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裏野ドリームランド調査報告書‐鏡の向こう側‐

  腰の低い死神は大広間を抜け、律儀に順路通りに案内を始める。

「この廊下はとても狭くてですね、子供たちが二人並んで通せんぼされると私は執務室に戻れず困ってしまうんですよ。あぁ、そうそう、ちょうどあんなふうに……」

 二人の少女が道の真ん中で絵を描いている。絵は実に楽しそうにメリーゴーラウンドで遊ぶ子供たちだ。

「これこれ、そんなところで遊んでいたら先生が困ってしまうよ……」

 死神が諭すように言うと、少女は顔を見合わせて、右の鏡に張り付いた。私は彼女たちと目が合ったので、軽く手を振ってみた。彼女たちは顔を見合わせたが、直ぐに笑顔で手を振り返してくれた。

「おじさん、こんにちは!」

「お、おじ……」

 穢れのない笑顔で言われ、怒るに怒れずにたじろいでいると、宮島が噴き出した。彼はここに来て初めて笑ったのだった。私は宮島に拳骨を食らわす。宮島のよく響く悲鳴が鏡に反響する。常花が屈んで、少女たちに声をかける。

「ごめんね。お姉ちゃんたち、ちょっとみんなの様子が見たくて、こっちに来たんだ」

「なんで?」

 いたいけな少女の瞳に常花も思わず返答に困る。死神が屈み込んで答える。

「この人たちはね、みんなの元気な姿を見て元気を分けてもらいに来たんだよ」

「そうなの?」

 常花は困ったように笑う。

「絵、上手だね。ここのメリーゴーラウンド?」

「うん!ときどきね、せんせーに動かしてもらって、遊んでるの!」

「死神さんの仕業でしたか!」

 宮島はしてやられたと言わんばかりに大仰に反応する。ふと、鏡の向こうを見た。相も変わらず鏡の向こうは廃墟の遊園地だ。鏡に映るのは私たち三人だけで、生き生きとした子供たちの姿は鏡の向こうには映らない。それが酷く悲しいことのように思えて、私は目を逸らした。死神はそれを察したのか、立ち上がった。

「そろそろ、執務室にご案内いたします。それじゃあ、君たちも、広間でお絵かきしてくださいね」

 はぁい、とつまらなさそうに少女たちは言う。まるで親に注意されて仕方なく言うことを聞くような、そんな口調だった。


 ミラーハウスの折り返し地点に当たる、鏡の扉を持つスタッフルームへ入ると、当たり前だが鏡が一切ないことに驚く。殺風景で少々薄暗い中に、休憩用の椅子と、作業用の机がある。ロッカーには紙片があふれ出しており、そのどれもが古風な皮製のファイルに収められていた。

「私は普段こちらで皆さんの死亡届等の管理をしています。勿論、原本はこちらにはありませんで、我々は、その写しを直接こちらで転写させて管理しているわけです。そして、あの子たちのものが……あぁ、あった。このロッカーですね」

 死神は低い腰を一層屈めてロッカーの中を漁る。そこには、「行方不明者」として処理された、子供たちの被害届が入っていた。

「おーい、先生、お客さん来たんだって?」

 端正な少年が、少女と手を繋いで入ってきた。

「こら、可知くん、勝手に入ってこないでください」

「あ、ごめんごめん。ちょっと顔見たくなってさ……」

 可知と呼ばれた少年は私達を見上げ、妙なものを見るように眉をひそめた。

「変だなー、自殺志願者にしては顔色がいい」

 そう言って無遠慮に椅子に座り込むと、足をプラプラと動かしながら、疑いの目を向けてくる。私たちは困惑して互いに顔を見合わせる。死神はロッカーから溢れたファイルの一部を彼の頭に優しく乗せる。

「こら、詮索しないの」

 死神の言葉に口を尖らせた少年は、わざとらしい欠伸をした。

 ずっと被害届の中を漁っていた常花が、抑揚のない声で呟く。

「この子たち、ここで失踪した子供たちなんだ……」

「そーだよ、姉ちゃん。俺たちは、ここの、あの城で殺されたんだ」

 少年の言葉に、この場が凍り付く。殺風景で薄暗い部屋の底には、私たちの姿だけが映っていた。


 少年は勢いをつけて椅子から降りると、私たちに近づいてくる。

「いまもあるよ、俺たちの死体。俺、確認したから。四肢をもがれて、ぐちゃぐちゃのミンチにされた奴もいるし、俺らみたいに首だけ綺麗に保管されてたのもあったよ」

 宮島が口を覆う。宮島でなくても吐き気を催しそうな内容は、普段から怪奇現象や神秘に触れる私達にさえ受け入れがたいものがあった。

「……この子たちの遺体は、今も城の地下にあります。かつて、ここの管理人だった男と、女が、それぞれ入れ替わりで行った残酷な演出でした」

 死神は、手を組んで、天に祈るようにしながら続けた。

「初めはあの城のモチーフは、白雪姫のお城、だったそうです。管理人も若い女性でしたので、予算のない頃は自身がクルーとしてドリームキャッスルの案内をしていたそうです。しかし、必然の事ですが、彼女は白雪姫となるにはあまりにも年を取りすぎました。そこで、彼女は案内役を別の女性に任せ、自分に王妃としての役割を与えました」

 死神はそこで押し黙った。その後は何となく察してくれ、と言わんばかりに。刻々と時間が過ぎ、裏野ドリームランドにも一層の夜の気配が忍び寄る。絶頂の月が見えそうなほど、鏡の先の廃墟は漆黒に染まりつつあった。

「シンデレラにすればよかったのに」

「シンデレラにすると、継母になった後にいじめで問題になりそうではあるわね」

 少女が何かを思い出したのか震えている。少年はすぐに駆け寄り、彼女を優しく慰める。

「ちなみにこの子たちは、兄妹でしてね、かの王妃に攫われた妹を探して彷徨っていた彼が拷問部屋を偶々発見しましてね。実はその時に王妃を釜茹でにして殺したんですがね、実は、もう一人いまして……」

「青髭、っていえばいいのかな。あの男、逃げている俺たちを見つけた途端、血相を変えて追いかけてきたな……」

 少年が苦虫を噛み潰したような表情をする。死神も顔を伏せ、低いトーンで続けた。

「王妃は仕事に捕らわれた人間でしたが、彼は元々そっちのけがありましたね……」

「酷い……そりゃあ閉園にもなるわな……」

「えぇ、なるべくしてなった、と言っていいでしょう。……ここでは少々辛気臭くなってしまう……もう少し明るい場所に行きましょう」

「だったら、出口の辺がいい、案内するよ」

 少年は一足先に扉に手をかける。私達も、この話から目を背けることは許されないような気がして、彼の後について行った。勿論、死神と、彼の妹と共に。

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