土下座してレオンハルトさん像に向かって参拝していると、クラマさんがカラカラと笑いながら自分顔の前で手を振った。
「いやいや、お姫さんの言う通りこっちの落ち度なんですよー。ホント、生き物は皆進化し続けるものなんだからいつかはお姫さんみたいなヒトが現れるのを前提で俺達はいなきゃいけなかったんですよ。なのに老害のEden信仰者が多くてねー」
早く消せればいいんだけどねぇ…?
…地面抉って地下から響くみたいなひっくく小さい声が聞こえた。聞こえたくないけど聞こえちまった。こっわい、つか警察の癖に殺人…いや殺獣予告してない?え?警察?このヒト、ホントに警察?暗殺屋じゃないの?この眼光とか、この肌がピリピリしてるような薄笑いとか、マフィアとか暗殺屋とか言われた方が超納得できるんですけど⁉︎いっかいのお巡りさんは普通耐えられませんけど‼︎そういうの、もっと慣れた方(まるぼうとか公安とか)に担当チェンジしてもらいたいんですけど⁉︎
「まぁ、本音は一先ず置いといて」
「本音⁉︎そこ普通は冗談って言うとこですよね⁉︎」
「俺、嘘つけないんで!」
わぁ、すっげぇ笑顔‼︎
知りたくなかった…‼︎そんな本音は知りたくなかった‼︎両手で顔を覆って項垂れた俺に救いの手が伸びた。
「クラマ、いい加減話を進めろ。弟さんに協力を仰いでおいて内容を教えないのはフェアじゃないだろう」
今まで黙って様子を見ていたレオンハルトさんが、眉間に皺を寄せてクラマさんにため息を吐いた。姉の口は押さえたままでいて!お願いします‼︎つか、口押さえたままなんてマジですか⁉︎(前に俺がやった時は背負い投げで一本決められて流れるように腕ひしぎ掛けられめ左腕とグッバイする勢いだったんですけど⁉︎)
「弟さ…えっと……」
「あ、すいません。隼一っす。ジュンでいいんで…名乗らなくてすいません…倒れてる他3人も」
そう付け足せば苦笑いして「突然、結婚したなんて報告して、おまけに姿が君達と全く違うヤツが娘さんを貰ったなんて衝撃的だったろ?」と、首を傾げた。(本当に良心の塊だ…‼︎すいません、ほんとすいません。この姉が選んだ相手だから警戒してました…なんて口が裂けても言えん‼︎)
「ジュンくん、俺から簡単に話させてもらっていいかな?」
「お願いします」
深々と頭を下げた。
この際、いつのまにかレオンハルトの手を逃れて、タテガミを馬ブラシ(馬の毛で作られたブラシ…って、アンタ本当にどこから出した⁉︎)で梳かしてる姉の存在は俺の視界から消そう。(本当フリーダムだわこの人‼︎)
「まず、彼らの特徴なのですが、姿が獣人、と言うのは当てはまりません。彼等は時空を超える術と共に擬態の能力があります」
「擬態って…あの、カメレオンが色変えたりとかのっすか?」
「えぇ、こちらの世界の擬態はそうらしいですが…百聞は一見に如かず、ですね。俺の顔…今は猫科の顔ですが…」
そう言って目を瞑ったと思ったら、ぞわぞわと顔面にあった毛は引っ込んで、裂けていた口は徐々に縮んで伸びていた鼻は引っ込んでいき、見る見ると彫りが深いハリウッド俳優張りのワイルドイケメンに…って、ズゥルゥウウッ⁉︎擬態でそんなイケメンになれるとか、俺がやりたいわ‼︎擬態じゃなくて、変体じゃねぇかよぉぉ‼︎(心の中で荒ぶったわ…)
「こう、骨格や瞳孔は変わりませんが人と同じ姿にはできます。口の大きさも変わってはないのですが…」
「あ、見えにくくなるんすね」
よっく観察すると、両口端から耳付近まで線が走っている。開くけど、開かないように見せられる…こういう所が擬態って事か。
タテガミは、癖毛のちょっと長めのブラウンゴールドに変わりタテガミを梳いていた姉は無言で三つ編みにチェンジしている。いやいや、アンタ少しは反応変えろよ…呆れて姉をジト目で見る俺にレオンハルトは苦笑し隣の姉に視線をずらした。
「あの、シノさん?ちょっと説明中だから手を離さないかな?」
「猫イケメンプリーズ」
「あ、はい」
レオンハルトさん、そいつそんな甘やかさなくていいです。苦笑したまま素直ににゅにゅっと獅子顔になったレオンハルトさん(変幻自在かよ…)を満足げに眺めて三つ編みを大量作成する…って。
「いい加減ヒト様の髪を悪戯するのやめなさい!毛が癖になるぞ⁉︎」
「ふわふわのレオも可愛い、おっけ」
「おっけじゃねーよ!おめーの主観関係ねーから‼︎」
あ"ぁ"ぁぁぁ‼︎話が脱線どころか彼方に飛んでいく‼︎もうヤダこの姉‼︎本当に俺血繋がってるの⁉︎
「姫さん、姫さん、俺が言うのも何だけど話進まないから飴ちゃん食べて大人しくしとこーねー」
「仕方ない、貰ってあげよう」
貰うのかよ。
つーか、食うのかよ。もはや、園児扱いじゃねーかよ。それ、4歳児くらいの扱いだろ。偶に園内に姿を現し園児達に勝手にお菓子あげてる園長か。それともあれか、滅多に会えない初孫をデロッデロに甘やかすじぃ様か‼︎
じぃ様いねぇからわからん‼︎やっぱり園長か‼︎だめだ、この2人は意識から…いや、この場所から排除しないと話が進まねぇ‼︎
苦笑しているレオンハルトを前に俺はゆっくりと立ち上がって息をふっかく吸い込み、腹にため…
お祖母様‼︎俺に力をぉぉぉ‼︎
「てめぇら外で遊んだこいやぁぁぁ‼︎」
渾身の力を込めて、クラマさんと姉を扉をあけて玄関に放り投げた。
一言:バ◯ス‼︎(滅びろ‼︎)
何が、とはいわずもがな