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転生先は悪役令嬢モノのヒロイン

悪役令嬢モノのヒロインに転生したと言い張ってる少女を見つけたんだが(毛玉1号side)

作者: 大森サンジ

「聞いてよ毛玉ちゃーん、もうほんと人生つらすぎだよ~」


 ここはとある人間国の魔法学園の非常階段裏。入学式を過ぎたあたりからか、一人の少女が現れるようになった。

 名をモリーと言う。

 ピンク色の髪に赤茶色の目、悲しそうな顔をしていてさえ可愛らしい顔は、どうしてか俺を見ると嬉しそうに変わる。まるで天使のような笑顔。しかし、その笑顔は往々にしてよく曇る。

 騎士団長の息子とか言う親の七光りのもとでちんたら生きている少年や、笑顔の張り付いた赤毛の少年、親の金に物を言わせている少年に、国を背負う気が一切感じられない頭の軽そうな王子。そして、何かを感づいているのかこちらを徹底的に避けている少年。彼らの言動により、モリーはいつも悲しそうな、苦しそうな顔をするのだ。

 悲観的過ぎる彼女に最初のうちは被害妄想の強い人間だと思っていたが、聞きもしないのに彼女がこぼす内容や植え込みの陰から見える人間たちの様子を見ているうちに、あながち彼女の妄想でもないと考えるようになった。

 だからモリーの顔が歪んでいるときは俺が真っ先にその側にいってやる。猫の姿を最大限に活かして鳴けばモリーは俺を抱き上げて笑うのだ、「毛玉ちゃん1号は優しいねぇ」と。




「魔王様、本当に、退かれるのですか」


 ところかわって魔王城。人間国とは別の、魔族領にある城である。

 現魔王様はこの職に就かれてから数百年だったか、甘い物好きで温厚なお方で、仕事ぶりに問題はなかった。それなのに昨年あたりから急に言い出したのだ。「そろそろ代替わりしようかな」と。


「我ね、恋愛がしたいんだよね。胸キュンとかいうやつ。このまえ異世界の少女漫画と言うやつを読んだんだけどね、我、ヒロインになりたいんだよね」


 テラスから薔薇園を見ながらうっとりと言う魔王様。その目はまるで夢見る少女のようだ。


「失礼ながら、魔王様は男性でございます」


「我、性別は自由に変えられるしー。ぷりちー美少女になってイケメンに壁ドンされるんだー」


 壁ドン。初めて聞くであろう言葉に周りがざわつく中、せっかく人の姿に戻っていることだし、僭越ながら俺が魔王様に壁ドンをしてさしあげることにする。


「魔王様」


 中世的ながらも骨ばったその手を引き、壁にその背を押し付ける。そして魔王様の右頬のすぐ横に左手をつく。


「俺じゃ、ご不満ですか」


 少女漫画で勉強した通りに魔王様の顎をくっと上に向かせる。少女漫画ではたしかこのあと、赤面した女が男を押し返すのだったか。

 さあ、魔王様、押し返してください、と目で訴えれば、魔王様はつまらなさそうに口をとがらせた。


「アルベルトはさー、業務命令だからやってます感が出て駄目だよねー」


 魔王様が「でも、嬉しかったよ」と頭と喉を撫でてくる。思わず「ごろny」と喉を鳴らしそうになり、慌てて飛びのいた。


「最近猫になってる時間が長いせいか反応が実に猫だったね」


 魔王様は笑って、考え事をするように目を閉じる。


「ねえアルベルト。あと、そこにいるみんな。我はアルベルトが気に入ったという人間を次の魔王に指名するよ」


 魔王様はそう言って、「後は頼んだよ」と飛び立って行ってしまった。

 その時はどうせ散歩だろうと思っていたが、魔王様はそれ以降、帰ってくることはなかった。




「アルベルトが気に入った人間ってどんなやつだ? 強いのか?」


 もう何十回と聞かれたその質問に、俺は丁寧に答える。

 人間の男に対する魅了能力が高すぎて破滅に向かいつつある少女であること、加えて、人間にしては異常ともいえる聖魔法の能力者であること。そしてなにより、天使のような笑顔の持ち主であることを。

