表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷仔  作者: 芳田文之介
5/12

隅田川の土手(一)




隅田川の土手



(一)



雨はすでにやんでいた。

早春の風が、街明かりを映す川面の波頭を優しく揺らして、頭上では灰色の雲を東の空へと流している。

空には白くて丸い月がある。

なんだかわたしは、その月に覗き見されてるみたいで、それがわたしの心を妙にざわざわさせている。

月は、流れ尽きない雲たちを巧く利用しながら姿を隠して、ときどき切れるその隙間からチラッと覗かせた白い顔で、地上のわたしをこっそりと覗き見するのだ。

わたしの身体の中には、月に対する奇妙な感覚が染み付いている。

幼い頃、天上の丸い月は、夜道を歩くわたしの後をどこまでもどこまでも追いかけてきて、幼い心を脅かした。

恐らく、その幼児体験が、月はわたしを空の上から監視する使命を帯びた神秘的な何者かであるような感覚を脳に植え付けて、それがわたしの心を妙な気分にさせるのだろう。

わたしと公恵は、隅田川の土手の上で缶ビールを片手にベンチに腰を下ろして、爽やかな風に吹かれている。

その風には、すでに雨の匂いは消えていて、代わりに春の匂いが溶けていた。

ここは、都会の喧騒とすぐ隣合わせにある空間だというのに、そことは随分違う時間が流れているような心地にさせてくれている。

都会に来て、思うことがある。

よく、「都会には自然が少ない」と嘆く人がいる。

確かに、田舎に比べると都会には緑は少ないのだろう。

けれど、わたしはそれを口にする人は、日々の暮らしに追われてしまい、心のゆとりを喪失させている人ではないかと思ってしまう。

時には立ち止まって、都会の街並みに目を凝らしてみると面白い。

存外、街のあちらこちらに自然が散りばめられていることに気づかされることがある。

とくに、この都会には、いくつもの高層ビルに囲まれながらも日常から離れて、誰にも気づかれないようにひっそりと佇む非日常がある。

わたしにとっての浜離宮恩賜庭園が、そうだった。

あれはまだ春浅い季節に、わたしは周に連れられてそこを訪れていた。

わたしのまぶたの裏には、あの日の鮮やかな景色の残像が、今でもくっきりと貼りついている。

そこには、まさに非日常が横たわっていた。

抜けるような青い空の下、高層ビルに囲まれた空間には、数万本の菜の花が咲き乱れ、それがまるで黄色の絨毯のように辺り一面を埋め尽くしている。

そして、どこから来たのかたくさんの蜜蜂たちが、その花と花の間を嬉しそうに飛び回っている。

そこは、単に緑の自然に塗り潰された田舎の風景とは趣きを異にして、人口の造形物に囲まれながらも静かに佇んでいる分だけ、ひときわ自然が優って見えていた。

この場所も、そんな空間にどこか似ている。

わたしたちの目の前を、松本零士がデザインしたという戯画的な水上バスが、今にも宇宙へと旅立ってしまいそうなフォルムで、波を切って川面を走っている。

その向こう岸には、ライトアップされたユーモラスな造形がその光に照らされて、奇妙な黄金の輝きを魅せている。

