めんこい彼女の、うむやーになりたくて
それは、一目惚れ……という奴なのだろうと思う。今まで恋だの言われてもピンとこなかった俺だけど、この気持ちが恋だと言うのならば、それは一目惚れで間違い無いのだろう。
季節外れ……ではないけれど、高校2年生の4月という、ちょっと外した時期に転向してきた女の子に、俺は心を奪われた。
肩まで揃えた真っ直ぐな黒い髪。目が大きくパッチリとしていて、全体的にスッキリとした小顔で、唇は桜の色をしている。背は少し小さく、小動物のような印象を与えられる。
見目麗しい女の子は、担任の先生に自己紹介をするように催促されると、短く、凛とした声で言った。
「東京から来ました。南城朱梨と、言います。よろしく、お願いします」
うん?何か、おかしかったような気がする。何が、と言われるとわからないけれど、なんとなく違和感を感じたというか、何かに気をつけてるような……なんだろうか。まぁ、いいか。
「席はそうだな。北見の隣が空いてるからあそこに座ってくれ」
俺は机の下で、小さく、見えないようにガッツポーズをした。
何を隠そう、北見旭とは俺のことだ。
つまり、あのかわいい女の子は、席替えがあるまでの間は俺の隣の席ということになる。これは仲良くなるチャンスだと、そうに違いないと心に決め、意を決して隣の席に座ったその女の子、南城さんに話しかけた。
「あの、俺、北見旭って言うんだ。これからよろしくな」
「えと、よろしく……」
俺が話しかけると、南城さんは短くそう言った。くぅー、やっぱりかわいい!
そうこうしているうちに、1時間目の授業が始まった。
ちらりと南城さんの方を見ると、なにか慌てている様子だ。
俺は小声で南城さんに話しかけた。
「なしたん?」
「えと、シャーペンの芯、なくて……」
「あー、したら俺の貸すよ」
「でも、悪いよ……」
「なんもなんも、気にしないで」
「ありがとう」
南城さんはニッコリと笑ってくれた。
その日から、俺は彼女との距離を縮めるべく、少しづつ話しかけることにした。
ーーーーーー
南城さんが転校してきてから、早くも1週間が経とうとしている。
南城さんは初めこそ転校生ということで色々話しかけられていたが、無口なのか、おとなしい性格なのか、あまりクラスに馴染めず、イジメこそないものの、俗に言うぼっちポジションを獲得していた。
しかし、これはチャンスかもしれない。
誰も構わないということは、俺が南城さんを独占できるチャンスである。
そんな打算的に物を考えながら、今日も今日とて南城さんに話しかける。
「おはよう、南城さん」
「お、おはよう、北見君」
南城さんは学校へ来るのが早く、俺が来るときにはもう席についている。……いや、俺がギリギリに来ているだけなのか?
彼女は1人でいる時は本を読んで過ごしている。
俺は自分の席に座りながら、南城さんに話しかける。
「いっつも本読んでるよね。それどんな本?」
「えっと……」
「あ、もしかしてあんまり言いたくない?」
「いや、そうじゃなくて、その……」
「おーす、北見。また南城さんに構ってんのか」
俺の前の席に座った男が、俺が南城さんに話しかける時間を邪魔してきた。
「うっせー剣淵。邪魔だからされ」
「されってここ俺の席なんだけど」
俺と剣淵が会話していると、南城さんが困ったような顔をしている。顔の半分を本で隠しながら。
「あの、剣淵君、おはよう……」
「あぁ、おはよう、南城さん」
「くっそ、イケメンめ……」
剣淵はクラスでもモテるやつだ。
成績も上から数えたほうが早いし、サッカー部のエースで、運動も得意だ。
それに比べて俺は……。
「お前……いや、なんもないわ……」
「ん?なんだよ剣淵。なんかあるなら言えよ」
「なんも、なんもないから」
「……えっと、北見君も、かっこいいと、思うよ……?」
南城さんは本で顔を隠しながらそんなことを言った。
まさか、大人しい南城さんが冗談を言うなんて……。
俺は泣いているようなポーズをとって南城さんに言う。
「ありがとう南城さん。冗談でも嬉しいよ」
ボソボソっと南城さんが何か言った気がしたけれど、授業の始まりを告げるチャイムがなったので、よく聞こえなかった。
気になったけど、聞き返すのも失礼な気がして、俺は聞こえなかったふりをすることにした。実際聞こえなかったわけだしふりでもないか。
ーーーーーー
4時間目の授業が終わって昼休み。
