友人は偉大だ。
酒を飲みすぎたせいか少し眠りが浅かった。午前4時20分、いつもより1時間半近く目が覚めた。
まだ早朝で外は真っ暗なままだ。着替えずに寝たため服はぐしゃぐしゃ、髪もボサボサで、風呂にも入ってないから少し臭う。頭からは柑橘系の整髪料の香りが少しした。風呂に入る前に洗濯機に服を放り投げ動かす。寝起きで少し意識ははっきりしていないが洗濯の合間することもなくシャワーを浴びることにした。
土曜日の朝、今日は休みで何もすることがない。何をしよう。彼女に連絡を取ろうと思ったが昨日別れたばっかりだ。現実をまだ受け止めきれてない、いかに冷静に振る舞ったとて数日はこの憂鬱な気分が続くのだろう。
朦朧とした意識のまま蛇口を捻る。シャワーノズルから吹き出した水が体にかかり意識が覚醒し、同時に冷たさに慌て蛇口を捻り水の噴出を止める。体にまとわりついた水滴が足を伝い床へと流れていく。覚醒した意識のまままた思考に耽る。
今日ほんとに何をしよう。ただの休日普段は家の中に閉じこもってテレビをずっと見たり読み終えていない小説を読んだりしている。でも今日は少しでも違ったことがしたかった。久しぶりに遠くにでも行こうか、少しでも人と関わらないそんな日が有ってもいい気がする。シャワーを浴び終えて体を拭いているとスマホに一件の通知が入った。昨日の返事だ、家に行っていいか?といった内容、今日はあまり人と関わるつもりは無かったが何故か二つ返事をしてしまっていた。もしかするとこの気持ちを誰かに共有したかったのかもしれない。
部屋に戻り服を着る、窓の外は微かに明るくなっていた。朝の報道番組をみる傍、部屋の掃除をし、洗濯し終えた服を干す。いつもの朝だ。朝食はパン一枚にインスタントコーヒー、21にもなって未だにブラックには慣れていないが最近は少しずつ慣れて来ている気がする。
コーヒーを飲み始めたのは彼女からの影響だった、彼女は非常にコーヒー好きで自分にはよくわからないコーヒーの味を語られたこともあった。その時の彼女の心境はわからなかったけれどいつも以上に楽しそうな表情をしていたと思う。そんなこんなで少しでも話について行こうと飲み始めたコーヒーのブラック、今となってはこの苦さが良いような気がした。
朝の掃除を終えて少しした頃にまた眠気が襲って来た。部屋も掃除したしいつ誰が来ても良いくらいには整っている。彼も来るときには連絡を入れてくれるだろう、そう思いつつ意識を手放した。
睡魔に襲われ2時間弱、インターホンの音に目を覚まされた。二度寝の後は何故か心地よい。少し目に横で固まった目やにをティッシュでふき取りながら玄関に向かう。開けたドアの先には高校以来の友人の姿があった。
気取らない程度にあてたパーマに流行を抑えているかのようなファッション、トレンド優等生のような風貌の同い年の友人。同郷で、大学は違うが近所に住んでいるためこうやってよく家に来る。
「入って、今家の中大したもんないけどゲームとかつついて暇つぶしといて。ちょっと昼の食材買って来る」
口早にそう言ったが、彼はいや、いいと返事した。どうやら彼は自分を連れて外に飯を食いに行く予定だったようで昼飯の用意はいらないとのことだった。
「今日さ、時間ある?暇なようだったら久しぶりに一緒に釣りにでも行こうかなって思ってんだけど」
「昨日のこともあったし今日は特に用事ないし、俺ついて行ってもいいけどいつも通り見てるだけだけどいいの?」
「あー、うん。問題ないよ、あとカメラ持ってこいよ、もしかしたら写真撮ってもらうかもだし」
趣味である写真撮影、ド素人同然だが写真を撮るのは好きだ。
カメラ、景色でも撮るのだろうか。何のためかはわからないが、今日は実際家からは出るつもりだったから少し都合が良い。少しは気分転換になりそうで、少しは気分が晴れた。
「いつ頃出る?」
「あと2時間くらいゴロゴロさせて」
そう言ってベッドに腰掛けゲーム機の電源を入れる。
「ところでバイクはメンテちゃんとしてるか?今日ちょっと遠出するかもしれんからしてないならしとけよ念のため」
「たぶんそれは大丈夫だと思う、先週ちゃんとしたし、後でちょっと確認してみるわ」
子供の頃によくやっていた対戦アクションゲームをやりつつ会話を交わす。昔よくやってたものを少し年を取ってやると童心に返った気がしてとても楽しく思える。何事もたぶんそんなものだろう。いつか今の気持ちも忘れて、あの時は楽しかった、よかったなどと宣うようになるのだ。
「高校の頃の覚えてるか?お前が彼女を振った時のこと」
ふと昔のことが気になって口から言葉が出る。
「よく覚えてる。受験期を言い訳にして別れようって言ったやつな、よくある話だと思うけど我ながらクソみたいなことをしたなって思ったよ、間違ってはなかったと思うけど」
「もしかするとその振られた彼女さんと今の俺似てるかも知んない。なんか振られ方も同じみたいな感じだし」
「そうなんか?俺の場合は嫌いになって振ったんじゃない、でもその時には好きでもなかったけど」
好きでもなかった?なら何故振ったのだろう、好きではないから、それだけで振るのは少し違う気がする。
「なんで、」
そりゃ、とコントローラーを動かす手を止めて水を飲んでから
「好きでもないのに付き合ってたらお互い消耗すんだろ、こっちは好きじゃなくなってて対応するにも素っ気なくなるし、向こうはそれに対して機嫌を伺ってきたり、なんかそれって違うと思っただけだわ」
そんなもんなのだろうか。もし自分がその立場なら申し訳なくて振ることが出来無い、そんな気がする。
「たぶんだけど、今回のお前は似たようなもんだと思うぞ、いちいち嫌われたくなくてご機嫌伺いばっかしてたんだろ、ありがちだしお前ならやりそうだ」
言いだす前に核心というか、図星を突かれ言い返すにも
「間違っては、ないと思う」
それ以上に言葉が出なかった。いつも嫌われまいと行動ばかりしてきたのだから。よく考えたらわかることだ、同列だったはずの相手が徐々にご機嫌伺いの従者になり下がっていき、自分は勝手に格上の主人になっていく。その先にある関係がまともなパートナーであるはずがない。断定はできないけど心地の良いものではないだろう。でも嫌われるのはもっと嫌だ、そんな気がした。
「考えすぎだろ、自分の好きなようにしとけばいいじゃんか、なんかそんなんじゃ暗すぎてつまらん」
「いや、仕方ないだろ。振られたばっかの友人に慰めの一つもないのかよ」
「何ベタなこと言ってんの。てか、飯連れてってやるだけでもありがたく思え、今日は奢ったるわ」
そんな友人の言葉に
「ありがと」
以外の言葉が出なかった。
慰めに来たのか、諭しにきたのかわからないけど彼なりの友情なのだろうか、そう考えると少し嬉しくなる単純な自分がいた。