高層ビルを二つ挟んだその左隣には、淡い光を身に纏ったスカイツリーが、その切っ先を天に突き刺すようにしてそびえ立つ。

眼前にはそんな景色が広がっているというのに、わたしたちが腰を下ろすベンチの上には、暮れ残った陽だまりのように、非日常のまったりとした時間が漂っている。

一瞬、それが都会の雑踏の喧騒を忘れさせて、わたしに日常との時間の落差を感じさせているのだった。

七年前の風景が蘇る。

初めて公恵の実家を訪れたあの夜も、こうして二人でベンチに腰を下ろして、同じ景色を眺めていた。

思えば、あの当時はまだ建設中だったその塔は、この風景に全容を現してはいなかった。

けれど、今では、その塔はここに立つことが必然だったと主張するように、しっかりこの風景の一員に収まっている。

それが、過ぎゆく時の重さをわたしに知らせて、同時に、それはわたしの七年の、その歳月の重さをも教えている。

わたしがこの街で過ごした歳月の中にも、移ろいゆく四季折々の風物詩と同様に、それぞれの物語が紡がれていた。

その積み重ねがわたしを、あのツリーのようにこの風景の一員にさせてくれたと信じていた。

それなのに……。

「真美、今夜は悪かったね」

公恵がポツリと呟く。

感傷に浸っていたわたしは、「……ううん、いいよ」と首を振って、ビールを一口啜り、苦い何かと一緒に喉の奥へと流し込む。

その苦い何かは、小さな棘となって、チクリと心のひだを刺した。

そして、それが作った傷口からは、寂しさの溶けた酸っぱい何かが溢れ出す。

「とにかく、あたしはこの店は継がないし、しばらくはここには顔をださない」

公恵の尖った声。

眉間に深い皺を寄せながら無言で腕組みをしてその言葉を聞いていた、公恵の父親。

その情景が、結局はあの塔とは違って、わたしはこの風景の一員になれなかったんだ、という寂しさの溶けた切なさを込み上げさせているのだった。

カチッとライターの音がする。

公恵がタバコに火を点けて、ふうーと勢いよく煙を吐き出す。

風に乗った煙が、まだ蕾のままの桜の木の梢の先で、雲と同化して消えていく。

吐き出された煙に溶けていたのは、はたして安堵だったのか、それとも危惧だったのか……。

街灯に照らされた無表情の公恵の横顔からは、その感情を読み取ることは叶わない。

「そういえば、こうして二人だけでここにいるのは、七年ぶりだね」

公恵もわたしと同様に、遠い記憶に思いを馳せたか、長い髪を風に靡かせて、そうしみじみと呟く。

あの日も今夜のように、こうして缶ビールを片手にしていたのを思い出す。

あの日のおじさんは、「よそ様の二十歳はたち前の大事なお嬢さんに、酒なんて勧めるわけにはいかねえな」と言って、娘の公恵が美味しそうにビールで喉を潤すのを横目で見て、それに渋い顔を作って苦笑しながらも、結局わたしにアルコールを一滴も飲ますことはなかった。

公恵が、お店から土手に来る途中のコンビニで買った缶ビールを、「飲む?」って差し出したのをちょっと逡巡しながらも、「……うん」と受け取っていた、あの日のわたしだった。

