エピローグ
年もおし迫って、心もどこか忙しないーーそんな冬の日の昼下がり。
私は祖父と二人、リビングルームのソファーに仲良く腰を下ろして、硝子窓の向こう側に広がる景色を眺めている。
このお家は、かつては古めかしい大きな屋敷だったという。それが今ではすっかりリフォームされて、祖父が言うには、「昔の面影は全くないよ」ということらしい。
硝子窓の向こう側は雨で煙り、なんだかとっても寒そうな気配を見せている。けれど、気密性が高くて暖を充分にとった部屋からは、外界の気配は窺い知れない。
「ねえ、おじいちゃん……」
甘えた口調で私は、隣に座る祖父の横顔に話しかける。
「私ね。将来、東京の大学に行きたいと思ってるんだけど、どう思う?」
祖父は私の言葉に、一瞬、へえーと驚いた表情を浮かべたけれど、でも直ぐにその表情を緩めて、「秀美も、東京にねえ……」と意味深な笑みを浮かべて、「そっか、そっか」と頷いていた。
どうやら、祖父はその話を母さんに伝えたみたい。
新しい年を迎え、しばらく経ったある日のこと。
母さんが、「秀美、これ十二歳の誕生日のプレゼント」と言って、東京行きの新幹線のチケットを手渡してくれた。
「今の年頃に、東京の空気を吸っておくのは、とってもいい経験になるわ」
母さんは遠い目をして、なんだか嬉しそうに笑っている。
母さんは、私が東京の大学に進学することに、どうやら賛成みたい。
旅立ちの朝。
リビングルームの硝子窓の向こう側は雨が降っていて、外の景色はデッサン画のように暗く沈んでいた。
部屋の中に一歩足を踏み入れると、硝子窓をすり抜けるようにして流れ込んだ冷気で、そこは寒さに凍えていた。一瞬、ブルッと小さく身体が震える。けれど、母さんが慌てて引っ張り出してきたガスストーブの温もりがじんわりと満ちてきて、今はようやく居心地を良くしようとしていた。
母さんが、私の長い髪を梳かしながら、鏡に映る私の顔に向かって話しかける。
「向こうに着いたら、遠い親戚の、その人の息子さんが迎えに来てくれるかことになってるの。だから向こうでは、その人と一緒に行動するのよ」
「その人って、私のこと分かるの?」
「写メ送っといたから、多分、大丈夫」
そんなわけで私は今、冷たい雨が降る東京駅のホームに立っていた。
「秀美ちゃん?」
ふと、前から歩いて来た男の人が、声をかけてくる。
ビクッとして、肩が小さく跳ね上がる。
「あっ、はい」
私は上目遣いで頷く。
「俺、親戚の山田修一の息子で、真二っていうんだ。よろしくね」
瞳に映る男の人は、背がひょろっと高くて、切れ長の笑うような目が人好きの印象を与える男だった。
一瞬、なぜか胸がキュンとした。
たちまち頬が紅く染まるのが、自分でもよく分かった。
私は恥ずかしくなって、「は、初めまして、岡田秀美です。今回は、お世話になります」と早口で挨拶をして、深々と頭を下げる。
そして、しばらくそのままの姿勢で、未知の世界の向こう側にある何かに、屈託のない笑顔を浮かべていた。
〈了〉
初めてわりと長いお話を、最終章まで書くことができました。
稚拙な文章で、読み辛いストーリーであったことは、本人が一番分かっております。
そんなお話に、長く付き合っていただいた皆様には、心から感謝しております。
ただ、最後まで書き上げた努力にだけは、自分を褒めてやりたいと思っています。
これまで、書き掛けで放り出した作品が山とあります。
それを思うと、今回は、よくできました、というところでしょうか。
最後まで書き上げることで、様々な発見もありました。
それを次回の作品にすこしでも活かせていけるよに、今後とも精進を怠らないーーそんなふうに自身に言い聞かせてもおります。
執筆にあたっては、たくさんの方々から多くの励ましを受けました。
そのおかげで、最後まで書き上げることができたのだと思ってもいます。
応援していただいた皆様には、深く感謝しております。
本当に、ありがとうございました。




