無駄な思考を巡らす、そんな時間
「――だから、私たち別れよう」
彼女が発したその言葉、今までの二人の関係を無に還すような、そんな冷たい口調だった。
自分はその言葉を受け入れるよう心を抑えて頷いた。
最悪だ、自分が、時が、その場が、目に溜まった涙が、すべてが。
何もかもが嫌になった。何も反射しない濁り切った眼を提げて歩く、すべてがぼやけて見えた。視界だけは明瞭なまま、心だけが濁っていた。
いつもは目もくれない白線とアスファルトの熱割れがよく見える。久しぶりの感覚だった。蟻が列をなし白線の上を歩く姿がよく目立つ。普段は気付けないことに今は気付ける。後悔ばかりだ、あの時こうしていたら変わったのか、などとどうしようもない思考ばかりが駆け抜ける。
いつも最善ばかりを選んでいたわけじゃない。いつも少し一歩引いて無難な、とても無難なことばかりしてきた。確かにそんな日常が続くと嫌になるだろう。人間不信なのかはたまた別なのか自分はいつも一歩を踏み出せずにいた。無難に過ごせばこの日常は終わらないと勝手に確信していた。いや、自分は嫌われたくない一心で相手のことを考えず保身にいつも走っていたのだ。
今更気づいても遅いことばかり今更気づく。自分がその立場に立った時たぶん自分でも面白くないな、いつもと変わらないやと考えたのではないだろうか。今日はなんてない日常普通気にも留めない日常だ。会社帰りのサラリーマンたちが雑談をしながら横を通り過ぎる。自分も周りもそこに存在するのに自分は世界から一人隔絶されている感覚にとらわれていた。
今日はおとなしく帰って寝よう、酒でも飲んで楽になろう。後悔ばかりしていても何も変わらない。そうだ、今日のことは幻だ、無かったことにしよう。そう考えるとまた涙が溢れそうになった。いいんだ、今までの自分に対する報いだ。
いつもと変わらない歩幅で歩く、ゆっくりと。足を踏み込む音がよく聞こえる。今まで歩道橋を渡る時の足音なんてなんて気に留めてなかった、コンコンと小気味良い音を鳴らすものだ。体がいつもに比べ重いような気がした。家に帰るんだ、ゆっくりしたい。今は今だけは楽にしていたい。そんな思考のままコンビニに入り発泡酒と炭酸水を二つづつカゴに放る。炭酸で割ろう。酔いを少しでも回したい一心だった。
今までのことを思い出す。今日は彼女の仕事が終わった後に一緒に夕食を食べに行った。行ったのは最近できたイタリアンレストラン。大学の同期の一人が開店翌日にめちゃくちゃおいしかった、特にカルボナーラは是非おすすめだというものだからいいネタができたと思って彼女を誘ったのだ。喜んでくれるかな、とただそれだけで。
その前は一緒に水族館に行った。水棲動物と触れ合えると聞き、飛びつくように誘った。よく考えたら自分の自己満で彼女をいつも振り回してたのかもしれない、好かれようとただ一人で、子供のように、はしゃぎまわるように。特に面白げも無いけど定番のデートプランを固めて。いつもそうだった気がする。もう気にしても意味のないこと、もう終わったことだ。
そうやって思考を巡らすうちに家に着く。鍵を開けベッドに向かい歩く、服を着替えずにそのままベッドへダイブした。布団がいつも以上に柔らかく感じる。
友人宛にスマホからメッセージを飛ばす。別れた、と。
スマホの電源を切りテレビの電源をつける。ゴールデンタイム、ちょうど人気のトーク番組が流れている。テレビの中で明るく振舞う彼らを少しばかり眺めていると少しだけ眩しすぎるように感じた。今はこんな気分じゃない、そう思い番組を変える。
番組を変えていくと子供の頃よく見たアニメ映画が放映されているのが目に入った。主人公はいつも一人ぼっちで旅をしている。不老な主人公は旅の中でいろんな人と出会い仲良くなるが周りは年老いていき最後はいつも一人ぼっちになる、そんな話だ。小さい頃はただの冒険話だとばかり思っていたが年を経て主人公には主人公なりの葛藤があるんだと気がついた。
この話はひとりぼっちになることを受け入れ主人公自身その時を楽しむという現状が何も変わらないままのオチで終わるのだが物語の最初と最後では主人公の顔つきが大きく変化しているという点が幼いながらなかなかに刺さった。多分主人公は自由に生きることに生きる意味を見出したんじゃないだろうか。
テレビの電源を消し考えを巡らす。思った以上に考えさせられるものだ、子供向けとかそんな感じで考えてたけど全くそんなことはない。大人でも十分考えさせられる内容だ。今を生きる意味をなぜか考えてしまう。好きな生き方をしたい。自由に生きて満足のいく人生を過ごしたい。今のまま生きてそんなことができるだろうか。
だめだ、今日は何もかも考えすぎだ。関係ない思考までよぎってしまう。酒でも飲んで寝よう。