初めて飲むビールだった。

一瞬、苦いんだろうな、そう思っていた。

けれど、思いの外、ひとりぼっちから救われた安堵感で、あの日のビールの味は、不思議とそんなに苦くは感じられなかった。

それなのに、今夜はあの日と違って、ビールってこんなに苦い味なんだーーそう初めて知らされていた。

「それにしても早いもんだよね。あれからもう七年……あたしは、あっという間だったなあ。色々あったけど……真美は、どうだった?」

公恵はそう言うと、バッグから携帯の灰皿を取り出して、それにタバコと何かを押しつぶすようにして、揉み消した。

「……うん。わたしも色々あった。とくに最近は、歳月の重さの意味を感じさせられてる」

わたしは、硬い表情を浮かべてそう呟く。

「七年目の浮気、ってそんな言葉があるぐらいだからね。七年って月日は人の心をどこか変えてしまう歳月かもね」

人の心をどこか変えてしまうーー公恵のその言葉が、再び胸をチクリと刺した。

そうだね、って答える代わりに、ビールをぐっと煽って、ふうーと苦い息を吐き出した。

一瞬、公恵が彼女の実家で見せた、あの、えっ!っていう感じの、奇妙な間が空く。

けれど、それは一瞬のうちのことで、公恵がその間を言葉で塞ぐ。

「季節は違うけど、七年前もこんな天気だったわね。朝から降ってた雨が上がって、空に今夜のような月が出てた。初めてあたしが、真美に声をかけた、あの日……」

公恵はそこで言葉を区切って、空を仰いだ。

七年前かあ……。

わたしも空を仰ぐ。

雲の切れ間から顔を覗かせた月を見上げて、わたしはあの日に戻っていた。



七年前ーー。

修一くんが婚約者とメキシコへと旅立った現実に打ちひしがれて、わたしは暗い闇の片隅でどうしようもない寂しさに包まれていた。

朝、目覚めたら新しい一日が始まっていたーーそんな当てのない救いを求めながら、しかし、だからと言ってなにも変わることのない昨日のつづきを今日も明日も、ただ虚しく繰り返すばかりでいた。

そんな暮らしの中では、誰とも口をきくことのない毎日が、音もなく通り過ぎていく。

あんなに楽しみにしていた美術館へも、足を運ぼうとする気力が湧くことはなかった。

『せつなさは寂しさを含んでいるけど、絶望ではないーー』

それは、暗い部屋で何気なく手にした本に綴られていた言葉。

けれど、あの日のわたしのせつなさには、その言葉に反して、ただどうしようもない絶望だけが滲んでいた。

梅雨のある日のことだった。

何かに導かれるようにして、大学の校舎の入り口にある掲示板の前に立っていた。

ゴッホの『ひまわり』の絵が印刷されたポスターが目にとまって、わたしは思わず足を留めていた。

雨に煙る風景にあって、その鮮やかな黄色が、わたしの心を惹きつけていた。

あれは、確か絵画の鑑賞を謳うサークルが、その会員を募るポスターだったと記憶する。

しとしとと冷たい雨が降る中で、わたしは傘の柄を強く握りしめて、しばらくはそれをぼんやりと眺めていた。

一瞬、背後から誰かの声がした。

それが公恵だった。

「あの時、ゴッホが好きなの? そうあたしが声をかけたんだよね」

そうだった。

「いきなり後ろから声をかけられたんで、びっくりしたんだよねえ……あの時」

わたしは、現在いまに戻って呟いた。

「すんごく驚いた顔してたもんね。沈んだ表情していたわりには、目だけはとんがっててね。まるで仇でも見るような目をして、あたしを睨みつけてた……あはは」

「もう、笑はないでよね……あの時、超落ち込んでたんだから」

「言ってたね。想いを寄せていたひとに裏切られたんだって。ああ、それでこの娘は、いつもあんなに暗い顔してたんだなって分かったんだったな……」

公恵は、あの日を確かめるような感じで、うんうんと頷いて、言葉を継ぐ。

「真美とは同じ学部で、第二外国語がフランス語だというのも一緒で、結構同じ講義を受けたから、よくすれ違っていたんだよね。だから、構内で真美の姿を見かけるたびに、この娘大丈夫かなあ、って思っててさ。それで、あたしの中で真美が気になる存在になっていったんだったなあ」

「あの日、お店で公恵にその話聞かされて、凄く恥ずかしかった。人って、以外と誰かに見られてるんだなって」

「真美は、特別暗かったからね。そりゃあ、気になるよ。特に文学の時間に三島由紀夫の講義を受けてる時なんか、絶望感半端じゃなかったし。この娘、大学の近くの市ヶ谷の防衛省に行って、三島みたいに割腹自殺でもするんじゃないかって、マジで心配してたもん」

