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迷仔  作者: 芳田文之介
12/12

エピローグ



年もおし迫って、心もどこか忙しないーーそんな冬の日の昼下がり。

私は祖父と二人、リビングルームのソファーに仲良く腰を下ろして、硝子窓の向こう側に広がる景色を眺めている。

このおうちは、かつては古めかしい大きな屋敷だったという。それが今ではすっかりリフォームされて、祖父が言うには、「昔の面影は全くないよ」ということらしい。

硝子窓の向こう側は雨で煙り、なんだかとっても寒そうな気配を見せている。けれど、気密性が高くて暖を充分にとった部屋からは、外界の気配は窺い知れない。

「ねえ、おじいちゃん……」

甘えた口調で私は、隣に座る祖父の横顔に話しかける。

「私ね。将来、東京の大学に行きたいと思ってるんだけど、どう思う?」

祖父は私の言葉に、一瞬、へえーと驚いた表情を浮かべたけれど、でも直ぐにその表情を緩めて、「秀美も、東京にねえ……」と意味深な笑みを浮かべて、「そっか、そっか」と頷いていた。

どうやら、祖父はその話を母さんに伝えたみたい。

新しい年を迎え、しばらく経ったある日のこと。

母さんが、「秀美、これ十二歳の誕生日のプレゼント」と言って、東京行きの新幹線のチケットを手渡してくれた。

「今の年頃に、東京の空気を吸っておくのは、とってもいい経験になるわ」

母さんは遠い目をして、なんだか嬉しそうに笑っている。

母さんは、私が東京の大学に進学することに、どうやら賛成みたい。



旅立ちの朝。

リビングルームの硝子窓の向こう側は雨が降っていて、外の景色はデッサン画のように暗く沈んでいた。

部屋の中に一歩足を踏み入れると、硝子窓をすり抜けるようにして流れ込んだ冷気で、そこは寒さに凍えていた。一瞬、ブルッと小さく身体が震える。けれど、母さんが慌てて引っ張り出してきたガスストーブの温もりがじんわりと満ちてきて、今はようやく居心地を良くしようとしていた。

母さんが、私の長い髪を梳かしながら、鏡に映る私の顔に向かって話しかける。

「向こうに着いたら、遠い親戚の、その人の息子さんが迎えに来てくれるかことになってるの。だから向こうでは、その人と一緒に行動するのよ」

「その人って、私のこと分かるの?」

「写メ送っといたから、多分、大丈夫」



そんなわけで私は今、冷たい雨が降る東京駅のホームに立っていた。

「秀美ちゃん?」

ふと、前から歩いて来た男の人が、声をかけてくる。

ビクッとして、肩が小さく跳ね上がる。

「あっ、はい」

私は上目遣いで頷く。

「俺、親戚の山田修一の息子で、真二っていうんだ。よろしくね」

瞳に映る男の人は、背がひょろっと高くて、切れ長の笑うような目が人好きの印象を与えるひと)だった。

一瞬、なぜか胸がキュンとした。

たちまち頬が紅く染まるのが、自分でもよく分かった。

私は恥ずかしくなって、「は、初めまして、岡田秀美です。今回は、お世話になります」と早口で挨拶をして、深々と頭を下げる。

そして、しばらくそのままの姿勢で、未知の世界の向こう側にある何かに、屈託のない笑顔を浮かべていた。



〈了〉

初めてわりと長いお話を、最終章まで書くことができました。


稚拙な文章で、読み辛いストーリーであったことは、本人が一番分かっております。


そんなお話に、長く付き合っていただいた皆様には、心から感謝しております。



ただ、最後まで書き上げた努力にだけは、自分を褒めてやりたいと思っています。


これまで、書き掛けで放り出した作品が山とあります。


それを思うと、今回は、よくできました、というところでしょうか。


最後まで書き上げることで、様々な発見もありました。


それを次回の作品にすこしでも活かせていけるよに、今後とも精進を怠らないーーそんなふうに自身に言い聞かせてもおります。


執筆にあたっては、たくさんの方々から多くの励ましを受けました。


そのおかげで、最後まで書き上げることができたのだと思ってもいます。


応援していただいた皆様には、深く感謝しております。


本当に、ありがとうございました。

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