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無題

作者: ぺるがもん

「愛してる」

ベッドの上で彼かま優しくささやく。

何度も聞いたその言葉。それは重い鎖の様に私を縛り付けている。

私は微笑みながら彼を見る。締め切ったカーテンのお陰で彼の顔が良く見えない。

だがそれで良い。

私はベッドに腰掛けて、彼に背を向けて髪をとかしながら「私もよ」などと言葉を返した。返す言葉もついつい少なくなってしまう。


あの卒業式の日、なけなしの勇気を振り絞った私に彼は笑顔で応えてくれた。

遠くで見つめていた体育祭。

準備にかこつけて近付いた文化祭。

友達に頼んで写真を撮ってもらった修学旅行。

晴れの日も雨の日も見つめていた。

でも……今は何故見つめていたのかわからない。


熱いシャワーを浴びる。色んな物が流れ落ちて行くようだ。このお湯と一緒に流れてしまったのかも……馬鹿な事を考えていた。

バスルームのドアが開いて彼が入ってくる。

「一緒に入ろうぜ」

彼は大きな手のひらで私の体を洗い始めた。こんなに触れているのに何も感じなくなってしまった。


嫌いな訳じゃない。人の温もりは暖かいと思う。だが「特別」ではなくなってしまった。心の中に「この人は私の彼氏」と言い聞かせている私が居る。

特別。理性では「この人が私の好きな人」とわかっているのに感情がついてこない。

コントラクト会議。恋人同士になろうと誓った私と別の私が脳内で会議をしている……

「どうした? 疲れたのか?」

彼が私を気遣って声をかけてくれる。優しい声。優しい人。彼の声は麻酔をかけるように私の感覚を麻痺させてくれる。

「ううん、ちょっとぼうっとしてただけよ」

大丈夫。私はまだこの人が好きだ。


家のドアを開けて誰も居ない部屋に帰ってくる。冷蔵庫をのぞき込んだら作り置きのハンバーグがあったから温め直す。レンジが回っている間、私の頭の中もぐるぐる回っていた。

声、指先、背中……あんなに好きだったのに。

食べ終わって彼からもらった箱を開ける。中には甘い甘いモンブラン。私が「好き」と言ったらずっと買ってくれている。そう、これは彼の愛。モンブランはとても甘い。甘い。甘い。彼の愛も……甘いのだ。自分にそう言い聞かせる。


告白して有頂天になったあの日。

そして憂鬱を感じる今。

何もかもが違ってしまった。私は彼に「愛してる」と言えない。

「君が死ねば良いよ、今すぐに」

私の中の誰かがささやく。それはきっとあの日の私。

私はモンブランの次の一切れを口に放り込む。甘い。

この甘さに、彼の甘さに溺れているのだ。

私は弱い人間だ。独りで居るのが怖いのだ。だから(誰かと)繋がっていたいのだ。もう愛してなくても。

無償で与えられる愛なんてありえない。だから私は彼に体を委ねる……


どれくらい眠ったのだろう。メールの着信音で目が覚めた。特別に登録した着信音だ。薄ぼんやりした意識のままメールに目を通す。

体調の事気遣ってくれてる

今日あった事を話してくれてる

会いたいと……言ってくれてる

私はのそのそと服を着替え彼の所に向かった。


彼は笑顔で迎えてくれた。いつもそうだ。

「今日は何をしてたの?」

私を歩道側にエスコートしながら彼は歩幅を合わせて歩いてくれる。優しい。甘い。甘い。

「特にどうという事のない1日だったわ」

私は笑顔で答えた。


いつもの部屋。いつものテーブル。いつものベッド。

とても明るい、太陽の様に明るい彼に相応しい部屋。


私は気持ちを誤魔化しながら体を重ねている。

気持ちいいのだ。この気持ちは嘘じゃない。でも、それは「愛してる」なのだろうか……私の恋心がいつの間にか弾き堕とされたのはいつだったろうか。

ふと上に乗ってる彼を見る。

彼はとても気持ちよさそうに私を求めていた。本当に彼は私を愛してると感じる。

体を重ねている間だけは気持ちよさでそれを忘れられる。気持ちよさは演技じゃない。だから私は力いっぱい喘ぐ。


お願い、これ以上、零れ落ちないで……

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