剣淵が後ろを向いて、自分の弁当を取り出した。俺も自分の弁当を出す。
横を見ると南城さんが自分の弁当を出していた。
女子はグループ単位で動く生き物だが、高校2年というグループが完成された時期に加え、大人しい性格の南城さんは1人で弁当を食べていた。
これもチャンスだと思おう。剣淵が邪魔で仕方がないが、そればっかりは仕方がない。
「南城さん、良かったら一緒に食べない?」
剣淵が食べようとしていた卵焼きをポトリと落とした。何してんだ勿体ねぇな。
南城さんもそれは驚いたようで、
「や、やなよ。私は、ゆたさ……いいから……」
「……ヤダってよ。あんまりはっちゃきこいて、無理強いすんなよ北見」
「ちがっ!ちがくて、その……」
俺はキッパリと断られたショックで何も言えなかった。
まだそこまでは好感度が高くなかったってことか……。
「いや、あの、その……」
「……ごめんね、南城さん。そりゃあ男2人で食べてるところに混ざるなんて嫌だよね」
「……ううん、北見君たちがいいなら、一緒に食べてもいいかな……?」
「え!?いいの!?やたっ!」
俺は思わず立ち上がってガッツポーズを取ってしまった。
周りのクラスメイトの注目を集めてしまって、恥ずかしくなる。
「ほらほら、ちょすなちょすな。見ないでおいてやれ」
剣淵が人払いをしてくれている。その間に、南城さんがちょこちょことこっちの席に移動してきた。
俺たちが食べているのよりも随分と小さい弁当箱を目の前に置いた。
「随分めんこい弁当箱だね。それで足りるの?」
「え?えと……」
うーん、南城さんが黙ってしまった。女の子にそれで足りるの?なんて失礼だったか。
「あれじゃないか?『めんこい』って、意味がわかんないんじゃないのか?」
剣淵がそんなことを言った。
俺は、ハッと思って、そして感心した。
「あーそっか、南城さんって内地から来たんだっけ。あれ、もしかして、今まで俺が話してたのも、意味わからないのあった……?」
南城さんはこくこくと頷いた。
剣淵があちゃーと言わんばかりに顔に手を当てる。
「お前、気をつけたほうがいいぞ……」
「うっせ、しかたねーだろ。方言なんて、今まで気にしたことないんだから」
そんな話をしていると、南城さんがクスクスと笑いだした。
「北見君たちって、あんまり方言とか、気にしないの?」
南城さんから話を振ってきた。これは非常に珍しいことだ。
これは答えを間違えるわけにはいかないが、俺は思ったことを素直に言う人間なのだった。
「気にしたことないし、女の子が言う方言ってめんこいと思う」
「……ごめんね、『めんこい』ってどういう意味?」
「『めんこい』っていうのは、かわいいって意味だよ」
その意味を教えてあげると、南城さんはぼふん!と音を立てたかのように、顔を真っ赤にして、教室から出て行ってしまった。
俺、何か間違ったかな?
ーーーーーー
その日は南城さんは教室に戻ってこなかった。
カバンとかが置きっぱなしで、申し訳なく弁当箱をカバンの中に入れようとした時に財布やらなんやらも見えたので、担任から住所を聞き出して、家まで届けることにした。
帰りがけ、剣淵に「今度はやらかすなよ、もうフォローできん」と言われたが、そんなに俺はやらかしたのだろうか。
しばらく歩くと、賃貸のアパートが見えてきた。ここの202号室が南城さんの家らしい。
表札に、『南城』と書いてあることを確認して、意を決してチャイムを鳴らす。
チャイムを鳴らすと、「はーい」と返事が聞こえて、ドアががちゃりと開く。
「あら、うぬ制服、朱梨の……」
「あの!俺!朱梨さんと同じクラスの北見旭と言います!朱梨さんがカバン置いてってしまったのでそれを届けに……」
「あらあらあら!うんじゅが北見やーね!朱梨から話は聞いちょるわ!朱梨ー!北見やーきーちょんわよー!」
矢継ぎ早に繰り出される強い方言に、俺は困惑してしまった。
それと同時に、俺もこんな思いを南城さんにさせていたのかなと、反省してしまう。
玄関の奥の方からどたどたと足音が聞こえてくる。
そこには、制服姿の南城さんがいて……。
「うひぐゎーあんまー!北見やーのぬめーであんすかあびあびさんけー!ふじないんやっさーから!」
南城母に負けず劣らずの強烈な訛りで話す南城さんがそこにはいた。
俺がビックリしすぎて目を丸くしていると、南城さんは恥ずかしさのあまりか、顔を背けてしまった。