公恵は、そう言うと、あはは、って本当に可笑しそうに声を立てて笑って、ビールを美味しそうに喉にゴクンと流し込んだ。

修一くんの顔を思い出す。

見知らぬ誰かに心配されるぐらい、わたしは寂しい想いをさせられていたんだからね、と心で呟き足元の石ころを蹴飛ばした。

「あたしもゴッホが好きだったからね。真美が寂しそうに『ひまわり』をぼんやりと眺めてる姿が、きっかけになった。それで思わず声をかけていたんだもんね」

公恵は、そう言ってニコッと笑った。

思えば、ゴッホの『ひまわり』が結び付けてくれた縁だった。

そして、『ひまわり』は、シンデレラのガラスの靴でもあった。

後日、公恵と『ひまわり』の実物を鑑賞に行った時、わたしは公恵の彼氏の浩介くんに、周を紹介されていた。



「あたしはさ、こんな性格でしょ。だから、静かな場所でジッと絵を観るなんて柄じゃないって、どこか決めつけてるところがあったんだよね」

公恵は、記憶を探すようにして、そのまなざしを遠くに向けて言葉を継ぐ。

「それがさあ、あれは確か中学校に上がる年の春休みのことだったと思うんだ……その前の年の暮れに、しばらく上野動物園には不在になっていたパンダが、メキシコから贈られてきてね。それをお姉ちゃんが見に行こうって、あたしを誘ったんだ。でも、それは口実でね。お姉ちゃんは、あの時西洋美術館で、あれはもう誰の絵かは忘れちゃったけど、とにかくその人の絵が観たかったんだよね……」

中学校に上がる年の春休み。

その前の年の暮れ。

上野動物園のパンダ。

そして、西洋美術館の絵画……。

わたしは、何かの鈍器で頭を、ガンと叩かれたような、そんな衝撃を覚えてゾッとした。

それで、「ええー!」と自分でも以外なくらい大きな声を上げていた。

隣の公恵が、ピクッと肩を跳ね上げるのが手に取るように分かった。

「なによ、びっくりするじゃない、もう……いきなりそんな大きな声を出して……どうしたのよ?」

公恵は、本当に驚いたという顔をして、わたしの顔をまじまじと見る。

「だってねえ……」

わたしはそこで、同じ暮れに修一くんから東京行きの誘いを受けて、同じ季節に同じ場所に行ってた偶然を語った。

話し終えたわたしは、「長い付き合ってるにに、初めて聞く話だよ……驚いちゃった。そんな偶然ってあるんだね」と目を丸めるのだった。

「ということは、大学の構内ですれ違う前に、上野の杜のどこかですでにあたしたちはすれ違っていたーーそんな可能性があるってことよね……」

公恵も随分と驚いたみたいで、大きな瞳をより大きく開く。

「うん、そういうことになるよね」

わたしは続けて、修一くんがメキシコに行った話を付けたし、「メキシコは何かの暗示だったのかなあ」と苦笑交じりにため息をついて、眉を顰めた。

二人は、手にした缶ビールをグッと喉を鳴らして、胸のどこかへ流し込む。

そして、しばらく放心した状態で、「へええー」だけを、アルコールが滲んだ息と一緒に吐き出して、それを繰り返していた。

「あたしはさあ……」

公恵が口を開く。

「……運命とかって、あんまり信じる方じゃなかったけどさ……でも、今の偶然を聞かされると、案外人って、そう、孫悟空のお釈迦様の手のひらの上じゃないけど、懸命に運命に抗って生きてるようで、その実、手のひらという決められた運命の中で、その定められた道に沿って生きている存在なのかなあって……そんなふうに思えてきちゃったなあ……だって、今のわたしが、そうだもんねえ……」

そう言って、あーあ、と公恵にしては珍しい弱気な声を上げる。

「今の公恵と……」

わたしはそこで、今の公恵の境遇に思いを馳せて、口をつぐんだ。

そして、今の自分の境遇に向き合って口を開いた。

「そういう意味でいうと、出逢いって、偶然じゃなくて必然だよねえ、そして……」

わたしは、そこで言葉を濁した。

「そして……」

公恵が首を傾げる。

濁した言葉は、「別れもよね……」だったけれど、わたしはその言葉はビールと一緒に胸に流し込んで、「……ううん」と首を振って見せていた。

一瞬、公恵は、ふーんって感じで、わたしを見つめていたけれど、「それは、それで驚いたけどさ……」と言ってまなざしを戻して、言葉を継ぐ。

「でも、あの日のあたしの心は複雑だったんだよね……。確かに西洋美術館で絵を観たことで、あたしは絵の魅力に心を打たれて、その世界へと導かれた。それは、お姉ちゃんのお陰。けどさ、酷いんだよ、さっきも話したように、お姉ちゃんはあの日、あたしを騙したんだよね……」

