プロローグ
拝啓、天国に住わすおばあさま。長袖の名月も過ぎ、栗満月を心待ちにする今日ですが、そちらでいかがお過ごしでしょうか。つきましては、挨拶も漫ろで申し訳ないのですが、本日は重大でかつ緊急に報告したいことがございます。
あなた以外の人間はみんな嫌いだとのたまった人間嫌い…さらに男が大嫌いな姉が、去年の秋にふっつりと音信途絶えて消えてしまいました。いくら放蕩が趣味でしょっちゅう居なくなるのが常でも、何の連絡もなしに消える姉ではない、と、皆方々を探し回ったたのですが手がかり1つ掴めやしません。半ば諦めかけていたら、丁度一年後の今、なんと結婚相手を連れて帰ってきました。
帰ってきてくれただけでも、非常に嬉しく驚きの事ですが、まさかの旦那まで連れてくるとは、奇跡か夢か幻のようなので家族じゅう、頬を抓り合いしました。大変痛かったので夢ではありません。でも、あの姉なだけあって、普通の男性を選ぶのだろうか…と、いう家族じゅう一抹の不安は感じていました。
ぴかぴかポカポカの秋晴れの今日、いつもならこんな心地のいい休日の午後はソファーやベッドに転がり、だらだらゲームをして過ごしているはず…
なのに、リビングの窓際に並ぶソファーに家族全員が集まっています。姉と姉の旦那以外の俺たちは緊迫感が張り詰めている…
3人掛けのソファーは机を挟んで2つある。片方は俺、親父、母さん。後ろには椅子を引っ張ってきて座っている兄貴。そして、机を挟んであるソファーに座る2人…
こっちは、3人座ってもまだ少し余裕があるのに、向かいに座る2人のソファーにもう1人はキツそうだ。
「初めまして、レオンハルト・ヴァン・ウォンターナーです」
「……どうも」
丁寧な物腰と丁寧な言葉遣い、俺や親父、兄貴とは真逆な受け答え…姉が嫌う男とは逆…あれ、目の前がちょっとかすれる。って、話が逸れた…姉が連れてきた人は紳士だ。物凄く紳士で静かな感じ…でも、レオンハルトさんと話してる俺以外はみんな目を逸らしたり、しきりにお茶を飲んだりしている。わかる、俺も話してなかったら全力で目を逸らしたい。許されるならゴシゴシ目を擦って目の前の出来事、人物が現実で本物なのか確認したい。
「え、えっと…暑く、ないっすか?」
「いえ、それほど暑くはないです。俺の故郷はもっと暑いので寧ろ涼しいくらいですよ」
「そっすか…」
会話が途切れ、珍しくずっとにこにこと笑ってる姉の姿が眩しいのか、目の前のかなりの強面モフモフの人物を受け止める事に脳が許容範囲を超えたのか目と頭が非常に痛い。
「大丈夫ですか?具合でも悪いんじゃ…」
「あ、大丈夫っす…」
親切と心配の心遣いが身と心に沁みる。こんな事言うのは非常に申し訳なさが浮上するが、言わせて欲しい。
俺たちの不安はど的中し、姉はライオンのフルフェイスを被った変人紳士な旦那を連れてきやがりました。おまけに外国産です。
「えーと、レオンハルト?さん、のご職業は、格闘家かスポーツジムのトレーナーさん、っすか?」
滅茶滅茶ガタイがいい。ボディービルダー並みにムッキムキで、スーツの上からでも筋肉でガチガチなのがわかる。え、どんな鍛え方したらあぁなる訳?顔がスカータトゥー入りのフルフェイスなのも、プロレスとかの選手だからなの?故郷暑いって、メキシコだろ!メキシコだよな‼︎プロレスの本場だもんな‼︎メキシコのレスラーだと考えれば何とか、何とか俺の脳みそが理解しようとしている。いや、するしかないんだけど…
「いや、医者です」
「そ、町のお医者さん。行倒れの私拾って介抱してくれたのもレオ」
「姉ちゃん何やってんの⁉︎つか、医者⁉︎その猛獣フルフェイスで⁉︎え、子ども泣くでしょ⁉︎」
爆弾発言した姉へのツッコミも忘れず、何でそんな肉体してんのに医者なんだよ、どんなギャップだよ、そんなギャップいらねぇよ。何で医者がフルフェイス被ってんだよ。そして、何でよりにもよってライオンのフルフェイスだよ…!それ、医者じゃなくて狩人の顔だよ⁉︎もっと他の動物の選択があっただろ?あったよな⁉︎突っ込みどころがありすぎてもう言葉がでねぇよ!
「いやまぁ、初見の子どもにはよく泣かれますね…えっと、あの、フルフェイス…とは?」
「いや、だからその…」
フルフェイスなのに困った表情に変わる…すげぇ高性能なマスク…困惑気味なレオンハルトさんに、俺も戸惑ってしまうと…
「あぁ、ごめん言い忘れてたわ」
と、姉は右手をグーにして左手を叩いて、徐ろに隣に座っているモフモフのレオンハルトさんの顔を両手で掴んで、むにり、と、猫の顔を引っ張るように頬を伸ばした。…は、伸ばした?
「これ本物の顔」
みにょーん、と、伸ばしたレオンハルトさんの口から覗いた牙の列。伸ばした部分からは人の肌なんて現れない…あるのは赤っぽい歯茎に並ぶ本物の獣の牙だ。姉の言葉を皮切りに親父が白目向いて床にぶっ倒れ、母さんがぽかんと目と口を開いて口を潤そうと持っていたカップを落とし割り、兄貴は目をかっぴらいて固まった。俺もそこに仲間入りしたいけど、そんな事をしてる場合ではない。
「…は?」
「獅子獣人で、異世界人のレオンハルト・ヴァン・ウォンターナーさん。私の旦那様です」
「改めて、よろしくお願いします。」
「はあぁぁああぁぁぁ⁉︎⁉︎」
おばあさま、大幅に訂正です。姉は外国産の変人紳士ではなく、異世界産の人外紳士の旦那を連れて帰ってきやがりました。行方不明中、誰が異世界に行ってると思うのか、つか、異世界から生き物を連れてくるとか、ありなんですか。むしろ、異世界ってそんなホイホイ行ける所ですか。俺は一体何を言えば正解なのでしょう。寧ろ、正解が存在する案件なのでしょうか。一般常識のいの字も頭にないこの姉はもはや俺たちではちんぷんかんぷんで理解不能です。唯一、姉を躾けられたあなたが作った姉育成書が切実に欲しいと思います。どこかに遺してくれている事を祈っています。
敬具
一言:このバカ姉‼︎ふざっけんな⁉︎