裏野ドリームランド調査報告書‐出口‐
ミラーハウスは一本道ではなく、二本の出口がある。一本はスタッフオンリーのもので、迷子案内所に繋がっている。そして、もう一本は、客の出口であり、入り口のすぐ隣にある。この出口は、ずっと鏡ばかりの道をたどった私たちの感覚を現実に引き戻すような仕掛けがたくさん残っていた。白塗りの壁には出口、という看板があり、明るい窓からは月光が差し込んでいる。しかし、手入れの行き届いていないのか、泥やら蜘蛛の巣やら、見た目にはよくないものが壁際にかき集められていた。
スタッフ用の椅子に座った少年は、相変わらず足をふらつかせながら、出口の看板を一身に見つめている。
「ここにいる子供たちは、肉体の欠損のせいで、天にも地にも至ることができないのです……廃墟となった後、私がここに拠点を置いたのは、この子たちの居場所を守るためなんですよ。ただ、苦しみながら城内を彷徨う子供たちの姿があまりにも異様でしたので……本当は好ましくないのですが、こうして生前の姿を象った魂を戻してやり、今に至るのです」
出口、EXIT……この兄妹はとにかくそういった言葉に頻繁に視線を向ける。もしかしたら、逃げ場のないこの場所を、退屈に、或いは恐ろしく思っているのかもしれなかった。私は、意を決して尋ねてみた。
「ここにいるのは、つまらない?」
死神が悲しそうな目で少年の答えを待つ。少年は出口を黙って見つめていたが、少女に目配せをして、自嘲気味に笑って見せた。
「先生はいいひとだし、みんな俺たちと同じ境遇だから、仲もいいし退屈しないよ。でも……」
「でも?」
「でも、大人には、ちょっとなってみたかったかな」
少年はまるで生前を懐かしむように、一言一言を噛みしめるように答える。
「……そればかりは、私にはどうしようもない……。力になれなくて……」
死神の言葉を遮ったのは黙っていた少女だった。穏やかな表情で、首を振る。よく見ると首筋には切られたような傷があり、それを認めた宮島が目を逸らした。死神は嗚咽交じりに彼女の頬に触れる。接吻するように、優しく、でこを合わせた。
「ここにやってきた自殺志願者をこっち側に誘導して、一緒に共同生活を送るようにしたのは、ただの偽善だ。人間には、死ぬ権利も、生きる権利もあると思う。それでも、生きる選択肢がある人達が、簡単に命を絶ってしまわないように、って思うんだ。俺たちはさ、もう「選べない」んだから」
その言葉には、決して悲観的な意味も、強がりも感じられなかった。吹っ切れたような彼の笑顔に、私たちは何も言わなかった。月光は深く、明るく園を照らしている。
―この場所を出よう、ここで立ち止まっているわけにはいかない―
そんな直感が私の中の何かを動かした。死神と少女が深く抱擁をするその姿を見届けてから、私たちはこの場所を去る決意をした。
「それでは、死神さん、お世話になりました」
「どうか、ここで見つけた何かが、貴方達の幸せに繋がりますように、願っています。」
「兄ちゃんたち、死にたくなったらまたここに来なよ!俺の生首見せて脅かしてやるからな!」
笑っていいのか分からないような、妙な冗談を苦笑で誤魔化す。少女は兄の手を強くつなぎ、小さく手を振る。とても穏やかな笑顔で、私たちの顔もついほころぶ。
「はい、こちらこそ。有難うございました」
三人で手を振り、鏡の向こう側へと戻っていく。現実に戻った時、私たちはきっとこの場所の変わり果てた姿に、涙を流すのであろう。しかし、同時に、この場所を残したいと、そう強く願うのだ。
今までにない、不思議な満足感が私の中を突き抜ける。廃墟のミラーハウスには似つかわしくない、三人の吹っ切れたような笑顔がそこにはあった。
「いい報告になりそうですね!」
宮島の弾んだ声。常花は何となく名残惜しそうに鏡の向こうを見ている。私は、そんな二人の肩を軽くたたいて、部長らしく声をかけた。
「今回は、大成功させるぞ」
廃園した遊園地に響く、穏やかな時間。あの不気味な城に手を合わせて、私たちは調査を終了したのだった。