「和美さんが、騙した?」

「そうよ、お姉ちゃんは、あたしの性格をよーく知ってた上で、上野動物園に誘ったのよ。だって、真美もあの日あの場所にいたから分かると思うけど、あのパンダを見るためにできてた行列。このあたしが、あの行列にじっとして並んでいられると思う?」

あの日の風景を頭に思い浮かべる。

確かに凄い行列だった。

「それは思えないわね」

わたしはそう言って、クスッと笑った。

「でしょう。あれは、間違いなく確信犯なのよ。あの日、お姉ちゃんは、絵を観ることだけが目的でわたしを誘ったの。勘繰りたくはないけど、それはたとえば、お父さんの差し金とかね。だって、あの頃のあたしときたら、男の子に混じって遊んでばかりいたからね。少しは、お姉ちゃんを見習えって、そんな魂胆でね……」

公恵はそう言うと、わたしが蹴飛ばして公恵の前に転がっていった石ころを、「えいっ」と声を上げて思い切り蹴飛ばした。

石ころは、土手を転がって川岸にあるアスファルトの遊歩道へと落ちて、カチッカチッと音を立てた。

わたしはその音を聞きながら、公恵が言った「差し金」という言葉が、妙に気になっていた。

和美さんが、おじさんの差し金で公恵を上野に誘ったーーそれをわたし自身に置き換えて考えてみる。

すると、修一くんが、母さんの差し金でわたしを東京に誘ったーーそんな疑念が頭を過る。

まさかね……わたしは苦笑して、それを石ころのように蹴飛ばした。

たとえ、もしそれが事実としても、わたしはそのお陰で、この街に来て、そして、周と出逢えた。

「原因」がどうであれ「結果」は変わらない。

それに想いを馳せると、わたしは自然に言葉が漏れていた。

「どんな理由があったかは別にして、公恵が絵を好きだったことが、わたしを救ってくれたんだわ。実物の『ひまわり』を観に行こうよって誘われた時は、本当に嬉しかった。東京に来たら、直ぐに観に行こうって心に決めていたのに……でも、あんなことがあって、それどころじゃなかった……だから、あの日の絵を見終わった後の喜びは、きっと平常心で見た時よりも何百倍にもなってたはずだわ。思わず胸がジーンと熱くなってきて、しばらく言葉も出ないくらいに感動してたもの」

わたしは、あの時の感動を思い出して、不思議なくらいに舌が滑らかになっていた。

わたしは熱いまなざしを公恵にぶつけていた。

二人の視線が絡み合う。

一瞬、公恵の瞳に、不気味な光が宿ったーーそんなふうにわたしの目には映った。

しばらく間をおいて、公恵は不敵な笑みを浮かべて、そして、口を開く。

「それって、確かに絵を観た感動もあったのかもしれないけど、でも、ほれ、他にもあれがあったんじゃない?」

意地悪そうな目をした公恵は、ふふっと笑う。

「な、なによ……あれって」

わたしは、軽く公恵を睨んで、嫌な予感がして、ちょっと身構える。

長い付き合いが、それを教えていた。

「えっ、あれって、それは決まってるじゃん。周くんよ周くん。あの日、周くんと出逢えたから、感動もひとしおだったってこと」

ねっ、と言って公恵はわたしの肩に手を回して、ニッと笑ってその肩を大きく揺らす。

「もう……」

やっぱりね、いつもこうなるんだから……。

わたしは苦笑いを浮かべて、頬をプクッと膨らませたのだけれど、ふと、胸に甘酸っぱい何かがこみ上げてきて、思わず、ふうーとそれを吐息に変えて、白い月に向かって吐き出していた。



つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