「あんせー、中んかい入ってとぅらさったんらみ?」
という、南城母の言葉を、南城さんが翻訳してくれて、案内されるがまま、南城さんの部屋に案内された。
南城さんの部屋はいかにも女の子ーーというわけでもなく、引越しの荷物がまだ片付いていない、ちょっと殺風景な部屋だった。部屋の隅に段ボールが何個か積まれている。
「ちゅーさって分かってたら、サーターアンダギーやてぃんくわっちーしちゃんぬんかいねぇ。ぬーんかいもなくてわっさんねぇ」
という、途中から宇宙人みたいな言語を操る南城母に、俺は「あ、お構いなく」としか言えなかった。
そういうと、南城さんが、
「今、何言ってるか、わかったの?」
と言うので、
「いや、全く。なんとなく、ニュアンスで」
と返してお茶を濁した。
南城母が退出し、少し無言の時間が続いて、それを南城さんの方から破った。
「えと、ごめんね。カバン……」
「いや、元はと言えば俺が原因?だし……」
「北見君は悪こーねーんよ!……ってまたやっちゃった……」
「えっと、それって……」
俺の疑問を、南城さんはポツポツと話してくれた。
「私ね、東京から来ちゃって自己紹介で言ったけれど、うぬめーだはずっと沖縄に住んでたの。おとぅの仕事の都合で東京に引っ越して、うまで方言が治らなくて、いじめられてたんやっさー」
要約すると、お父さんの仕事の都合で東京に引っ越して、新しい学校で方言のことでいじめられていたらしい。
それで学校にもいかなくって、心配したお父さんが仕事先をさらに移動してもらい、そうしてやってきた先がここ、北海道だったそうだ。
北海道も訛りがひどいところはあるけど、南城さん的にはまだ全然らしい。それはさっきの南城母の話を聞けば理解できる。
それで、またいじめられるのは嫌だから、なるべくボロを出さないように、無口キャラで、なるべく人と関わらないようにしようとしていたところにやってきたのが俺だった。最初に感じた違和感は、方言を出さないように、無理して話していたから感じた違和感だったようだ。
なるべく話さないように、と思ってたのに、ぐいぐいと話しかけてくる俺に、最初は困惑していたけれど、堂々と訛った話し方をする俺に、この人なら大丈夫かも、と思えるようになったそうだ。
どうやら、悪い印象は持たれていなかったらしい。よかった。
ただ、安心して話せるかも、と思っている人に、いきなりめんこい、かわいいと言われて、ちょっと、いやかなり動揺してしまって、こんなことになったそうだ。
いじめられていたことで、褒められることに耐性がなくなっているのだとか。
「めんこいなんて言われて、顔が見れねーらんくらい恥ずかしくて……あ、今も本当はふじないんだよ?」
なんて顔を真っ赤にしながら言っている。それすらもかわいく思える。
「うん……ごめんね。でも、俺は南城さんと仲良くしたかったから」
「ごめんねなんてあびらんで、嬉しかったんだよ」
そう言うと、南城さんは真っ直ぐ俺の目を見てから、こう言った。
「うんぐとぅ話し方の女の子やしが、これからもどぅしでいてくぃみそーれ」
ちょっとところどころ何言ってるかわからなかったけど、何を言いたいかは伝わった気がする。
だから俺は。
「うん。そんな話し方だからって、友達をやめる気は無いよ」
と言った。というか友達以上になりたいと思っているのだ。
南城さんは、今までで見たことのない、最高にめんこい笑顔になってくれた。
ーーーーーー
「南城さん、おはよう」
「北見君、うきてぃー……あぅ……」
あれから、南城さんは俺の前だと沖縄の方言で話すようになってくれた。
ただ、他の人の目があるところだとやっぱり恥ずかしいようで、ついうっかり方言を出すと、顔を赤くして俯いてしまう。
ただ、そんな彼女もまた、めんこいと思う。
いつか、もっと仲良くなれたら、告白して付き合いたいと、思うけれど。
今の学校の中で彼女の1番であるというこの関係を崩したくないので、もう少し今の関係を楽しんでいようと思う。
めんこい彼女の、うむやーになれるのは、一体いつになるのか。なるべく早く先に進めるようにしたいところだ。
※沖縄方言は翻訳サイトで抽出しているので、もしかしたら間違っているかもしれないです。
※作者は北海道の人なので、北海道弁は多少自信はありますが、地域差があるので、これも間違いなどあるかもしれないです。