 各人間国の魔法学園には能力が高すぎて異端とされる人間を窮状から救い出すために魔族が潜入している。しかし、世界中どの国を探したって彼女のような破滅的な少女はいないだろうと思う。

 潜入担当者を集めた会議でそう証言すれば、参加者は一様に盛り上がった。魔族領にいる者はほとんどが自分の種族の中で異端とされその身を追われていた者たちだ。だからこそ、窮状にある同胞を救いたいと思う。

 魔族領の意思は固まった。

 モリーを、次の魔王にすると。




 モリーはいつもトラブルに巻き込まれている。そのほとんどは彼女の「うっかり」なのだが、それがどういうわけか学園の女権力者である侯爵令嬢による嫌がらせかのような誤解を受けてしまう。しかも、その誤解を解こうとすればするほど「あんな女を庇わなくていいんだよ」と打ち消されてしまうのだ。

 この狭い人間の世界で権力者を敵に回したら、訪れるのは破滅しかない。

 モリーはまさしく天性の破滅者だと言えた。


「もう、イケメンやだ。逃げても追っかけてくるし。腕つかまれて連れてかれるし。あんなに優しい言葉はいてたって、あの人たち、来週には私を処刑するんだよ? イケメン怖いよ」


 その日、はじめてモリーが泣いた。

 ぼろぼろぼろぼろと、涙をこぼして泣いた。


「泣かないで……泣かないでょ」


 なんとか笑って欲しくてあの手この手でなだめようとするも、モリーは泣き止まない。

 隣にいる潜入仲間が『おいアルベルト、どうすんだよ? 次期魔王様がご乱心だぞ?』と頭の中に話しかけてくる。黙ってろ今考えてるんだから。


「モリー、聞いて」


 彼女の膝に両の手をのせる。ふわふわの猫の手。モリーは肉球を触るのが好きだから、きっと興味を持つはずだ。

 そして予想通り、モリーは俺の手を握って、「なあに、毛玉ちゃん1号?」と涙の止まらない目で俺を見た。


「絶対、助ける。モリーがあきらめても俺はあきらめないから」


 まっすぐにモリーを見つめれば、彼女の顔がくしゃりとゆがむ。ああ、涙の量がさらに増えそうだ。


「信じて。俺は……イケメンじゃないでしょ」


 モリーは微笑む。今までに見たことのない大人びた顔で。

 毛玉ちゃん1号はイケメン猫だよ、と抱きしめられて胸が苦しくなる。

 俺は彼女に心の底からは信じてもらえないんだと突きつけられたような気がして。




 雪の降る夜。

 私は処刑されるのだとモリーが言っていた通り、彼女は牢に入れられた。

 魔族領では「破滅の神に愛された次期魔王様を迎えに行く団」が立ち上げられ、決起集会もそこそこに魔族が人間の国に降り立った。

 人間は弱い。

 力も、体も、魔力も、弱い。

 牢を守っていた人間たちをことごとく無力化させた俺は、小さく丸まっているモリーのもとへ姿を現した。


「あと何日生きられるのかなぁ」


 そんなつぶやきに。

 俺の魔力で何百年だって生きさせてやると、誓う。


「望むだけ可能ですよ、魔王様」


 そう言えば、モリーは顔を上げて不安そうに俺を見る。猫の姿でないせいで警戒させているのか。

 でも。


「参りましょう」


 差し出した手をモリーは確かに掴んだ。

 俺の視線を受け止めて彼女は笑う。その顔に浮かぶのは大人びた笑みではなく、あの日と違う胸の苦しさにむしょうに戸惑う。

 絶対守る、そう呟いた俺の言葉は彼女に届いていただろうか。



(終)

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― 新着の感想 ―
[一言] アルベルト君イケメン~!! モリーちゃんを絶対に幸せにしてあげてくださいね!!
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